一話
俺が通うこととなった私立妖幻高校。
入学式を終えて今はホームルームの時間なのだが俺は今ある重大な問題に直面していた。
あまりにも異世界人が多すぎる。
……いやそんなことはもちろん知っていたのだけど、言い方が悪かった。言い直そう。種族が多すぎる。
俺はこの高校に入る前に念の為と異世界について調べていたのだがどうやら異世界にはかなりの数の種族がいるらしく、種族によって習慣や挨拶の仕方が違うらしい。
確かに地球でもそういう文化はあるな、それはそうだなと調べ続けているとなんと種族によっては逆鱗に触れる行為があるらしく最悪の場合問答無用でぶち殺されるとの記事を見つけた。
肝っ玉が小さい俺はそれを見つけた瞬間狂ったようにNG行動を調べ上げて頭に叩き込んだ。
できるだけ失礼がないようにと記事という記事を読み漁り、7ちゃんネルの異世界スレで質問しまくった。
もう大丈夫とスレの先輩たちに太鼓判を押され笑顔で送り出された結果がこれである。
あいつらなにが大丈夫大丈夫、余裕だよだ。もうすでに無理な気配がするんだが。
一瞬殺意が芽生えるが俺はすぐに思い直す。
いやまて、俺が忘れているだけかもしれない。人のせいにするのは時期早々じゃないか?
落ち着いてスレの内容を思い返してみよう。
まずはユーザーネーム エルフ神さん。
「エルフかわいい」「エルフと会いたい」「エルフと友達になったら俺に紹介してくれない?」
……間違った記憶を思い出してしまったようだ。次にいこう。
次はユーザーネーム わたしヴァンパイアさん。
「ヴァンパイアに塩と十字架効かないらしいよ」「普通に朝起きるんだって」「マントつけるのは格好つけたがる中二病ヴァンパイアだけだって。普通に黒歴史わろた」
……なんか豆しばみたいな情報しか喋ってないなこの人。これも余計な記憶だ。
最後は一番熱心に教えてくれたユーザーネーム 校長さん。
「私の夢は全ての種族とねんごろな関係になりハーレムを築」
もう俺が悪いのかもしれない。
何故あんなところで聞いてしまったんだ。もっと他の記事を読んでおくんだった。
あまりにも早い絶望。
学校中の生徒が新たな縁にわくわくどきどきしてる中こんな顔をしているのは俺だけだろう。
校門の前で黄昏れていた過去の自分に教えてあげたい。お前はただの豆しばだよと。
悲しいかな。俺が一人で絶望し悶えているなかでも残酷に時は進みホームルームは終わる。
そしてついに最初の休み時間、もとい三年間の全てが決まるお友達づくりの時間がやってきた。
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まあこうなるよね。
ホームルーム後の休み時間、俺は悟った目で窓の外を眺める。
決着がついたのは休み時間が始まった直後、クラスのみんなは一斉に立ち上がり教室内は一瞬にして騒がしくなった。
席を離れ元々友達だった子のもとへ向かう者、その友達の友達と繋がり盛り上がる者、横の席の子に座ったまま話しかける者、全員完璧な出だしである。
……え? 俺は縦も横も無理だよ。窓際だし、前も横も異性だし。なんなら斜めも異性だよ。
最初から決着はついていた。全ては儚い幻想です。
こうして特に意味もなく窓の外を眺めているわけだが、窓をぼーっと見ていた俺はあることに気づく。
反射した窓にうっすら映る教室。そして俺の横の席で机に突っ伏して寝ているふりをしている女生徒の存在を。
仲間を見つけてしまった。なんとも悲しい気持ちになるがわかるよ、今の気持ち。
誰か話しかけてきてくれないかちょっと期待してるよね。
ほら、寝てるふりしてるのに足元そわそわしてるじゃん。気持ちが足に飛び出てきてるじゃん。
でも早く顔をあげて現実を直視したほうがいい。誰もこちらを見ていない。楽になるのは早いほうがいいぞ。
父の気持ちというのはこういうのだろうか。
俺が窓を使って温かい目で隣を見守っているとついに彼女はそっと顔をあげる。
とうとう審判の時がきてしまったか。さあ、外の世界をごらんなさい。
勝手に心の中で盛り上がっている変質者がいるとも知らずに彼女は周りをきょろきょろと見渡す。
固まっている女子グループ。なぜか見るだけでわかる女子カースト。自分寄り(だと思っている)同性が自分抜きで盛り上がっている悲しき事実。
しばらく周りを見ていたが彼女も理解したのであろう。俺らの入る余地はないと。
彼女は分かりやすく肩を落とし顔を手で覆う。そしてなぜか足が小鹿のように震えだす。
だめだ、笑ってはいけない。
腹からこみ上げてくる笑いをなんとか口元のニヤニヤで収める。
危ない。彼女を傷つけてしまうところだった。
だがなんてわかりやすい子なのだろう。
心の感情が全て表に出てくるやつ初めて見たぞ。トランプしたら確定負けじゃん。
あとあの小鹿みたいな足なに? 喜怒哀楽のどの感情が漏れ出してるの?
