第三章「祈祷の聖王、人狼との再会」
「でっかい町だなー。」
王都の関所を通った竜人オーラムは、目の前に広がる町並みを見て言った。
「当たり前でしょ。ここは聖王が祈祷の力で築き上げた帝国の中心になってる王都なんだから。城もあるでしょ?」
深紅の魔女ミラはオーラムに王都のことを教えていた。家族を殺した魔術王ヴァン・パラケルスを殺すために故郷である大沼から外の世界へと出たオーラムは、魔術の国アンシャント王国の姫だった深紅の魔女ミラと出会い、彼女も目的が同じことから協力することになった。そして今、魔術王ヴァン・パラケルスを倒しに行く準備をするために、大きな風車がある帝国の王都ベルランドに訪れていた。
「しかしミラ。わざわざ準備なんかしなくてもこのままお前の祖国に行くのはダメなのか?ヴァン・パラケルスが生身の人間ならば俺の呪術で奴の首を焼きちぎれるぞ。」
オーラムは首をポキポキと鳴らしながら言った。だがミラは「ダメよ」と言って首を横に振った。
「確かにヴァンは人間だけど、アイツには並大抵の武器じゃ崩せない防御魔法があるし、何よりもあたしのお母さんの魔力も吸収しているから、半端な攻撃じゃ弾かれるのがオチよ。」
「ならお前の魔術で殺すとかはダメか?」
「それも無駄よ。あたしも監禁される前に抵抗したけどあいつは闇の魔術で私の魔法を抑制してきた。」
「ならどうすれば……」
オーラムは頭を悩ませた。するとミラは城を指差しながらオーラムに言った。
「だからこれからこの国を統べる聖王に会いに行くの。神の恩恵である祈祷術を使う聖王なら、闇に対抗する手段を教えてくれるかもしれないからね。」
「なるほど、確かにそれなら……」
オーラムは納得して城を見た。するとミラはオーラムの腕を掴んでグイグイ引っ張った。
「そうと決まったら早く行くよ!」
「おい!引っ張るな!」
二人は街道に出て城に向かって歩き出した。
「そういえば聖王はどんな奴なんだ?」
「信仰の力を振るう祈祷術を最初に生み出した人で、神への信仰心で人々をまとめ上げてこの帝国を築いた人だよ。あたしも小さい頃にお母さんに連れられて一度会ったきりだからあまり覚えてないけど、とにかく信心深い人って事は覚えてるよ。」
「そうか。」
何事もなく歩いているオーラムだが、内心道中すれ違う町人や聖職者の視線を気にしていた。
__あそこにいるのは竜人か?
__そのようだが…片手に宿してる火は呪術のものか?
__あんな異端な存在を町に入れるとは番兵は何やっているんだ?
(……呪術を扱う俺の事の話を聖王は聞いてくれるだろうか。)
オーラムは不安になりつつも、聖王のいる城に向かって歩いていると、突然ミラが足を止めた。
「どうしたんだ?」
オーラムは振り向き、立ち止まったミラに問いかけた。
「あの店、何だろう?」
ミラの視線の先には一軒の花屋があった。『ベリー』という看板につられたのだろう。するとミラは花屋に入っていった。オーラムも続けて入ると、花の香りで満たされた店内には赤い薔薇や白いカーネーション、黄色いパンジーなど色鮮やかな花が並べられていた。
「おいミラ。」
オーラムは花を眺めるミラに声をかける。
「だってあたし、お母さんとお城に住んでた頃はこういうお店に行けなかったから。」
ミラはオーラムにそう答えながら花を見ていた。そうしていると奥から一人の老婆が出てきた。
「おやまあ珍しい。若いお客さんだこと。」
老婆は優しい笑顔で二人に言った。
「おばあさん。これ素敵な花だね。」
ミラは老婆に挨拶をした。すると老婆は嬉しそうに笑った。
「ありがとうねえ、お嬢ちゃん。うちの店は王都の大通りにあるけど人はあまり来ないから若い子が来てくれるなんて嬉しいよ。」
