第四章「天の騎士団」
魔術の王国アンシャントを支配する魔術王ヴァン・パラケルスに家族を殺された竜人オーラムと王国の姫だった魔女ミラは聖王の頼みで、帝国王都近辺に魔物征伐に行ったっきり消息が分からない天の騎士団を探しに近辺の地に向かっていた。
「近辺と言うから歩いて数十分だと思っていたが……」
竜人の呪術師オーラムは歩きながらぼやく。それもそのはず、王都から出発して既に二十分は経っていた。
「一体いつになったらそのヴァルナ山地とかって場所に着くんだ?」
「今中間辺りを歩いて過ぎたとこだ。グズグズしてたら置いていくぞ。」
案内兼ね目付けとして共に来た人狼騎士ロボが振り返ってオーラムに言った。鉄の鎧を着ていながらもオーラムよりも余裕に歩いていた。
「んな事言ったって、何でお前らはそんな余裕で歩いてられるんだよ?」
「あんたが前半にむしゃらに走っちゃうからでしょ?あたしは足の負担を軽減する魔法つかえるから今からでも走れるけどね。」
ミラはそう言うと笑いながら、足に魔力を付与してスキップし始めた。
「お、おい待てって!」
オーラムは遠ざかりそうになる二人になんとか追い付きながら走った。そして例の山地の境目に差し掛かった瞬間、三人は足を止めた。
「何か、焦げ臭くないか?」
変な臭いにオーラムが反応した。ミラも何か感じたのか、臭う場所を辿っていく。
「これは火薬の臭いっぽいが...まさか。」
「見て!あそこにキャンプ地があるよ!」
ロボが何かを察しているとミラが崖の下で煙が上がってるのが見えた。オーラムとロボも見下ろすと、山地を下った先の麓にテントが張られた宿場があり、鎧に羽根飾りを着けた騎士達が漆黒の異形達に対抗しているのが見えた。
「あれが、天の騎士団か?」
オーラムがロボに聞いた。
「ああ。だが今は防衛に徹している。全滅するのも時間の問題だ。」
そう言いながらロボは異形達を観察していた。オーラムは戦いの様子を見下ろして何かを考えていた。
「このまま加勢したところで、勝敗は見えている。一度戻って聖王様に増援を要請して……」
「行くぜぇ!」
「は?」
オーラムが掛け声を上げたと思いきや、崖を飛び降りて戦中に乱入した。ミラとロボもこれには驚きを隠せずきょとんとしていたがオーラムは一目散に異形達に襲いかかっていった。
「バカ者!何をしてるんだ!」
ロボが止めようとしたがその前にオーラムは完全に魔物の群れに入り込んでいき、自分達の何倍もある体躯をした獣のような異形に対して火の呪術を駆使して戦闘を繰り広げていった。
「あの馬鹿竜人め……ミラ姫、ここは危険です!早くお戻りください!」
ロボはミラの手を引いて城へ戻ろうとしたが、ミラはそれを拒んだ。
「彼はあたしの協力者。つまり彼から見ればあたしも協力者だから!」
そう言ってミラも空間移動でオーラムの元へ向かった。
「……...致し方ない!」
ロボは大剣を抜刀して異形達に走っていった。
「なんだ!?」
さっきまで異形に取り囲まれていた騎士は突然飛んできた火の玉が異形を焼き殺していくのを見て驚いた。
そしてそれと同時に何者かが乱入してきた。異形の魔物はそれに反応し、一斉に襲いかかっていった。しかし魔物達は頭上に降り注いだ雷に打たれて次々と倒れていった。
「百発百中♪」
高台で杖を掲げていたミラが跳ねていた。
「あれは、王国の姫か!?なぜここに?」
「ハアァァッ!!」
そして次に人狼の騎士が大きな異形の魔物を一刀両断した。
「ロボ!お前もか!」
