20話 玉藻
人々が何も知らず眠る中、
異国の化け物どもによる
百鬼夜行が始まろうとしていた。
その時だった。
——ドスンッ!
大きな音が村一帯に響くと同時に、
大地と大気が揺れた。
そして風の音が止んだ——
異国の化け物どもは一瞬、
何が起こったのか分からず唖然とした。
だがすぐに、
目の前に立つ1体の鬼に気がついたのだ。
「なんだ、この日本の化け物は?
いつ現れた?」
異国の化け物たちは驚愕した。
今までまったく感知できなかった存在が、
突然目の前に立っているのだから……。
怒りの形相のそれは、
強大な鬼気を纏いながら近づいて来た。
見上げれば、
先ほどまで空から村を攻めようとしていた
異国の化け物たちが、
砂が崩れるように消し飛んでいく様が見えた。
——それはすべて、鬼神の御業。
——それはすべて、酒呑童子の仕業。
「こいつがやったのか?」
「知らぬ、とにかく殺せ!」
動揺する化け物たちは、
酒呑童子に飛びかかった。
酒呑童子は拳を握り締め、
空間を殴りつけた——
空間が割れたように見えた。
拳の圧力だけで数十体の化け物が
砂塵のように消えていく。
「許さん……」
「何をした?
こいつ今何をしたんだ!」
「我が城、
我が民に害をなす者は、
何者でも絶対に許さん」
拳を振るうたび、
敵は埃が飛び散るように消えていく。
「我が民?
……人間のことを言っているのか?」
「日本の化け物は、人間を守るのか!?」
あと少しで全滅という時、
遠くから叫び声が響いた。
「!」
「ふふっ。
我々はこの地をすでに包囲している。
向こう側から攻めた仲間が
お前の民を襲い始めたようだぞ!」
「……」
「いいのか?
我々に時間を使っている場合ではないだろう?
お前の民が殺されるぞ」
酒呑童子は渾身の一撃を振るい、
目の前の残党を葬った。
叫び声の場所までは距離がある。
普通なら数分はかかる距離――。
しかし酒呑童子は——
一跳躍で到達してみせた。
到着した先で目にしたもの――
まずは、
無数の化け物の死骸だった。
腰を抜かす村人たち。
泣きじゃくる子どもたち。
そして……
怪我人を回復の術で
癒している——九尾の狐の姿があった。
「泣かないでおくれよ。
わたしは怖い者じゃないからね。
ほら、怪我も治しているだろう?」
村人は恐怖に震えていた。
だが誰一人死んではいなかった。
「……お姉ちゃんが倒してくれたの?」
「そうさ。
わたしたち友達だろ?
友達は助けないとねぇ」
酒呑童子が近づく。
「お前が我が民を救ったのか?」
「仲良くしてもらっていたし、
滞在を許可してくれた君への礼もあるからねぇ」
「そうか……」
「ふふっ。
でも、みんなの記憶は消させてもらうよ」
「?」
九尾が手を合わせると、
妖気が村全体を包んだ。
すると、
そのまま村人たちは眠りに落ちた。
「記憶飛ばしの術か……」
「こんな恐ろしいことは忘れた方がいい」
「お前のことも忘れるぞ」
「それでいい。
朝はいつも通り迎えた方がいい」
玉藻はそう言って、
笑顔で村を去っていった。
人間を救い、
見返りも求めずに——
——————
喜咲神社にさらに強い風が吹いた。
「これを見ろ」
酒呑童子は狛狐を指さした。
「のちに村人が建てたものだ。
記憶は消されたが、
狐に対する感謝の念は残っていたのだろう」
「お母様って変わった妖怪だったんだね」
「そうだな。
人間と祝言を挙げるくらいだからな」
「お母様は……
どんな顔をしていたの?」
「鏡を見ればいい……」
「?」
「お前と瓜二つだ」
「……」
「数十年後、
人間の男と共に顔を見せに
来たことがあった……」
「!」
「玉藻は……幸せそうであったぞ」
優しい風が吹いた。
お父様とお母様は
愛し合っていた。
何かが氷花の心にストンと落ちた。
そうか——
ようやく気が付いた。
彼女はただ、
それを知ることができれば満足だったのだ。
——————
酒呑童子の気配が消え、
社が姿を取り戻した。
「知りたいことは知れたかい?」
「さぁ、どうだろうね」
氷花の表情が優しく見えた。
満足のいく話が聞けたようだ。
「ところで、
君が妖狐だってことはわかったけど、
どうして俺のことを知ってたの?」
「……いまさらかい?
警戒心が薄いね、君」
「悪人じゃないのはわかっていたからね。
それに聞き出す前に
酒呑童子が話し出したから……」
「変わった人間だねぇ」
氷花は腕を組みながら、
呆れた顔を見せた。
「君の嫁……
かまいたちの嫁の知り合いさ」
「風吹の知り合い!?」
「ふふっ、
かまいたちの嫁で伝わるんだね。
あの子の話、嘘じゃなかったわけだ」
「……」
社は頬を赤らめた。
「わたしが今日来たこと、
お嬢ちゃんには黙っておいた方がいいよ」
氷花は意地悪そうに笑った。
「……どうして?」
「鈍いねぇ……妬くだろ。
お子様なんだから」
「……婚約は
成り行き上していることになっているけど、
正式にはしてないんだよ」
すると氷花は社に近づき、
身を寄せながら耳元で囁いた。
「それを聞いて安心したよ……。
わたしにも君と結婚できるチャンスが
あるってことだね」
「へっ?」
氷花の着物のはだけた部分から、
胸元が見えた。
社の視線が思わず胸元へ落ちる。
「とんだスケベ男だねぇ……
他所の女に発情するだなんて」
「!」
「これでお互い様だ。
わたしがここに来たことは
誰にも言わないこと。
言えば、わたしに発情したことをお嬢ちゃんに言うよ」
「発情なんてしてないだろ!」
「思ったより短気だねぇ。
……この発情鬼は」
「はっ、発情……鬼……?」
「くくくっ」
氷花は、
さらに意地悪そうな表情を見せて笑った。
社は、
風吹に次いで、
彼の生活を脅かす存在の誕生に
不安を隠せなかった。
——————
その頃——
立派な洋館の様相をした迷い家の庭。
そこに鵺が立っていた。
「おい……。
強い奴と戦わせてやると言ったから
行ってきたけどよ。
鬼切丸や酒呑童子が相手とは聞いてねーぞ!」
「我らも酒呑童子と関わりがある者だとは
知らなかった。
悪く思うな……鵺」
「使い魔をよこして、
俺を監視してやがったよな?」
「……」
「俺の戦う姿を観察して……
なにするつもりだ?」
「……」
「最初から胡散臭い奴らだとは思っていたが、
むかついてきたぜ!
この場にいる連中、瞬殺してやろうか?」
「……それは、無理だよ」
「あん!」
「鵺ともあろうものが、
かまいたちの娘すら始末できなかった。
四天王が聞いて呆れる」
「なんだとコラァ!」
「瞬殺されるのは、
お前の方だよ——鵺」
迷い家から、
今まで気配のなかった
妖怪たちが姿を見せた。
「なんだ、こいつらは!」
「鵺……。
君たち四天王の時代はもう終わった。
これからは俺たちの時代だ」
次の瞬間——
鵺は吹き飛ばされて、
洋館の塀に叩きつけられていた。
20話になります。
物語はまだまだ序盤です。
キャラが増えていっていますが、覚えてやってもらえれば幸いです。
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