そう言うと老婆は紫色の花を取り出してミラに見せた。
「これはね、『ラナキッド』って言って精霊の花と呼ばれる特別な花なんだ。この花は押し花にするとキラキラ光ってとても綺麗な御守りになるんだよ。」
ミラは老婆に渡された花を興味深く見つめた。
「おばあさん、あたしこれにする!押し花でね!」
ミラは目を輝かせながらオーキッドを買った。
「ミラ。城はいいのか?」
オーラムが再び催促するとミラは「ちょっと寄り道しても良いじゃん。」と頬を膨らませた。オーラムが呆れながらため息をついていると老婆がオーラムの前に赤色の押し花を出してきた。
「竜人のあなたにはこれがいいわよ。」
老婆は竜人のオーラムに驚きもせず赤い花を見せた。オーラムはその押し花を見て驚いた。それはかつて自分が住んでいた大沼の近くの森でよく見た花に似た押し花だった。
「この花は『クロウエア』と言ってね、色によって花言葉が違うのよ。赤だと『願いの成熟』って意味よ。」
「へえ。オーラムにピッタリじゃん!」
ミラはオーラムにクロウエアを渡しながら笑った。結局オーラムはミラにそそのかされてミラと一緒に進められた押し花を買って行った。
「お母さんの仇討ちの達成を願ってと……」
ミラは自分の願いを思いながら押し花を杖に飾り付けた。オーラムも押し花を見て色々思うものを感じていた。
(何度見ても、お袋が小さい頃俺にくれた花にそっくりだな。)
オーラムも買った押し花をオリハルコンの剣柄に飾った。
「よし。そろそろ城に向かうぞ。」
オーラムは剣をしまいながらミラに言った。
「はいはい。分かったからそんな急かさないでよ。」
(最初に早く行こうと言ったのはそっちだろ。)
オーラムは心の中で愚痴をボヤいた。するとミラはオーラムの腕を掴んで呼び止めた。
「ねえオーラム、これ見てよ!」
「何だ?」
オーラムはミラが指差した方を見るとそこにはアクセサリーや小物を売っている露店があった。
「お前な……城を目指さなきゃダメだろ……」
オーラムは呆れながら言うと、ミラは「でもさあ」と返すといった調子で会話しながら歩いているうちに、二人は城門まで来た。
「ここは王宮だ。」
城門まで来ると門番の聖騎士二人がハンマーを前に出してきて立ちふさがってきた。
「聖王に話があるんだ。通してくれ。」
オーラムは聖騎士に言った。しかし門番はハンマーを立てる姿勢を変えなかった。
「ここは聖王陛下の住まう城。許可のない者を通すわけにはいかない。」
「そこをなんとか頼むよ。あたし達はどうしても王様に会わなきゃいけないの。」
「駄目だ。」
ミラも頼み込むが門番は聞く耳を持たない。
「……これを見ても?」
ミラは首にかけていたルビーの首飾りを見せた。ルビーの周りには装飾が施されて、首に吊るすのにちょうどよい長さだった。
「……それがなんだ?宝石を賄賂にでもするつもりか?」
「あんた達ホントに聖騎士なの?これが何なのか分からないの?」
ミラは門番の目の前でルビーを光らせた。すると門番達は顔をしかめた。
「オーラムなら分かるよね?」
「買収すんじゃないのか?」
「何で分かんないのよ!」
「大沼で生きてたんだから知識不足はしょうがないだろ。」
「大沼?」
大沼と聞いた門番の一人は、オーラムの手にある呪術の火を見つけた。
「貴様、呪術師か?」
「ああ。それがどうした?」
オーラムは門番の問いに素直に答えた。すると門番はハンマーを構えて睨んできた。
「さては貴様だな?我が国の遠征騎士三人を襲って連行してきた魔術王の部下までさらったという竜人は。」
(なに?アイツら既に戻ってたのか!)
