第二章「黄金の竜人と深紅の魔女」
「………」
焼き払われた大沼で、一人の竜人が仲間の呪術師と家族の墓を作っていた。金の竜鱗を持ったその竜人オーラムは左手に両親から分け与えられた火を、腰には両親に贈るはずだったオリハルコンで鍛えた剣を帯びていた。家族を得体の知れぬ者に殺された彼の目にはただ仇敵の後ろ姿だけが刻まれていた。
「行くか。」
そうしてオーラムは大沼の外へと歩き初めた。呪術師は異端とされていることから彼も大沼の外へ出たことはなかった。だが今その掟を捨てて、仇討ちのために彼は大沼の外へ足を踏み入れた。
「おお…」
森林を通り抜けた先に見えた光景に彼は驚いた。草原が広がる無限の大地、木々の間からでは見えづらかった地を照らす太陽。木々茂る大沼の中では見れなかった世界にオーラムは驚かされていた。
「これが外の世界か……ん?」
オーラムは何かを見つけると、遠くを見つめた。よく見ると草原の先に大きな風車が目立つ大きな町が見えた。
「あの町に行けば、仇がいるかも知れないな……」
オーラムは町へ行くために草原へ続く麓を歩きだした。だが麓を下りて草原を進んでいる途中、オーラムは人の気配を感じて近くの木に隠れた。見えない角度で気配がする方を覗くと、開けた所で三人の騎士が休息していた。
「なあ聞いたか?大沼がある森林地帯で火災が起きたという話。」
頭領らしき騎士が口を開いた。
「聞きました。何でもそこでは呪術師達が住んでたとか。しかし魔術王は呪術師達を皆殺しにしてまでなぜあそこを焼き払ったんでしょう?」
「逆だ。自分が異端と断定した呪術師の存在が確認されたから、焼き払いに行ったのだ。」
「これでこっちの王様達が呪術師を擁護してたとかで問い詰められなきゃ良いけどな。」
部下の騎士二人は自分らの王の心配をしていたが、頭領は違っていた。
「心配することはない。その魔術王の側近と思わしき魔法使いを俺達で捕らえたじゃないか?」
頭領は後ろに置いてる大きな木箱を見て言った。
「これを城へ連行し、魔術王の機密情報を聞き出せば、場合によってはこちらが優勢になる。」
「でも魔術王は、この事を知ったら我々と王様を処刑するんじゃ……」
部下の騎士は不安な表情を見せた。しかし頭領はそれを鼻で笑った。
「安心しろ。俺達には王様以外にも天の騎士団に人狼騎士様がついている。不利になることなどあるものか。」
頭領の言葉に二人の騎士も納得したのか、安心したような顔をした。
(魔術王…そいつが俺の故郷を……それにあの木箱の中にその関係者が……)
木陰から様子を見ていたジハードは、仇の情報を得ることが出来るチャンスに気持ちが昂ぶった。そして彼は静かに移動した。
「む?」
部下の一人が何かに気づいた。
「どうしました?」
「今、そこの木の陰に誰かいたような……」
騎士の一人は木陰の方を見つめたが何もいない。部下の気のせいだと思った頭領は万が一も想定して立ち上がって声をかけた。
「おい!そこに誰か居るのであれば、隠れてないで出てこい!」
頭領の声にも反応がなかった。やはり気のせいかと頭領が思ったその時だった。
「うわぁ!」
突然背後から飛んできた火球に被弾した部下が悲鳴を上げて倒れた。
「な、何だ!?」
頭領は火球が来た方を振り向くと、そこには金色の鱗を持った竜人、オーラムが立っていた。
「りゅ、竜人!?人里に下りてきたというのか!?」
頭領は驚き、もう一人の部下は剣を抜いて構えた。しかしオーラムはそんな二人を無視して、二人の木箱に視線を移した。
「まさかお前も魔術師王の側近か?なら倒すまでだ!」
「おい待て!相手は人間じゃないのだぞ!」
頭領の制止も聞かずに部下は剣を振り上げてオーラムに向かって走り出した。
「ふん!」
だがオーラムは部下の攻撃を避けると剣を横向きにして部下を殴りつけた。
「ぐはぁ!」
「な!」
殴打された部下が地面に倒れ、焦った頭領は剣を引き抜いた。
「人間に危害を与えるとは、悪しき竜人め!ここで成敗してやる!」
頭領は剣を振りかざしてオーラムに突撃した。
「はぁっ!」
オーラムは剣で頭領の攻撃を防いだ。そしてもう片方の拳に火を纏わせ、そのまま頭領の腹部にストレートを食らわせた。
「ぐはぁ!?」
頭領は腹部に拳の直撃を受けて、そのまま地面に倒れこんだ。
「がっ……あ……」
頭領が完全に気を失ったのを確認すると、オーラムは大きな木箱に近づいた。
(中にいるのは魔法使いとか言っていたよな?)