一際目立つ装飾を着けた騎士が反応した。ロボもそれに反応しつつ、異形達を切り払った。そして互いに背中合わせの状態になった。
「ロボ、加勢はありがたいが敵は想像よりも強いぞ。現に下級騎士が五人、上級騎士が六人死んだ。」
「心配することはない。少なくとも俺の他に人間離れしたのがいる。」
「何だって?」
「とりゃあ!」
するとまた異形の魔物にオーラムが火の玉とオリハルコンの剣の連撃を食らわしていた。騎士は「なんだ?」と驚いた。
そして今度はミラが黒い雲が浮かび上がり雷光電撃が飛び交い始めた。
「魔術か。それにあの火は……まさか呪術?」
騎士はオーラム達の戦い方を見て驚いていたが、すぐに切り替えてハルバードで異形達の蹂躙に取りかかった。
「親父ぃ!デケェヤロウが現れました!」
「いよいよ親玉か。気合いをいれろ!」
騎士が叫ぶと部下の騎士達も異形を蹴散らしながら咆哮を挙げていった。
しかしさらにその奥の方から一際大きな牛角の魔物が現れた。
「アイツか!」
ちょうどその魔物の正面に立っていたオーラムは牛角に剣を向けた。一方の牛角もオーラムに気づいて、角を光らせて突進してきた。
「うぉりゃあ!」
牛角の突進をオーラムは足に力を入れて受け止めた。そして後退して再び攻撃をしにかかってきた牛角に向けて火の玉を放った。
「クソアアァッ!!」
しかし牛角は腕に生えている刃で火をかき消したかと思うと、口を開けて凝縮された闇の魔力の塊を吐き出した。オーラムもこれには反応が遅れて避けれそうになかったが、剣を立てた状態でタックルを仕掛けて塊を砕いて、その勢いのまま牛角にぶつかりたじろがせた。
「爆ぜろ!」
牛角がたじろいで口を開けたところにオーラムは大きな火球を至近距離で食らわせた。
「グオオオ!」
熱波を放つ爆発の中で、牛角の悶え苦しむ声が響いた。そして爆炎が消えた頃には、牛角の魔物は黒い灰となって散っていった。
「よし!これで全部か!」
周囲に異形の魔物が居ないのを見てオーラムは剣を収めた。大きな魔物と戦っている間に騎士団とミラ、そしてロボがあらかた片付けていたのだ。
「お前…」
周囲を見ていると、一際目立つ装飾の騎士がオーラムに近づいてきた。
「お、あんたが騎士団長か?」
「竜人か?」
「おう。聖王の命令でお前を助けてくれってな。」
「うむ。だが戻る前に生きてる部下達が休める時間が欲しい。王都に戻ればそのまま仕事が続くし、何よりお前と少し話をしたいしな。」
そうして一同は宿場に戻り、休憩がてら軽い祝杯を始めた(酒はないが)。
「自己紹介がまだだったな。俺は天の騎士団四代目、ウィンドだ。」
装飾の騎士はウィンドと名乗った。オーラムとミラはウィンドに呼ばれて団長用のテントで祝杯を始めていた。ロボは周りを警戒し見回りに出ていた。
「俺はオーラムだ。」
「あたしはミラ!こうみえて…」
「アンシャント王国の姫君か。その首飾りはやはり継承されているのだな。」
「え?知ってるの?」
予想外な反応にミラは驚いた。
「二十年前、上級騎士の頃に一度だけ私用で女王陛下と謁見した。強大な力と美貌を持ってありながらそれを毒とせず、心優しき方だった。」
「二十年前じゃ、あたし産まれてないからあんたの事分からなくて当然かあ。」
ミラはそう言うとグラスに入った水を口に含んだ。
「それでウィンド。俺と話って何だ?」
「あん?「さん」つけんかゴラぁ!ウィンド「さん」だろうが!」
「口の利き方気いつけろ?でないとその皮、ひっぺ剥がして売るぞ?」
ウィンドの側近騎士二人が指をポキポキ鳴らしているとウィンドが人差し指を立てた。「黙れ」という意味らしく、二人は大人しくなった。