決して馬鹿にしているわけではないのだが面白すぎてよくないツボに入ってしまった。
俺は深呼吸して笑いをかみ殺し、にやにやしながらもう一度みておこうと視線を窓のほうに戻すと、
窓越しに隣の彼女と目が合う。
……騒がしい教室内のはずなのだが今この一瞬確かに静寂は存在していた。
二人して同時に机に顔をうずめる。同じタイミングで相手の様子を伺い再び目が合いまた目をそらす。
ここが少女漫画の世界ならばキュンキュンする胸熱イベントなのだが俺の心臓はぎゅんぎゅんしている。これは恋愛イベントに数えていいのだろうか。
まずい。焦りすぎて俺の脳が現実逃避をし始めている。
落ち着け、一回状況を整理しろ。
窓を使いニヤニヤしながら間接的に女子を覗き見している初対面の男。それを目撃した女子生徒。
よし、整理するより手錠をかけられるほうが早いかもしれない。
……と、とにかく捕まる前に彼女の誤解をうまいこと解かなければ。
しかしながら現実は残酷である。
俺が誤解を解こうと立ち上がると同時に休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴る。
ま、まずい! 俺の人生も終わる!
焦った俺は急いで隣の席に駆け寄り彼女の肩を叩く。
顔を上げた彼女は俺をみてぎょっとした顔をするも俺は気にする余裕もなく精一杯の笑顔を作ってこう言った。
「放課後、一緒にトランプしない?」
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誰もいなくなった教室。廊下からは人っ子一人の気配も感じない。
高校生活初日、誰もここに残る用事はないのだろう。親睦会と称してカラオケとかにでも行くのであろう。学校が終わると皆はすぐに教室を出ていった。
この教室に残るのは互いの名前も知らず隅の席でトランプをしている男女のぼっち二人組のみである。
なぜこうなった。いや俺が招いた事態ではあるのだけれど。
「?」
俺が正面をちらりと見ると真剣な表情で俺のババを見抜こうとしていた彼女が不思議そうな顔で見つめ返してくる。
この人もなぜ当然のように俺とババ抜きをしているのだろう。そしてなぜカバンの中に偶然トランプが入っているのだろう。
摩訶不思議なこの状況、俺が悪いような気がしてきた。いや俺が悪いんだけどさ。
俺が戸惑っていると悩みに悩みながら俺の手札を引いた彼女の顔が明らかに残念なそうな表情へと変わる。
戸惑いすぎて気づかなかったがババを引いてしまったらしい。
対戦相手の表情から自分の引かれたカードが分かる経験なんて初めてなんだけど。
「ど、どうぞ」
「あ、はい」
彼女は気を持ち直したのか手札を俺に突き出してくる。
俺は選ぶふりをしながら先ほど彼女がババを入れた場所と真逆のところに手を添える。
すると彼女の表情が眩しいくらいに笑顔に変わる。
こいつ気が付かれないように手札シャッフルしやがった。
すぐに場所を変えてカードを引き抜く。
「お、揃った」
ラッキーと呟きながら揃ったペアを捨て、引いてもらおうと彼女の方をみると、数秒前とは打って変わって彼女が信じられないようなものを見る目で俺をみていた。
……なんなんだこのおもしろトランプ。
吹き出しそうになる口をぐっとこらえる。
この人なんか俺の笑いのツボに凄い入ってくるな。コロコロ変わる表情がずるすぎる。早く慣れなければ俺のツボが崩壊してしまう。
俺は自分の笑いの意識を逸らすため手札をじっと見つめているクラスメイトに話しかける。
「名前なんていうの?」
「え?! ア、アーデル=アーベントです」
突然話しかけられて驚いたのか彼女、アーデルさんは体をびくりとさせて目を逸らす。
アーデルさんか。名前を聞いて内心俺も驚く。
見た目に特に変わったところなかったからアーデルさんは人間だとてっきり勘違いしていた。
そういう種族もいるんだな。
俺が勉強になったと関心しているとアーデルさんはちらりとこちらを見て気まずそうに聞いてくる。
「ええと、お名前なんておっしゃるんですか」
「俺? 雲雀伊吹だよ」
俺が名前を答えるとアーデルさんはひばり、ひばりと呟きながらなぜか手帳を取り出しメモをする。
俺の名字ってもしかして異世界では覚えにくかったりするのか?