オーラムは呪術の火を構えて慎重に木箱の蓋を少しだけ開けて中を覗いた。
「覗き見が趣味なの?」
「は?」
中を覗いた瞬間、木箱の中から女性の声がして、オーラムは驚いて蓋を閉じそうになった。
「ねえ、開けるなら早く開けてよ?この中、窮屈なのよね。」
中に居る人物はオーラムに早く箱を開けるよう急かした。結局はオーラムは臨戦体勢を崩さずに蓋を完全に開けた。すると中に居た人物が「うーん!」と背伸びをしながら出てきた。紫髪のその女性は紅いとんがり帽子と紅いドレスに銅の杖を持っているので、魔法使いというよりは魔女と呼んだ方がしっくりくる身なりだった。
「やっと出れたー!もう六時間ぐらいあの中に閉じ込められてたから息苦しくてしょうがなかったのよねえ。」
女性はそう言うと箱の中から出た。オーラムは魔女を警戒して距離を取った。
「てあれ?あんた竜人だったの?良い声してるからかっこいい王子様系の人間が助けてくれたと思ってたのに、なんか萎えちゃうなぁ。」
魔女の言葉にオーラムは眉を潜めた。
「俺はオーラム。竜人であり呪術師だ。それよりお前、魔術王の側近だろ?奴は何故俺の故郷である大沼を滅ぼし、俺の家族を殺したんだ?」
オーラムが問い詰めると魔女は「は?」といった顔をした。
「大沼を滅ぼした?何それ?」
どうやら魔女は大沼の件を知らない様子だった。
「まさか、お前何も知らないのか?」
オーラムは驚きながらも聞いたが魔女は首を横に振った
「そんなの知らないよ。あたしだって魔術王にお母さんを殺されたんだから。」
「なに?」
オーラムが聞き返すと魔女は気絶してる騎士達を見た。
「コイツら起きたら面倒だし、場所変えよっか。」
魔女はそう言うとオーラムに付いてくるように促した。オーラムも頷き、ここからだいぶ離れたラズベリーが沢山なっている浜へ来た。
「まずは名前ね。あたしはミラ。アンシャント王国に住んでた魔女だよ。」
「アンシャント王国?どこだそこは?」
「ま、西の遠いところにある大陸の国だから、知らないのも無理ないかな。すごく魔法が栄えてた国で、あたしのお母さんはそこの女王様だったんだ。」
「となるとお前はお姫様だったのか?」
オーラムは少し驚いた。見た目が魔女の格好なのでただの魔女かと思ったのがまさか王族の娘だったとは。ミラはオーラムの反応にクスクス笑いながらラズベリーを食べていた。
「お母さんは魔術主義者だったけど、優しい人でみんなお母さんの事もお母さんが治める国も大好きだったの。もちろんあたしも。」
「まともな国だな。しかし聞く限り過去形になっているが、何かあったのか?」
「うん、お母さんは殺されたの。お母さんが信じてた部下にね。」
ミラはラズベリーを食べる手を遅め、俯きながら話し始めた。
「お母さんの部下…ヴァン・パラケルスっていう大賢者なんだけど、お母さんと同じくらい魔術に詳しくて頭の良い人で、城に工房を与えられるくらいお母さんから信用されていたの。」
「聞くだけだとあまり悪人には思えないが。」
「あたしもそう思ってた。だけど一年前、お母さんが禁じていた闇の魔術を見つけた彼は闇の力に魅入られたの。その力で彼は闇の魔物を生み出して、取り巻きと一緒に反旗を翻したの。お母さんは魔法使い達と一緒に迎え撃ったけど、ヴァンはあたしを人質にしてお母さんに降伏を要求してきて、お母さんはあたしを守るために戦いを止めちゃったの。そしてヴァンはお母さんの首を……」
ミラは悲しい顔をして言った。
「それでお母さんを消した後、ヴァンはお母さんが築いた国政を全て自分都合に作り替えたの。そして彼は自分を崇める国家にして自分のことを魔術王って名乗るようになったの。」
(なるほど……つまりそのヴァンとかって奴が俺の殺すべき魔術王か…)
オーラムは仇の正体が分かって少し気持ちが晴れた。
「それで、お前はどうなったんだ?」
「そのままお母さんの後を追わされるのかと思ったよ。けどアイツはあたしにお母さん以上の魔力があるのを知るとそのまま殺すのは惜しいと思ったのか、あたしを監禁したの。」
「何の目的で?」
「あたしの魔力を定期的に吸収するためよ。闇の力を制御するには多くの魔力が必要になるから、ヴァンは必要に応じてあたしの魔力を吸収して、闇の力を制御しようとしていたんだと思う。」
「なるほど、しかしよくそんな状況で脱出できたな。」
「言ったでしょ?あたしには膨大な魔力があるって。ヴァンは私を魔力を麻痺させる部屋に閉じ込めたけど、あたしの実力ならすぐに出れたよ。その後は貨物船に忍び込んでここまで来たんだ。まあ、この国の騎士にヴァンの仲間だと勘違いされちゃって木箱に押し込まれちゃったんだけどね。」
ミラは杖を振りながら背伸びをする。オーラムはやれやれと言った様子でミラを見ていた。
「ねえ、ところであんたもヴァンを倒そうとしてるの?」
「ああ。最初に言ったように俺も家族を殺され故郷を焼かれたからな。」
「……」
オーラムがそう言うと、ミラはジッとオーラムを見つめた。
「な、何だ?」
オーラムはミラに見つめられて少し戸惑った。するとミラは「そうだ!」と言って突然オーラムの手を握った。突然握られてオーラムは困惑した様子だった。
「ねえ!あたし達で手を組まない?あたしはお母さんの仇を討ちたいし、あんたは自分の故郷を焼いた奴を殺したい。目的は一緒でしょ?」
ミラはオーラムに手を組む提案をした。オーラムは考えたがしばらくして答えを出した。
「良いだろう。お前の魔法が使い物になるならな。」
「やった!じゃあこれからよろしくね、オーラム!」
ミラは嬉しそうに言った。オーラムは馴れ馴れしいミラを鬱陶しそうにしていた。こうして出会った竜人と魔女の復讐の物語が始まるのだった。