「すまないな。コイツらは一度暴れると俺でも抑えられない連中でな。」
「そうか。あんたが止めなかったら俺も暴れてたぜ?」
呪術の火を握る拳を構えかけた状態でオーラムは言った。
「話がそれたな。竜人でありながら呪術使う珍しい奴が現れたなと思ってな。あと、そんな奴が聖王の命令だけで俺に会いに来るとは思えないからな。」
「……実はな。」
オーラムはその事を言われ、色々と思い出して気が滅入りつつも自分の事情を話した。火を吐けない上に呪術を使う竜人という異端と危険の塊のようなオーラムを見れば誰でも忌み嫌うのだが、ウィンドはオーラムの話をしっかり聞いていた。
「なるほどな。アンシャント王国が今そんな事態になっているとは……協力しないわけにはいかないな。」
「じゃあ、闇に抗う方法を教えてくれるの?」
「ああ。"信じる力"だ。」
「「は?」」
単純な返答にミラとオーラムは呆気にとられた。しかしオーラムの呆気は馬鹿にされたと思った怒りにすぐに変わった。
「ふざけてんのかあんたは!」
「オーラム!」
手を上げようとしたオーラムをミラが止めた。側近騎士も手斧を取り出しそうになったがウィンドが拳を突き立てて止めた。
「先代達が戦った異形共も同じく闇の魔力を持っていた。それは魔術でも祈祷術でもない人間の本質に近い何かを感じさせる力だ。死地を潜り抜いた仲間でさえも闇に侵食されていくなかで先代は最後まで生きて戦った。そして勝利を収め、俺は勝利の鍵を聞いた。それは"信じる力"だと。」
「結局神頼みだって言いたいのか?」
オーラムが聞くとウィンドは首を横に振った。
「確かに俺達天の騎士団は聖王同様神への信仰と共に生きてきた。だが最初の異形と戦った先代の面構えは祈るようなものではなかった。先代が言った"信じる力は祈祷とは違う強い何かなのかもしれない。それが何なのかも理解するのも困難だった。だが...」
ウィンドはオーラムとミラの顔を交互に見て、「うむ。」と一言だけ喋った。
「お前達なら教えるまでもないな。」
「どういう事?」
「お前達の力なら、魔術王を倒すというのも現実になるという意味だ。」
一人で納得するウィンドだったが、オーラムとミラは顔を見合わせて「?」といった具合だった。
「よし、十分休んだ。では、帰ろうじゃないか。」
そうしてウィンドは部下を引き連れ、オーラム達と共に王都へと帰っていった。
◇
城に戻ると、ウィンド達の生還を喜部と同時に聖王がオーラムを見て驚いていた。
「お主、生きて帰ってきたのか?」
「ああ。この通り五体満足だ。」
オーラムは腕をぶんぶん回して健在ぶりを聖王に見せつけた。
「そ、そうか。いやあロボもミラ姫も無事でよかった。」
聖王がハハハと笑うと、オーラムはその反応をよく思えなかった。するとウィンドが前に出た。
「陛下。まさかとは思いますが、オーラムが死んでること前提で事を進めようとしていたんじゃないでしょうな?」
ウィンドが聞くと聖王は「う…」と声を漏らした。図星なのは目に見えた。
「劣勢状態だった俺達に彼らを送らせたのは陛下とお聞きしましたが、ロボも派遣したのは異形との戦いをオーラムだけにやらせて俺らとミラ姫だけを連れて帰らせるからだった訳ですか?」
ウィンドの問いに聖王は冷や汗をかいていた。そして聖王の様子を見てミラがいよいよしびれを切らした。
「どういう事ですか?オーラムはあたしの協力者なんですよ!それを分かっててそんな事を考えてたんですか?」