オーラムは草原で出くわした三人の騎士を思い出して内心驚いていた。すると門番達は「捕らえろ!」と言ってハンマーを構えて襲いかかってきた。
「させない!」
すると同時にミラが杖を掲げた。そしてたちまちに門番達の頭上に黒い雲が出現した。
「な、何だこれは!?」
門番達は慌てて黒い雲から逃げようとするが時既に遅し。その雲が急激に雷を呼び寄せると落雷を起こした。
「ぐわあっ!!」
雷に打たれた門番達は黒焦げになって倒れてしまった。
「お前……そんな魔法使えたのか……」
オーラムはミラの使った魔法を見て驚いた。するとミラは自慢気に胸を張って言った。
「言ったでしょ?あたしには膨大な魔力があるって。」
「そういえば、そうだったな。」
オーラムはミラの言葉に納得した。
「何の騒ぎだ?」
その時、城の中から一人の男が出てき
た。
「あ!」
その男を見たオーラムは驚いた。その男は、オーラムがアヴァロウ窟で出会った人狼騎士だった。人狼の方もオーラムを見て一瞬驚いた顔をしたが、すぐに落ち着きを取り戻した。
「ろ、ロボ様!この竜人と魔女が、聖王様に会いたいと……」
門番の一人の報告を受けたロボはミラの方を見た。そしてミラが身に付けてるルビーの首飾りを見ると、門番兵長に顔を向けた。
「貴様。」
「は、はい!」
門番兵はロボに呼ばれて背筋を伸ばした。
「魔術の王国に遠征経験がありながらこの方が身に付けている宝石を認知していなかったのか?」
ロボは門番に杖を向けた。すると門番は慌てて「も、申し訳ございません!」と謝り出した。
「これはアンシャント王国の王家が身に付ける首飾りだ。それにこの方の特徴はアンシャント王国の女王と瓜二つ。この方は女王のご子女で間違いない。」
門番はロボの言葉を聞いて顔が青ざめた。そしてミラに向かって跪いて謝罪した。
「も、申し訳ございません!まさか女王陛下のお子女とは知らず、無礼をお許しください!」
「全くだよ!お母さんが生きてたらあんた達みんな牢屋行きなんだからね!」
「お前、どの立場から言ってるんだ。」
オーラムはミラにツッコんだ。
「それじゃロボ。早速聖王の元に案内して!話があるの!」
「かしこまりました。」
ロボはミラに一礼すると、早速ミラを城へ案内し始めた。オーラムもロボの後をついて行こうとした。
「呪術の竜人、貴様は駄目だ。」
しかしロボに呼び止められた。
「何でだよ?」
オーラムは強気にロボに言ったが、彼はたじろがない。
「姫は聖王と縁のある女王のご子女であるからこそ通す。だが人間達の驚異である竜人というだけでなく、異端である呪術まで身に付けている貴様を通すわけにはいかない。」
「異端……だと?」
オーラムはロボの言葉を聞いた瞬間、ロボを睨み付けた。
「魔法の理から外れた術を使う者は中に入れないと言っているだけだ。」
「俺はこれで悪事を働いた事は一度もない。それの何がいけないんだよ?」
オーラムは睨みながらロボに反論する。するとロボはオーラムの手を払い除けた。
「確かに。だがアンシャント王国の姫が共にいる以上、姫まで異端扱いされるだろう。お前は存在事態が異端なのだならな。」
「だから何だ?俺がミラを傷付けるとでも言うのか?」
「そうだ。異端の呪術を使う上に野蛮な竜人を城に入れてしまえば、姫も聖王の身も危険にさらす事になる。」
「この野郎……」
怒りで歯ぎしりをし始めるオーラム。しかしミラが前に出てオーラムを落ち着かせた。
「オーラムはあたしの協力者よ。だから一緒に入れてほしいの。」
ミラがそう言うと予想外だったロボは「なんですと?」と思わず聞き返した。
「もし彼が城で何か起こしたらあたしも責任を取る。だからお願い。」
「しかし……」
ロボは困った表情を浮かべた。するとミラは帽子を脱ぐと、上目遣いでロボを見つめてきた。
「……だめ?」
「かしこまりました。」
ロボはミラに一礼して剣を下げた。オーラムは内心、この変わり身の早さに驚いた。
「なあミラ。お前監禁されてる時脱走できたのって本当は……」
「うん。監守はロリコンだったからちょっと目を合わせれば…ね。」
ミラはフフンと鼻で笑った。オーラムはそんなミラを見てやれやれといった様子で城に入っていった。そしてしばらく城の中を歩いていくと、大きな扉の前に連れてこられた。
「聖王様。お会いしたいという者達が。」
