18話 狐は鬼を訪ねる
今まで氷花は、
親のことなど考えもしなかった。
幼い頃は両親がいないことを
気にした時期もあった。
しかし、
彼女のそばにはいつも牛丸がいた。
だから孤独を感じたこともないし、
鞍馬山の仲間たちに囲まれて
何不自由なく生きてきた。
彼女の母は九尾の狐——
森羅万象を自在に操ったと言われる
伝説の化け物。
人間の心を操り、
大昔の戦の多くは、
九尾の悪戯が原因だったとも言われている。
九尾の狐は、
美しい女性の姿をしており、
多くの男を騙し操った妖——
——————
喜咲神社に強い風が吹いた。
木々が揺れ、葉がざわめく。
氷花は姿隠しの術を使っていたが、
ずいぶん前からすでに感知されていた。
酒呑童子を宿す人間。
どんな屈強な人間なのかと期待していたが、
鬼神を宿す人間にしては、
あまりにも普通に見えた。
「このくらいで疲れるなんて、
身体がなまっているんじゃないのかい?」
「そうかもね……
ところで俺に何か用?」
互いに警戒はしているが、
殺気や妖気の動きは見られない。
争いに来たわけではないことは、
確かだった。
氷花は社の前評判に対して、
半信半疑だった。
「本当に酒呑童子を宿す者なのか……
見極めさせてもらおうかね」
そう言うと、
大きく木々が揺れ出した。
氷花は社に向けて妖気を放ち、
挑発をした。
社の出方を見るつもりなのだ——
しかし次の瞬間、
空気が変わった。
「!」
突然、氷花の息ができなくなった。
身体が何かに押さえつけられるような感覚。
痺れて動けない。
そして——
気がつけば目の前にいたはずの社が、
いつの間にか氷花の横に移っていた。
「……この締め付けるような鬼気。
君が酒呑童子で間違いないね?」
「俺は社だよ」
「この鬼気を見せつけておいて人間のふりかい?
無理があるよ」
妖狐の威嚇に反応して、
酒呑童子が鬼気を解放した。
その威圧感だけで、
氷花は身動きが取れなくなったのだ。
「!」
「えっ?
ちょっと待って……。
相棒が代わるっていうから代わるよ」
すると、今まで頼りない顔つきや姿勢だった社が、
みるみると鋭い顔つきに変わり、
全身に鬼を表す紋様が浮かび上がった。
もはや同一人物とは思えなかった。
「妖狐か……我に何用だ?」
氷花は、
その憑依型の鬼を目の前に息を呑んだ。
「君に聞きたいことがあって来たんだ……
この鬼気を消してもらえるかい?
……話しづらいんだ」
酒呑童子が鬼気を抑えると、
氷花の身体の自由が戻った。
気だけで動きを封じられるなど、
初めての経験だった。
「聞きたいこととは?」
「九尾の狐。
玉藻御前について知っていることを
教えてほしい」
「御前のことを?
どうして今さら御前のことを
知ろうとする?」
「興味があるからさ」
「!」
「お前、まさか玉藻御前の忘れ形見か?」
「一応、
九尾の玉藻はわたしの母さ」
「なぜ我が知っていると思うた?」
「爺様から教えてもらったからさ」
「爺様とはあの天狗のことか。
御前が天狗と懇意にしていると
聞いた覚えがある」
「何でもいいんだ。
話を聞かせてくれないかい?」
「何を知りたい?
ほかにも御前を知る者はいるだろう。
知らぬ者などおらぬほどだ」
「誰に聞いても
恐ろしいとか強かったとか、
そんな話ばかりでね。
もっと別の話を聞きたいんだよ」
酒呑童子は腕を組み、
遠い昔を思い出すように目を細めた。
そして、
ゆっくりと口を開いた。
「たいした話はないぞ……」
「どんな話でもいいさ」
酒呑童子と九尾の狐の出会い。
それは、
酒呑童子がこの地を住処にして
間もない頃の話——
大陸の化け物が日本へ攻め込んできた、
妖怪大戦争時代まで遡る。




