19話 百鬼夜行の夜
氷花が知っている九尾の話——
そのほとんどが、
牛丸から聞かされたものだった。
牛丸は、
氷花の両親のなれそめを知っていた。
しかも、2人から直接聞いたと言っていた。
何しろ2人が祝言を挙げたとき、
立会人になったのは牛丸なのだという。
九尾の狐と人間の祝言は、
牛丸にとっても衝撃だったようだ。
ある時、九尾の妖狐・玉藻は
醜く愚かな人間に恋をしてしまった。
愛した人間と同じ時間を生きるため、
自ら人間に落ち、限りある命を選ぶことにした。
その代償として、
玉藻は妖狐の力をすべて手放したらしい。
妖力を失うことで、
妖怪であることを捨てたのだ。
氷花の父親は人間である。
——つまり氷花は、
半人半妖として生まれたことになる。
——————
あるとき、
玉藻は赤子を身ごもった。
世は乱世、
小さな村同士でも、
陣地の奪い合いで戦が絶えなかった。
両親の幸せの時間は、
そんな戦に飲み込まれて消えていく。
それはすべて、
氷花の物心がつく前のこと——
その戦にて、
父親は氷花たちを守るため亡くなった。
本来なら玉藻も氷花も
その時に死んでいたはずだった。
しかし、玉藻は妖力を失ったとはいえ、
かつて四天王最強と呼ばれた女帝。
母親としての執念だけで
瀕死の身体を奮い立たせ、
氷花を抱いたまま牛丸のもとへ
助けを求めに向かった。
そして、
大事そうに氷花を布にくるみ、
牛丸に嘆願したのだ。
「……後生だ。
この子を預かってもらいたい」
妖怪であることを捨て、
人に焦がれた玉藻は、
最愛の娘を——
人であることを捨て、
妖の道に進んだ天狗へと託した。
玉藻は氷花を、
人間寄りに育てたかったのかもしれない。
だからこそ、
人間と妖怪の、
両方を知る天狗に託したのだろう。
「わかった。
この子は責任をもってわしが預かろう。
安心して逝くがいい」
牛丸は、
今にも死にそうな九尾にそう告げたという。
九尾は牛丸に、
何も礼ができないことを謝罪したという。
最後の時——
玉藻は氷花の頬を撫でながら呟いた。
「ごめんね氷花。
お父様みたく、
優しくて愛情溢れる人になるのだよ」
氷花への遺言。
その言葉を最後に、
玉藻は息を引き取った。
これが氷花の知る、
牛丸から聞かされた母の人生だった。
これよりは酒呑童子の語る――
氷花の知らぬ、
彼女の母の物語を聞くことになる。
——————
それは玉藻が人間を愛する
ずっと前の話——
異国の妖怪と大戦争が起こっていた時代。
数多の妖怪たちが日本を守るために戦っていた。
そんな中、
酒呑童子はお堂の中で祀られた酒を呑み、
戦争には参加せず
己の棲まう村だけを見守っていた。
そんなある日のことだ――。
「そこのごつい君。
君は戦いに参加しないのかい?」
お堂にいる酒呑童子に
声を掛けてきたのは、
人間の女の姿をした九尾の狐だった。
その時の彼女は、
旅人の女のふりをしていた。
「興味がない……」
酒呑童子はそう答えた。
「へーっ。
君が戦えば戦況が変わるくらい
強そうなのに」
玉藻は、
この土地に5日間ほど滞在するため、
土地神である酒呑童子に
許可を取りに来たのだと言った。
それから3日間、
玉藻が酒呑童子に話しかけてくることはなかった。
滞在中、
玉藻は村の子どもたちと川遊びをしたり、
田んぼの収穫を手伝ったりしていた。
それを見ていた酒呑童子は、
玉藻を変わった妖怪だと思ったそうだ。
しかし4日目の夜、
事態を大きく変える出来事が起こる――
村へ、大陸から来た化け物の集団が
押し寄せて来たのだ。
数でも力でも、
日本の妖怪たちは圧倒的に劣勢だった。
あっという間に、
山間部まで侵略を許してしまった。
村の周囲に住む妖怪たちも
懸命に立ち向かったが、
次々に殺されていった。
山は包囲され、
空にも異国の化け物の姿が見えた。
敵は嘲笑いながら村に潜入し、
眠りにつく村人へ狙いを定め始めた。
異変に気づいた草木はざわめき、
獣は叫んだ。
しかし——
その異変に村人は誰も気付かず、
夜のとばりの中で眠りについていた。
見渡す限り、
闇の中に無数の妖気が揺れていた。
すでにそのうち数体は、
家や小屋で眠る人間を我先に喰おうと
村の中へ忍び込んでいた。
——百鬼夜行。
この夜、
村では魑魅魍魎どもの宴が
始まろうとしていた。




