29話 止んだ風、吹いた風
風吹と嵐は睨み合ったまま、
動かなかった。
互いにわかっていたからだろう——
この一撃が、
最後の一撃となることを。
まだ技を繰り出してもいないのに、
2人の戦いを見守るかのように
強い風が吹き荒れた。
そして——
その時が来た。
一瞬だけ、
——風の止む間。
互いが同時に動き出した。
その速さはまさに閃光だった。
「大鎌切!」
横一閃に互いの刃が走り、
互いの武器を打つ!
——はずだった。
その刹那、
嵐は漆黒の大剣の顕現を解いた。
「!」
風吹の刃は止まることなく振り抜かれる。
——斬っ!
鬼切丸が斬ったものは、
漆黒の大剣ではなく、
——嵐そのものだった。
「にいに!」
嵐の胸元から、
大量の血が噴き出した。
そしてそのまま、
嵐は力を失ったように、
背中から倒れた。
「どうして!?
にいに!」
嵐のもとへ風吹が駆け寄る。
『……終わったか』
「はい」
『こうなることはわかっていた。
どうして止めなかった?』
「……どうしてでしょう。
なぜか止めてはいけない、
そんな気がしました」
社もまた、
風吹と嵐のもとへと向かった。
——————
嵐は虚ろな目をして、
夜空を眺めていた。
「にいに!
にいに!
早く、薬を塗らないと!」
風吹は震える手で
かまいたち秘伝の薬を取り出した。
しかし、嵐は風吹の手を掴んで首を振った。
「なんでだよ!」
「……もういい」
「良くないって!」
「一族の名誉を汚した者は、
一族の者が取り除かねばならない」
「意味がわからない!
あぁ、血がこんなに……薬を!」
「罪のない妖怪を、
たくさん斬ってしまった……
間違っていると気付いた後も、
夜行を信じてしまった……」
「何言ってんだよ!
そんな話どうでもいいって!」
「いや……
信じないと……
己のしたことを受け入れられなかった。
怖くて……現実を受け入れられなかった」
「怪我治ってから、いくらでも話聞くから!」
「日本のためになると思っていた。
でも違った……。
新四天王は……
自分たちの利益だけを考える集団になっていった」
「……もう、いいって」
「意見を言うべきだった。
しかし俺は……
八岐大蛇に臆してしまった」
風吹は涙が止まらなかった。
嵐の身体の深い傷を見て、
もう助からないと気付いたから——
「なぁ?
風吹は強い子だろう?」
嵐は空を見上げながら
質問を投げた。
「えぇ……とても」
社の姿がそこにはあった。
「先生!
一言主神の力で、傷を!
傷を治してあげてよ!
お願いだよ、一生のお願いだ!」
社が術を発動させようとした。
「……やめてくれ」
嵐は静かに拒絶した。
そして風吹の手を強く握って、
首を振って見せた。
社は屈んで、
嵐の質問に答え始めた。
「敵に刃を砕かれても、
友達を助けるために
立ち向かって行きました。
自分の命を投げ打ってでも、
人を守ろうとする子です」
すると嵐は笑った。
「ほら……
やっぱりお前は強い……俺の憧れ」
「何言ってんだよ!
憧れてたのはわたしだよ!」
「……俺は何も強くない。
俺の心の刃は脆く、
すべてを間違えた……。
風吹は……強いからみんなが惹かれていく」
「そんなことないって……」
「妖怪も人間も……お前を頼るだろう……」
「……」
「知らぬ間に鬼切丸を持って……
人間と婚約までしているのには
さすがに度肝を抜かれた……」
嵐の身体から、
少しずつ温もりが消えていく。
風吹は涙で声が出せなかった。
「……八岐大蛇の脅威から
みんなを遠ざけたかった。
でも……どうしていいかわからなかった」
「八岐大蛇なんか……
怖くもね……よ」
風吹は声を絞り出した。
「鬼切丸を持った風吹を初めて見た時……
風吹なら……そうだろうなって。
そして——
社を見て、安心した……
風吹なら大丈夫だって……」
嵐は社を見上げた。
「いつ、助けに入るのかと、
思っていたが……」
「……あなたには殺気がなかった」
「……バレていたか」
「絶対に……
風吹を斬らない。
それがわかってましたから……」
「……ははっ。
風吹は、本当にいい男を見つけた」
嵐は風吹の手を強く握った。
彼女に最後の想いを伝えるかのように——
そして——
「……今夜はいい夜だ」
「……」
「お父さんに……
よろしく伝えて欲しい」
「……うん」
「風吹は……
今のままがいい……」
「……うん」
「……でも、
見栄っ張りなところだけは……
——治そう……な」
その時、
止んでいた風が強く吹いた。
草木が大きく揺れる。
突風に
思わず目を閉じた。
次に目を開けると、
嵐は、空を見上げながら——
逝っていた。
風が嵐の髪を優しく揺らした。
社は――
迎えに来た風なのだと思った。
「にいにっ!
ねぇってばっ!」
風吹は必死に呼びかけた。
「うわあぁぁぁーっ!
にいにっ!」
堰を切ったように風吹が泣いた。
兄を抱きしめ泣き崩れた。
社は、
それをただ見守ることしかできなかった。