「伊吹でもいいよ」
「い、いきなりいいんですか?!」
アーデルさんが大声を出して椅子をがたがた揺らしながら飛びのく。
おもしろすぎる。異世界のリアクション芸人なのかこの人。
「い、いいよ。もしよければだけど」
俺が笑いをこらえながら答えるとアーデルさんは顔を輝かせ、と思ったのも束の間すぐに真顔になり「い、いきなりは流石に」「でも許可もらってるんだし……」とまたぶつぶつと呟きだす。
恐らく自分の世界に入ったアーデルさんを見て百面相ってこういうことかとしばらく眺めていると、意を決した顔をしたアーデルさんが頭を下げる。
「す、すみません。い、いぶきさんと呼ばせていただきます。よろしくお願いいたします」
「よろしくね」
名前を教えただけなのに謝られ、なにかとんでもないお願いをされてしまった気分だ。
俺がひらひらと手を振りながらさっきの椅子の衝撃で床に散らばったトランプを拾い始めると慌てた様子でアーデルさんも拾い始めた。
「うーん」
捜索が難航し思わず唸る。
俺が思ってたよりトランプは散らばってしまったらしい。
ほとんど見つけたのだが最後の一枚だけが中々見当たらず黙々と捜索していると後方から、ちらちらと視線を感じる。
もしやと視線の主の方を見ると下手くそな口笛を吹きながらそっぽを向く。
……まさかとは思うが気まずいのか。一応アーデルさんが落としてしまったし。
それじゃあさっきまで謎の無言トランプしていた俺たちは一体何判定になるんだ。
俺が疑問の目を向けてもアーデルさんのちらちらは止まらない。
……元々は俺が誘って誤解を解いて謝りに来たのになんかこのままだとまた謝られそうだな。
ちょうどいいタイミングだと感じ、俺はアーデルさんに謝られる前に先手を打つ。
「アーデルさん、そういえば休み時間は笑ったりしちゃってごめんね。覗き見してたのも悪気があったわけじゃないんだ」
誠心誠意頭を下げ謝罪する。このまま流れでうやむうやにしてもよかったのだがこんないい子に謝らないなんて俺の心が許さない。
俺が急に頭を下げてびっくりした様子のアーデルさんは急いでこちらに駆け寄り俺の頭を上げさせる。
「顔あげてください! あんなのなんとも思っていませんから! 目を逸らしちゃったのは恥ずかしかっただけで!」
「怒ったりしてない?」
「ととととととんでもない!」
またもや後ろにあとずさりアーデルさんは首がもげるくらいに否定する。
なぜ謝られた側がこんなにも焦っているのかがわからないがちゃんと謝れ、しっかり許しをもらえたことに心が楽になる。
アーデルさんはあまり気にしていなさそうな感じだが心が凄く軽くなった気分だよ。
やはり人間関係、うやむやのままは精神衛生上よくないな。
「俺異世界の人とあんまり関わったことなくてさ、この学校色んな種族の生徒いるじゃん? それで失礼してたらよくないなって」
「あ、ああ、そういうことですか。確かに色んな方がいらっしゃいますもんね」
落ち着いたアーデルさんは納得するように手を叩き言葉を続ける。
「でもこっちに来ている方はあまりそういうこと気にしていないと思いますよ。私たちがこちらに来ているんですし事情を知らない方に怒るっていうのも筋違いだと思います」
郷に入っては郷に従えみたいなことか。地球人よりしっかりしているんじゃないか異世界。
「……一部の方は気にするのかもしれませんが」
アーデルさんは最後にぼそりと呟く。
……今のは聞かなかったことにしよう。気にしすぎると俺のノミの心臓がこれ以上は持たない。
怖くて一生家に引きこもり二度と外に出てこなくなる気がする。
「い、一部の方だけですよ! 九割九分大丈夫です! 私も怒ることなんてありませんし! ほーら、怖くないですよー!」
俺の絶望した雰囲気を感じ取ったのか焦ってフォローに入るアーデルさん。
ありがとう、優しさが胸にしみるが子犬が初めて散歩に行く時しか最後の言葉は使えない。
しかしアーデルさんは異世界のことをたくさん教えてくれるな。気にしてる様子もないし今のうちに聞きたいことを聞いといたほうがいいのではないだろうか。
気を取り直し俺はアーデルさんに手を合わせてお願いをする。
「異世界のこと少しだけ聞いてもいい?」
「あ、はい! お任せください!」
アーデルさんは任せとけと胸を張る。
まずは一番重要なことを聞いておこう。
「アーデルさんって種族なになの?」
「へあ! 私ですか?!」
「うん。見た目が人間と一緒で正直わからなくて」
驚いているが俺としては大事なことである。こんな良い人の地雷を踏んでしまったらたまったもんではない。
