うつすなら……
優しさは時に──
遅くなりました(_ _)
「……っはっくしょいっ──」
大学の講義終了後。帰ろうとしていた天使渉は、隣から聞こえてきたくしゃみに、小さく肩をあげた。
「大丈夫か……?」
「うーん……最近寒すぎじゃね」
くしゃみをした新巻巧が、ぶるぶるっと体を震わせる。
「はぁ〜っ、テンシ。もし俺が風邪引いたら、そばに居てくれる?」
と乙女のような上目遣いで渉を見る。
「……キモ」
「ひでえなあ! ネタじゃん? そこは軽く流すとこだろ?」
「はいはい」
と渉はどうでもいいというように手を振る。
「てかさ、風邪引いた時は、やっぱそばに居てほしいじゃん? 俺は彼女にさ、こう……」
ジェスチャーを交えながら、巧は話し始める。
「『まだ、熱あるね……。今日は、熱下がるまでずっとそばにいるから──』みたいな? よくない?!」
「……もういいか?」
渉は冷めた目で巧を見る。
じゃあテンシはどうなんだよ〜と巧は口を尖らせる。
「俺は、小さい頃から一人で家にいることが多かったから──でも、そうだな。風邪引いた時は、そばに居てもらいたかったな……」
と渉は小さい頃風邪を引いた時のことを思い出して言った。
両親は仕事で、渉は一人自分の部屋で寝ていた。
寂しさを感じながら、熱でぼんやりする頭で、それでもどちらかが帰ってくるのを待っていた。ずっと……
「…………」
「渉?」
どこかに思いを馳せている渉に、巧は声をかけた。
渉は悪い悪い、と手を振ってリュックを背負い直す。
「……んじゃ、そろそろ行くわ」
「おう。またな」
「ああ──」
と頷いて、渉は巧と別れた──
*
「……寒い──」
三田頼之は、仕事部屋で目を覚ました。
近くには、昨日終わらせた書類が置かれている。
「会社に、届けないと──」
伏せていた状態から体を起こし伸びをすると、節々が悲鳴をあげた。
「いたたたたたた……っ」
腰を撫でて、今度は腕をさする。
少ししてから、若干の悪寒を感じた。
「……寒い……、とりあえず書類──」
書類をファイルに入れて、イスから立ち上がる。
一瞬立ち眩みがして、頭を押さえた。
「……まずいな──風邪引いたか……」
落ち着いてから、携帯に手を伸ばす。
そして、同期の新巻慎の番号にかけた──
*
「よお、大丈夫か?」
「……まぁ。とりあえず、書類今日までだろ? だから、頼む──」
電話で風邪を引いたことを話し、慎に書類を取りに来てもらったのだ。
頼之は悪寒がするので、コートを羽織っている。
「おお、任せろ──けど、飯とか大丈夫か? てか熱とかは?」
「熱は、ある。けど、寒い……。飯は、朝テンシが作り置きしてくれたやつを食べた……。昼はインスタント……っ」
頼之は頭を押さえて顔をしかめる。
「頭痛か?」
「……あぁ。朝食べてからずっとしててな……」
「そうか……。とりあえず、休め。友梨香来させようか? 夕飯とか」
と慎は受け取ったファイルを鞄にしまいながら言う。
友梨香は慎の妻で、専業主婦なのだ。
「いや……いい。迷惑はかけたくない──それに、自分の家で気を遣いたくない……」
「そうか……。悪いな、俺が看病的なこと出来ればよかったんだけど、まだ仕事が残ってるんだ……」
仕事がなかったら出来たんだけど、と慎は唸る。
「いいよ、俺が悪いんだ。ちゃんとベッドで寝なかったから──悪い……。そろそろいいか? だるい……」
と頼之は辛そうに頭をもたげる。
「ああ、そうだな──書類は俺がしっかり預かったから、安心しろよ」
「……ん──」
頼之は慎が戻っていくのを確認して、ドアを閉めた。
それから部屋に戻り、そのまま寝室に直行する。