「し、仕方ないだろ!そなたを守れる方法を考えた末の判断なのだ!いくらそなたの言葉といえど、あんな異端の存在を受け入れられる訳がないだろ!」
冷や汗をかきながらも聖王は正当化するための理由を述べ始めた。
「この野郎…!」
王にすら差別されたオーラムは火球を作り始めたが、ウィンドがそれを握りつぶしてオーラムを見た。その目はどこか「任せろ」と言っているような気がした。そしてまっすぐな目で聖王を見た。
「人々を導く聖王であろう御方が、カタギを差別するのですか?」
「それは…」
聖王が言いよどんでいると、ウィンドはさらに続けた。
「確かにオーラムの異様な力に恐怖する気持ちは分かります。だがオーラムは確かに俺達の危機を救ってくれた。呪術を異端視してきた人間達を救った呪術師が、果たして本当に異端と言えるのでしょうか?」
「う……」
聖王はすっかりウィンドにペースを握られてしまっていた。
「それに今は誰かを迫害する場合ではありません。報告書にもまとめていたとおり、此度の魔物は現れる方角と溢れている闇の魔力、そしてミラ姫達の言い分を照らし合わせれば、奴らは魔術王ヴァン・パラケルスの送り込んできた魔物です。我々が先手を打たなければ、国はおろか、他大陸も奴らの手によって掌握されます。」
「うむ。それはミラ姫からも聞いているが…」
「ですので、陛下。我ら騎士団に出陣の許可を。我らがアンシャント王国に乗り込み、闇の魔物もヴァンも征伐して参ります。」
「親父の戦績を見れば、文句はないでしょう?」
側近騎士の一人の圧のある言葉に聖王は「むう……」と唸った。
「分かった。騎士団の出撃許可する。儂も王都騎士達の準備でき次第、明日の夜明けと共に出撃しよう。」
「ありがとうございます。」
聖王の返答にウィンドは頷いた。聖王はミラの方を見た。
「ミラ。そなたはここで待て。復讐心に感情を左右されては隙をつかれ、今度は本当に殺されるかも知れぬからな。」
「え?あたしも行きますよ。」
「なに?」
ミラの発言に聖王は腰を抜かしそうなほど驚いた。オーラムは「そりゃそうだ」という表情で聖王を見ていた。
「あたしは最初に言いましたよ。あたしはお母さんの仇を討つんだって。ジハードとは目的が一緒である以上、彼だけにやらせるつもりはないし、お母さんが守ってきた王国を自分の手で取り戻したいんです!」
「しかしミラ。アンシャントの女王が亡き今、そなたが女王の血を引く最後の一人なのだぞ。そなたが死んでしまったら……」
「じゃかぁしい!」
茶を濁そうとする聖王にウィンドがキレた。聖王はさらに腰を抜かしかけた。
「ミラ姫は己が置かれた状況を理解してありながら、己の国を救うためにオーラムと共に戦おうと覚悟を決めいるんだぞ!さっさと腹括りやがれ!」
ウィンドに一喝されて聖王は「わ、分かった!」と後ずさりながら言った。
「ミラよ。その代わり必ず生きて帰って来るのだぞ。儂はそなたを実の娘のように想っておるからな。」
「うん、ありがとう!」
聖王の言葉にミラは笑顔で感謝した。
「陛下。我々は騎士達に今夜のうちに準備を整えるように指示をします。」
「うむ。ロボよ、そなたにも期待しておるぞ」
ロボの言葉に聖王は頷く。ミラとオーラムはお互いの顔を見た。
「オーラム。」
「ああ。ヴァンを討つ日は近いぞ。」
こうして天の騎士団と祈祷の聖王の力を借りる事に成功したオーラムとミラは、闇の魔術王ヴァンを討つための戦いに向けた準備が整うのだった。しかし二人は知らなかった。魔術王ヴァン・パラケルスもまた、こちらを迎える準備を整えているという事を。




