32話 境界の少年
夏の匂いがする
夕暮れ時の交差点で、
火鳥煉は死にかけていた。
バイクでアルバイトに向かう途中、
飛び出してきた何かとぶつかり、
道路に叩きつけられたのだ。
次に気づいた時には、
煉は道路にうつ伏せで倒れていた。
声は出せず、
指一本、動かせない。
少し離れたところに
転がっているものがある。
……それは彼の右腕だった。
「救急車はまだか!?」
「いや、これ……もう……」
周囲の声が遠くで響く。
煉は不思議と冷静だった。
痛みを感じなかったからだろうか。
――これって死ぬのかな?
サイレンの音が聞こえる。
近くのはずなのに、
やけに遠くに聞こえた。
「死にたくない。
——生きたい」
そう願った瞬間、
視界は真っ暗になった。
――――――
気がつくと、
上下も前後も分からない
闇の中に座っていた。
目の前には、
向かい合っているだけでぞくりとする、
異様な雰囲気の者が立っていた。
「山の子が、迷惑をかけたな」
低い声が響く。
「……山の子?」
「お主とぶつかった牡鹿のことだ」
鹿。
あの時飛び出してきた影は、
鹿だったようだ。
「……鹿は?」
「逝ったよ」
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
それよりも、別のことが気になる。
――生きている。
あれほどの事故だったのに、
こうして座って話ができている。
「これは……夢?」
「夢ではない」
老人は即答した。
「お主は死にかけていた。
だが、生きたいと願った」
煉は確かに、
そう思った。
「一刻を争う状況だった。
ゆえに、勝手ながら命を繋いだ」
意味が分からなかった。
「お主は事故で左目を失い、
右腕も欠損した。
出血も激しかった——」
そう言われて初めて、
自分がどれほど酷い状態だったのかを知った。
「欠けたものは戻せぬでな。
代わりを与えた」
老人は、煉を真っ直ぐに見る。
「左目にはすべてを見抜くサトリの眼を、
右腕には鳳凰の腕を……
足りぬ血はわしの血を……」
頭が追いつかない。
「……それってどういうこと?」
「命は紡いではみたが――
人ではなくなった……ということだ」
すぐには理解できない内容に、
煉は頭を抱える。
「……あのっ」
彼にはお構いなく、
淡々と話が進んでいった。
「その代償として、
いろいろ厄介事に巻き込まれるだろう」
「……待ってよ」
声が震えた。
理解より先に話が進んでいく。
「責任は取る。
だが、覚悟はしておけ……」
それだけを言い残し、
闇に溶けるように消えていった。
◇◇◇◇◇◇
「……そんな感じで、
火鳥は3体の妖怪の力を
持つチート人間になったんだって」
「それが本当なら、
不死の象徴である、神獣・鳳凰。
他者の心を読む、妖怪さとり。
最強の妖術使いと言われる天狗のミックス……
まさに非の打ちようのない妖怪を
作ったことになるよ」
「妖怪になった1番の原因は、
出血が凄くて、牛丸さんの血を大量に
輸血したことらしいけど……」
「……」
「牛丸さんが罪滅ぼしで、
鞍馬山で生涯を過ごせるように
育てあげたんだって、言ってた」
妖気を宿した血。
そんなものを大量に身体に流し込まれたら
普通の人間なら死ぬ。
しかし、鳳凰の腕を移植されたことで、
死ねない身体になってしまった。
牛丸の血で妖怪となり、
鳳凰の腕によって死ねない身体になった。
——というわけだろう。
「思ったより、
牛丸さんの罪は深いよ……これ」
「でも死なずに生きてるんだろ?
だったら良かったじゃん」
「……」
「えっ?
違うの?」
「……有限の命か、無限の命か、
その価値観は人と妖怪で違うんだろうね」
——————
風吹が初めてアルバイトに
勤務する日。
ユニフォームに着替えて、
初期研修に入る。
タブレットによる研修動画を見ることから
スタートになるのだが、
今日は現在勤務している従業員への
自己紹介をすることから始まった。
付き添いには土蜘蛛……
店長がいる。
ひとしきり
先輩たちへ自己紹介が終わった後——
「すっ、すみません。
補習があって遅れました!」
1人の従業員が遅刻してきた。
「遅れる時は電話ぐらいせぇ
言うてるやろ!」
「本当にすみません。店長!」
学校の制服を着ている。
見たところ高校生のようだ。
「風吹っちさ、
この前店長の正体知っているの
わたしともう1人いるって言ったの覚えてる?」
「そういえば、
そんなこと言ってたっけ?」
「そのもう1人が——
彼よ」
「!」
風吹は、
その男子の顔を見るなり大きな声で叫んだ。
「あぁーっ!
あんた!」
その男子も風吹の顔を見て驚いた。
「わぁ!
たしか、君は……」
成瀬の言う、
店長の正体を知っている、
もう1人の従業員とは——
火鳥煉。
話題のその人だった。