__今は祈りの時間じゃない。通せ。
ロボが言うと中から威厳のある声が返ってきた。
「よし、入れ。」
ロボは扉を開けた。すると中は絢爛な造りの大きな場所で、奥には玉座に座る冠を被った白ひげの男がオーラム達を見ていた。
そしてロボは扉を閉めて部屋の隅に下がった。
「そなたらが、我を訪ねて来たという者か?」
オーラムとミラは男の前に立った。
「お久しぶりです聖王様。アンシャント王国の女王の娘のミラです。」
「んお?」
いきなり自己紹介されて戸惑う聖王。だが思い出したのか「おお!」と声を上げた。
「アンシャント王国のミラ姫か!久しいな!数十年経つが、顔が母親に似てきたな。」
聖王はミラの顔を見て懐かしそうに言った。
「それで、何用だ?シャルリーナ女王陛下は元気にしているのか?」
「えっと……」
それを聞かれてミラは言葉を詰まらせた。心配になったのか聖王は不安そうな顔になった。
「お母さんは、殺されました。」
「な……」
その言葉を聞いた聖王は言葉を失う。
「我が祈祷を見出だしたように魔術を探求し、その叡智で一国を築いたあの女王が殺されたのか?」
「実は…」
ミラは聖王に事の経緯を説明した。
「そうか……騎士たちの報告は嘘ではなかったか。しかしあの人徳を積んでそうな魔術師が……」
ミラから事情を聞いた聖王は、悲しみと怒りが混じったような複雑な表情になった。
「はい……それであたしはお母さんの仇討ちがしたいんです。でも闇の力を持ったヴァンが相手じゃ戦うのは難しい。だから聖王様の神の奇跡をお借りしたいんです!」
ミラは聖王に自分の目的を伝えた。聖王は少し考え始め、ゆっくり口を開いた。
「うむ。用件は分かった。ときにそなた、竜人だな?」
聖王はオーラムの方を見て言った。
「オーラムだ。後の事はミラが話した通りだ。」
「ふむ。よもや火を吐けぬ代わりに異端とも言える呪術を用いているとは…本来ならすぐにでも捕らえて異端尋問にかけているが、ロボが通してる上にミラの知り合いであるならまあ、敵意は無いのだろう。」
癪な言い方をされて火を宿す腕が震えるオーラムをそれを察してミラは前に出た。
「それで聖王様!あたし達に力を貸してくれるんですか?」
「うむ。話を聞く限りではこのままではヴァンとやらはいずれこの国をも侵略してくるかもしれぬ。だが我だけでは力を貸すのは難しい。」
「え?神の恩恵を受けてる聖王様でも?」
「我には人狼の騎士ロボの他に神への信仰心が強いもので結成させた天の騎士団がいるのだが、その初代騎士団長が闇の魔物と戦って勝利している。もしかすると今の四代目騎士団長も闇の存在へ対抗する力を継承しているかも知れぬ。」
「それじゃ、今からその人達に会えばいいんですね!」
「うむ今いればな…」
しかし聖王は何か思う事があるのか、表情が暗い。
「どうかしたんですか?」
「いや、実は最近になって王都の近辺で魔物達が活発化してきてな。見た者によればかなり危険な魔物だという事で天の騎士団に征伐しに向かわせたのだが、一週間前の報告を最後に音信不通になってしまってな。」
「それって………」
聖王の言葉にミラは不安を隠せなかった。
「我もあの騎士団が負けるとは到底思えないのだが……もしかしたら魔物達に闇の力が作用しているやもしれぬ。」
それを聞いてオーラムは何か考えが思い付いたのか、よしと言ってからミラに言った。
「それなら俺がその魔物がいる場所に案内してくれよ。」
するとミラと聖王は驚いた顔でオーラムを見た。
「行ってくれるのか?」
「その騎士団とやらなら闇の力に抗う方法を知ってるかも知れないんだろう?なら行ってみるしかないんじゃないか。」
「それはそうだが……」
「それに俺もヴァンに恨みがある。少しでも奴を殺せる可能性が上がるならやるぞ。」
オーラムの自信を感じ取ったのか、聖王は「そうか」と返した。
「では頼んだぞ。騎士団は西側にあるヴァルナ山地にいるはずだ。もし魔物達と戦っていたら助力し、共に戻ってきてくれ。」
「分かった。行こうぜミラ!」
「うん!」
そうしてミラとオーラムは城を出ていった。
「ロボ、お前も行け。」
聖王はロボに言った。
「聖王?」
「ミラがああ言っても竜人は竜人。ましてや呪術使だ。ミラに何かあってからでは遅い。」
「……御意。」
ロボは承諾するとオーラムとミラを追いかけていくのだった。




