幕間「囚われの姫君」
「ご機嫌はいかがですかな?ミラ姫。」
薄暗い地下牢の一室の中に座らされているミラに一人の魔術師が話しかけた。椅子に付けられた手枷に縛られるミラは魔術師を睨んでいた。
「おやおや……怒りを表面に出して…私が女王様を殺した事がそんなに憎いですか?」
「あんた…いつまであたしをここに縛るつもり?その気になれば今すぐにでもあんたを…うっ!」
魔法を放とうとするミラに激痛が走った。この牢に満ちた闇の魔力が彼女の魔力を妨害し、その影響で体に害を与えているのだった。
「本来でしたらあなたは既に女王様諸とも殺して魔力を頂く予定でしたが、私でも吸収しきれないあなたの魔力を感じて計画を少し変えました。」
「その結果がこれ?あたしをここに監禁して、この椅子に繋がる装置へあたしの魔力を蓄積させていく事にしたの?あたしの魔力を少しずつ吸収するために?」
「半分は正解です。しかし、あなたの魔力は女王様を上回る。その魔力を利用すれば、私はこの力を完全に制御できるはずなのです。」
魔術師は微笑んでそう言った。
「どうやっても無駄よ。あたしは必ずあんたをあの世に葬ってやるんだから!」
「………」
ミラがそう怒りの声を上げると魔術師は少し何かを考えるような顔をした。そして再び不敵な笑みを浮かべると、隣にいた錬金術師から紫色の輝石を受け取った。そしてミラの牢屋に入って側に寄ると、彼女の胸に輝石をそっと当てると…
「きゃぁぁぁぁっ!!」
ミラの胸に言葉に出来ない激痛が走る。魔術師の腕が彼女の胸を抉り、輝石を埋め込んでいた。
__グチャ。
生々しい音と共にミラは糸切れたようにぐったりとして動かなくなった。魔術師は笑顔で彼女から離れて牢から出た。彼の手には潰れた心臓があった。
「心配はいりません。私が作った闇の輝石は心臓の代わりに、あなたの体にじっくりと馴染みますから。」
「……」
そう言って魔術師は返事をしないミラを背に、従者を連れてその場から立ち去っていった。
ミラに埋め込まれた輝石は、ドクンドクンと妖しげな光を帯び始めていた。
◇
「うわぁぁ!!」
ミラは飛び起きるように起きた。目覚めたばかりなのに激しく息切れをしていて汗も尋常な程にかいていた。それ以上に何かへの焦燥と怒り、悲壮感が彼女を襲っていた。
「うぅ…」
ミラは胸を手で押さえて体を震わせていた。
「ミラ?」
隣のベッドで寝ていたオーラムが驚いた様子でミラに聞いてきた。二人が寝ていた場所はウィンドが決戦に備えて休めるように手配してくれた宿屋の一室だった。外はまだ月が出ているので夜だというのが分かった。
だがそんなことが眼中に入らないくらい今のミラの精神状態は不安定で、息づかいも荒くなっていた。
「大丈夫か?」
「オーラム……」
オーラムは彼女を見て異変を感じていた。彼女が抑えている胸が内側から紫色に光り始めていたのだ。更にそれはミラが呼吸をする度に光は強くなっていき、胸の奥から何かが膨れ上がっていくのを感じた。
「ううっ……」
「落ち着くんだミラ!まずはゆっくりと深呼吸をするんだ!」
オーラムが言うとミラは胸を抑えながらゆっくり深呼吸を繰り返した。その間にオーラムは呪術の火をミラの胸にかざした。すると彼の掌から暖かい火が現れた。それは彼が母から教わった癒しの火だった。
「はぁ…はぁ…」
ミラの息づかいが落ち着いてきた。それと同時に徐々に光は消えていった。だがミラは安心すると膝から崩れ落ちそうになったがオーラムが支えた。
「今のなに?」
「傷ついた相手を害の無い優しい火で包む呪術だ。それよりミラ。一体どうした?」
オーラムが問うとミラは顔を上げた。その瞳には涙が浮かんでいた。
「オーラム。信じていいんだよね?あなたの事。」
「……ああ。」
ミラの急な問いにオーラムは力強く頷いた。その言葉にミラは安堵した。
「ごめん。怖かったの。怖くてどうしようもなかったの。」
「何があったんだ?」
オーラムが聞くとミラは息を整えてから話した。自分が体験した事が夢の中でフラッシュバックした話だった。
「それは辛かったな……俺も死んだ両親達が出てきて、泣きながら謝る夢を何度も見ているから気持ちは分かる。夢の中の両親はただ笑顔を向けるだけで何も言ってくれないけどな…」
ミラの気持ちを読み取るオーラムは悲しみを堪えるような笑顔で話した。そんなオーラムの腕をミラは掴んだ。
「ねえオーラム。お願いがあるんだけど……」
「なんだ?」
「一緒に寝てくれない?」
「え?もとから同じ部屋で寝てるだろ?」
「そうじゃなくて、同じベッドで一緒に寝てほしいの。」
「……へあ?」
ミラの唐突な申し出を理解したオーラムは素っ頓狂な声を出した。ミラが何を言ってるのか分からないというような顔をしていた。
「いやちょっと待て。それはちょっとまずいだろ。」
「だって嫌な夢を見たばっかりだし怖いんだもん。あんたがいれば悪夢にうなされる事もないだろうから。」
「だからってお前。年頃の女と男が同じ寝床で寝るって意味が分かってるのか?ましてやお前姫だろ?」
「あたしは全然平気だけど?それに姫なんて今じゃ何の意味も無い肩書きだし。」
「いやそういう問題じゃなくてだな...」
オーラムは戸惑いを隠せなかったが、ミラは腕を離す様子はなくロボの時のような上目遣いで見てきた。しかしオーラムに向けるそれは怖くて彼に側に居て欲しい子供のような眼差しだった。
「お願い。これ以上怖い思いはしたくないの。だから夜明けまでは側に居て……」
ミラはオーラムの腕を掴んで離さなかった。オーラムは困惑した表情でミラを見ていた。彼女がどれだけ本気で不安と恐怖を感じているのか。その目を見れば分かるような気がした。
「……分かったよ。」
「ホント?」
「ああ。だが夜明けまでだぞ?」
オーラムは彼女の目を見て頷いた。
「ありがとう…」
ミラは礼を言うとオーラムを引っ張って自身のベッドに寝かせた。彼女もオーラムに密着するように同じベッドに寝る。安心しているのか彼女の息遣いや鼓動は穏やかになっていっていた。
「眠ったか?」
しばらくするとオーラムはそう呟いた。だが答えは帰ってこなかった。寝息だけが聞こえてきただけだった。
「まぁいいや……」
オーラムはそう言って彼女に「おやすみ」とだけ言って再び眠りについた。彼女が悪い夢を見ないことを願って。




