第一章「竜人の呪術師、オーラム」
ヌアザ大陸にある異端の大沼。その沼地の中には呪術師が住まう場所があった。異端扱いされ迫害される呪術師は、この大沼のような地でひっそりと生活していた。現に今、一人の呪術師が沼地に生息する魔物に火球を飛ばしていた。
「よっしゃ!」
魔物に火球が全部命中して嬉しそうにする呪術師の名はオーラム。目は黄色く、金色の鱗の肉体と尻尾に黒い爪と角に鋭利な牙を持つ彼は、火が吐けず赤子の時に捨てられた竜人だった。
「火の扱いがすっかり上手くなったな、オーラム。」
オーラムに声を掛けたのは、赤子だった彼を拾い、育ててくれた呪術師の夫婦。その父の方だった。父は敵対的な者と出くわしても戦えるようにと、オーラムが幼い頃から彼に実戦的な呪術を教えてくれていた。
「親父!」
オーラムが父の元へ行く。息子に慕われて父も嬉しそうだった。
「オーラム。火を見ただけで怖がっていたお前が、今では火球を連続して放てるとはな。巧みに呪術を扱えてる証拠だ。」
「へへ!」
父に褒められて、オーラムも嬉しそうだった。
「この調子なら大沼の外にいる魔物達も倒せそうだな!」
オーラムは外の世界に憧れがあった。大沼で拾われ大沼で育った彼はいつも外の世界に憧れを抱いていた。しかし父はあまり良い反応はしなかった。
「息子よ。それは何度も話しただろう。外の世界を生きる者達は我々呪術を良く思っていない。寧ろ迫害の対象としている。ましてや人間が恐れる竜人ともなれば……」
「それは分かってるよ。ただ夢見るだけで留めておくさ。」
オーラムは笑いながら返した。
「そういえば母さんがお前を探していたぞ。」
「え?なんだろう?」
父に言われ、オーラムは母の元へ行った。母は大沼の森林地帯にいた。
「お袋!」
「オーラム。来てくれたのね。」
「それで、どうしたんだ?」
オーラムが聞くと母は折れた大木を見ていた。
「先日の強風で大木が倒れて、道を塞いでるのよ。これでは仲間の呪術師に会いに行く時に通れないのよ。だから…」
「よし!俺がどかしてやる!」
オーラムはそう言って大木をいとも簡単に持ち上げた。そして沼地の方にぽいっと投げた。
母は驚いていたが、すぐに笑顔になった。
「ありがとう。こういう問題は流石の呪術でも解決できないから、あなたがいてくれてよかったわ。何よりあなたが善き事に力を使ってくれて何よりよ。」
母に褒められたオーラムは少し照れていた。
「チュー、チュインチュイーン……」
「あら?」
どこからか動物の鳴き声が聞こえた。オーラムがキョロキョロしていると、母が大木が倒れていた地面に近づいた。するとそこには雌鹿と子鹿の親子が倒れていた。雌鹿が子鹿に覆い被っていたが、その声は弱々しかった。
「大木が倒れてきたときに子を守ったのね。後ろ足が折れているわ。」
母はそう言うと手から小さな火を出した。その火は空中に浮かび、暖かい光を周囲に放つ。すると、雌鹿の怪我していた足がみるみると治っていった。
「これで歩けるわよ。」
雌鹿は立ち上がり、子鹿を連れて森へと帰っていった。オーラムと母もそれを見届けた。
「相変わらずお袋の呪術は親父と違う形で凄いな。」
「オーラム。なにもすべての術が戦うためにあるわけでは無いのよ。」
父が攻撃的な呪術を操るのに対して、母が操る呪術は治療や免疫力、更に体を丈夫にするといった補助的な呪術だった。幼き頃のオーラムは無茶をして怪我する度に何度も母の優しき呪術に助けられていた。
「でもこれで明日は三人で呪術師の夜会に行けるわね。」
「え?夜会?今年は俺も行けるのか?」
夜会という言葉を聞いてオーラムは目を輝かせた。呪術師の夜会とは、呪術師達が集まって、呪術で様々な趣向を凝らした催し物をする集まりだった。しかし火を多量に扱うというのもあり、子供の呪術師は参加できず、オーラムも今日まで人間だと未成年に分類される年月だったので参加することができなかった。
「ええ。オーラムも明日で成人の歳になるからね。」
母は笑顔で言った。
「やったぁ!夜会だ!」
オーラムは嬉しそうにしていた。
「それに…」
母は胸に手を当てた。
「明日はお父さんと契りを交わした記念日でもあるからね。」
「え?」
オーラムは母のその一言に驚いた。
「今年からは息子のあなたも混ざって仲間達に祝ってもらえると思うと、嬉しいのよ。」
母は笑顔で言ったが、オーラムは複雑な表情をしていた。そしてその日はそれで家へと戻ったのだった。
その日の夜、オーラムはベッドの中で眠れず、考え事にふけていた。
(そうか。お袋と親父の記念日って明日なのか。)
オーラムは人ならざる自分を拾って実子のように愛してくれた二人に感謝していた。しかも明日は呪術師の夜会と重なり、これ程縁日と呼べる日はないだろう。それゆえにオーラムは自分をここまで愛を持って育ててくれた義両親に感謝を形にして贈りたいと考えていた。
(そうだ...オリハルコンだ!)