「た、確かに私見た目だけじゃわからないですもんね。私は……そうですね魔族です」
アーデルさんは少し考えたように答えてくれるが俺は首をかしげる。
「あれ? でも魔族って角生えてなかったっけ?」
俺の知識では確か魔族には頭に角が生えていたはずだ。実際今日見かけた生徒の中には魔族がいたが全員頭に角が生えていた。
それを聞いたアーデルさんは困ったように眉をひそめて思い出すかのように頭を捻る。
「そうなんですけど私の家系はちょっと特殊でして……私の世界での発音はわかるんですけど、えーと、地球ではなんて言ったかな、確か……」
言いかけようとした瞬間チャイムが鳴りアーデルさんの言葉を遮る。
毎回毎回なんてタイミングの悪いチャイムなんだ。生きてるのか。何度も俺の邪魔ばっかりしやがって。
仕方なくもう一回聞き直そうと話しかけようとすると、アーデルさんは急に勢い良く立ち上がる。
「びっくりした。ど、どうしたの」
俺が驚いた顔で聞くとアーデルさんがオロオロと動きだす。
「す、すいません。楽しくて時間を忘れていて、もう帰らないといけない時間なんです。お、怒られちゃう。で、でも今日くらい帰らなくたって……」
「いやいや帰るよ」
すごいなこの人。入学初日に初対面の男女が学校でお泊りしたら俺達伝説になっちまうぞ。
だんだんとアーデルさんの扱い方がわかってきた俺は手に鞄を持たせて早歩きで教室を出た。
「すいませんすいません」
「大丈夫だよ」
下駄箱についた俺は何度目かもわからない謝罪を軽く受け流す。
教室を出た後の道のり、ずっとこんな感じである。ちなみに何に対して謝っているのかは未だに全くわからない。
「アーデルさん外少し薄暗いけど一人で帰れる?」
「あ、は、はい。大丈夫です、迎えがきているので」
こんな様子で帰れるのか不安になって尋ねるとアーデルさんは校門の方をみる。
迎えが来てたのかと安心して校門の方を見るとそこには漫画やアニメの世界でしか見たことのないリムジンが止まっており、リムジンの前には大量の黒服達が後ろに腕を組んでずらりと並んでいた。
俺はリムジンを指さし思わず尋ねる。
「アーデルさんってもしかしなくてもお金持ち?」
「そ、そんなことないですよ」
冗談だと思ったのかアーデルさんはくすりと笑う。
ねえ?俺の指の先ちゃんと見て言っている?黒服の集団がそこにいるんだよ?
俺にしか見えていない妖精さんなの?あの妖精さんたち俺を睨んでる気がするけど気のせいだよね?
まさかの光景に固まっている俺をよそに靴を履き終えたアーデルさんは俺に頭を下げる。
「すみません、今日はお先に失礼します。とても楽しかったです。い、いぶきさんもお気を付けてお帰りください。……ま、また明日もお話しましょう」
今までのポンコツを忘れるような綺麗な所作で放心状態の俺にもう一度お辞儀をするとアーデルさんは早歩きで車のほうへ向かっていくのであった。
……ん? なんでかこっちに戻ってきてるぞ。
ついさっき別れの挨拶を済ませたばかりのアーデルさんが息を切らしながら俺の前に戻ってくる。
「どうしたの? 忘れ物?」
「はあはあ、いえ、教室で最後に私が言った言葉もしかしたらいぶきさんに聞こえてなかったんじゃないかと思って」
そのためだけに戻ってきたのか。なんて律儀な。明日教えてくれればよかったのに。
せっかく戻ってきてくれたのだ。そんな言葉は決して言ってはいけない。
俺はアーデルさんに聞き直す。
「わざわざありがとう。聞こえてなかったからもう一度言ってもらっていい?」
「は、はい」
アーデルさんは息を整え、
「私の家系、地球では皇族って言いますね! その意味と同じだと思ってもらえれば!」
二度目の放心。
「ご、ごめん。もう一回お願いしてもいい?」
……あまりにも信じられない言葉に俺はもう一度聞き返す。
「あ、あんまり馴染みなかったですかね。魔族で角が生えていないのは一族の証だったりするのですが。ええと、他の言葉で言うと魔王の娘……」
「ありがとう。とてもよくわかった……ました」
「は、はい!」
「早く戻らないと心配するんじゃない? ありがと……ございました」
「こ、こちらこそ! ま、また明日!」
友達っぽい別れ方しちゃった!と意味不明なことを言いながら去っていくアーデルさんの背中を見送り、俺はキリキリと痛む胃を抑えてぽつりと呟く。
「こ、これがラスボス戦か」
いつの間にか俺の足元には教室で無くしていたはずのクイーンのトランプがたたずむように落ちていた。