そしてコートを脱ぐこともせず、そのままベッドに潜り込んだ。
「……寒い──」
と頼之は丸くなる。ふいに渉が恋しくなって、頼之は小さく呟いていた。
「渉……」
呟いてから、これじゃあ子どもみたいだ……と少し恥ずかしくなりながら、頼之は目を閉じた──
*
──ピンポーン……
「留守か……? いつもならもう出てくるのに──」
渉はドアの前で首を傾げる。
二回鳴らしたのに、頼之が出てこないのだ。
いつもなら、一回鳴って二、三秒ぐらいで「おぉ──」と頼之が出てくる。
「……鍵、使おうかな……」
渉は頼之からもらった鍵をリュックから出し、しばし眺めてから鍵穴に差し込んだ。
カチャ、と鍵が外れた音がして、渉はゆっくり中に入った。
「失礼しまーす……サンタさーん?」
部屋は電気がついていなかった。
「……出掛けたのか──」
渉は電気をつけて、暖房もいれた。
電気をつけると、室内がよりよく見える。室内は汚れていなかった。だが、キッチンの水道には食器が水に浸っていた。
「ぁ……残したんだ……」
生ゴミの所に、おかずが少し捨てられていた。
今まで残されたことがなかったので、渉は少し悲しくなる。
「……まずかったのか?」
「テンシ……?」
後ろから声がして、渉は振り返った。
そこには、コートを羽織った頼之が、頭を押さえて立っていた。
「どうしたんですか?!」
「……あぁ、風邪引いてな──」
と頼之は渉の横を通ってコップを手に取ると、水を注いでいく。
そして、ごくごくと飲む。
「……はぁ。寝てたから、喉が渇いて──」
頼之が振り返ると、渉が手を伸ばして額に触れた。
頼之は呆然として渉を見つめる。
渉は手を離してから、驚いたように言う。
「サンタさん熱いですよ!? 熱ありますよね?! 咳とか出ますか!? 喉痛いとか! 薬は飲みました?! てか薬自体あるんですか!?」
矢継ぎ早に質問をしてくる渉がいつもどおりで、頼之は小さく微笑んだ。
「……熱はある。咳は出てない。喉も痛くない。薬は、飲んだ」
「よかった……、じゃない! 早く寝てください! 俺、お粥とか作りますから! あ、あと、その……」
と渉は生ゴミにちらっと視線を向けてから、頼之を見た。
「まずかった、ですか……?」
「ん……? いや。おいしかったよ。でも、今は本調子じゃないから、食べきれなかっただけだ……」
と頭を押さえる。
「そうですか──サンタさん……?」
安心したように言ってから、渉は頼之を見て不安な顔になる。
「あぁ……頭が痛いんだ」
「えっ、じゃあ早く寝室に──」
と渉が頼之を支えていこうとすると、頼之はすっと離れて言った。
「……帰っていい」
「は……?」
「顔が見られただけで、十分だ……。それに、テンシは学生だ。うつったら大変だからな──」
と頼之は苦笑いする。そう言われても、渉は納得いかない。
「じゃあ、お粥ぐらい作ります!」
「作らなくていい」
「でも夕飯──」
「もう食べたんだよ。だから、テンシがやることはない」
と頼之は言い切る。
「……でも……」
「帰れ──」
まだ何か言おうとする渉に、頼之は頭を押さえて言った。頭痛のせいで睨んでいるように渉には見えたかもしれない。
「……失礼しました──」
渉はそう言って少し俯くと、部屋を出て行った。
ドアが開いてから閉まる音がして、頼之は小さく溜め息を吐く。
「……はぁ──でも、うつすよりはいい……」
てか、夕飯どうしようか……まだカップラーメンあったか……? と頼之は棚に手を伸ばすのだった──
頼之「……抱きしめればよかったな──」
次回、帰れと言われた渉は……。