オーラムは数日前に二人がより強い火を生み出す研究をしている時に、「オリハルコンがあればな…」と呟いていたのを覚えていた。
(確かオリハルコンはアヴァロウ窟にあると聞いた。あの洞窟は森の西側から出てすぐにある。今から採りに行けば夜明け前に帰ってこられる。)
こうしてオーラムはオリハルコンを採りに行こうと決意した。
(親父とお袋には日が昇る前に帰ればバレないだろう……)
そう考えてオーラムはすぐにベッドから出た。両親を起こさないように静かに家から出て、大沼の森林地帯へと入っていった。オーラムは夜でも目が効くため、明かり無しでも森の中を歩くことができた。そしてアヴァロウ窟にたどり着き、中へ入って行った。
「あった……」
アヴァロウ窟の最奥部にオーラムの目的であるオリハルコンが岩に埋まっていた。オーラムはそれを取ろうとしたその時だった。
「おい、そこで何をしている?」
突然後ろから声がした。振り向くとそこには一人の騎士が立っていた。それもよく見ると狼の頭をした人狼だった。「お、お前こそ誰だ!俺はオリハルコンを採りに来ただけだ!」
オーラムは驚いて後ずさった。
「竜人か。人里に現れないはずの者がいるとはな…」
人狼騎士は絢爛な大剣を引き抜くとオーラムに向けてきた。
「悪いが人々に危害を加えられる前に、貴様を討つ。」
「は?」
「とぅあ!」
人狼騎士が大剣を振りかざし、オーラムに襲いかかってきた。オーラムは間一髪で攻撃を避けた。当たった岩すら断つ一振は、受けていたらひとたまりも無かっただろう。
「いきなり何すんだ!俺はオリハルコンを採りに来ただけだっての!」
「オリハルコンの不気味で帝国を攻める気か。」
人狼騎士は聞く耳を持たず、大剣を振り回しながらオーラムに接近してきた。
「クソッ!」
オーラムは火の呪術で応戦したが、相手も手馴れのようで苦戦するばかりであった。そして疲れが出た隙をつかれ、みぞおちに一発食らって膝をついてしまった。
「動くな。その位置なら頸動脈を一瞬で狙える。」
人狼騎士は剣を縦に構えると、オーラムの首めがけて飛び切りをしてきた。
「くそ!殺られてたまるか!」
生存本能が勝って動けたオーラムは人狼騎士の大剣が目の前へ来たと同時に彼の顔めがけて呪術の火を発火させた。
「ぐっ……」
突然起きた火に人狼騎士は怯み、大剣を横に振って火を消した。そしてオーラムとの距離を取った。
「貴様……まだ抵抗するか。」
「当たり前だ!俺は明日親父とお袋の結婚記念日を祝うためのオリハルコンを採りに来ただけだ!」
オーラムは体勢を立て直すと人狼騎士を睨み付けた。人狼騎士も睨み返し、そのまま視殺戦がしばらく続いた。
「どうやら違うようだな……」
人狼騎士が口を開いた。
「魔術王の眷属でないなら、貴様に用は無い。」
そう言って人狼騎士は大剣をしまってオーラムに背中を向けて去っていこうとした。
「見逃してくれるのか?」
オーラムはその人狼騎士の行動に驚いた。しかし人狼騎士はオーラムの言葉を聞かず、どこかへ行ってしまった。オーラムは人狼騎士が去るのを見ると、その場に座り込んだ。
「はぁ……死ぬかと思ったぁ……」
オーラムは緊張から解放されて、安堵した。しかし落ち着いていられる時間はそんなに無かった。急いでオリハルコンを採らねば夜が明けるからだ。オーラムはすぐに行動した。
「よし!」
目的の物を手にしたオーラムは外へ出た。そして信じがたい光景を目にした。
「あれは……火災か?」
人狼騎士との戦いに集中してたオーラムは気づいていなかったが、森の方では火事が起きていた。そして火事が起きている位置を把握したオーラムは目を疑った。
「あっちは、大沼方面じゃないのか?」
火事が起きている位置は大沼がある場所だったのだ。そしてオーラムは嫌な予感がした。
「まさか、親父とお袋が……」
オーラムが急いで大沼地帯へはしりだした。そこには燃え盛る、禍々しい黒き炎に包まれる呪術師の里があった。自分の故郷が燃え上がる様にオーラムは立ち尽くすしかなかった。
「親父!お袋!」
我に返ったオーラムは走った。しかし黒き炎は更に勢いを増し、オーラムの行く手を阻む。それでもオーラムは諦めなかった。
そしてやっとの思いで焼け落ちていく家にたどり着くと、そこには焼かれて変わり果てた両親の姿があった。オーラムは膝から崩れ落ち、絶望した。
オーラムは必死に二人の体を揺さぶった。しかし、両親は二人とも目を開ける気配はなく、脈も感じれなかった。
「あ……うわあああああああ!」
オーラムは大粒の涙を流しながら泣き叫んだ。
涙が枯れるまで泣いても、両親は返事をしなかった。
「どうして……どうしてこんなことに……」
オーラムが悲しみに暮れている時だった。彼が持って帰ってきたオリハルコンが蒼色に光り始めた。
「何だ?」
オリハルコンから放たれる光は空へ流れていく。そして光が行く先には、一人の人物が飛び去っていた。遠いので姿を見据えることは出来なかったが、オーラムはその人物が手に黒炎の剣を握っているのが見えた。
「アイツが…親父とお袋を!」
怒りと絶望でオーラムの心は埋め尽くされた。そして一つの感情が彼の心に刻まれた。
___父よ。母よ。必ず復讐を果たす。この身に刻みし焔と共に。




