最終章「竜人と魔女の物語」
オーラム達がアンシャント王城に攻め込んでいる間、天の騎士団長ウィンドは王城付近、聖王は船の上から祈祷術で王国の兵や騎士達と戦っていた。しかし相手が闇の魔術で最大まで強化されては、さすがの天の騎士や聖王の加護を得た帝国騎士達も劣勢を強いられた。この戦況を見てウィンドも自ら鉄砲玉になる覚悟を決めていた矢先、突然敵兵達がもがき苦しみ始めたと思うと黒い煙を上げ始めてそのまま消滅していった。
「まさか…」
突然の状況にウィンドが驚いていると、城の中から見覚えのある人影が見えてきた。それは間違いなく、あの黄金の竜人だった。
「オーラム!」
ウィンドは急いでオーラムに駆け寄った。オーラムは息絶え絶えで、火傷と裂傷を負って歩いていた。ウィンドはその姿とオーラムの様子を見て固まった。オーラムはロボの遺体を抱え、片方の腕にはミラの杖と衣類があった。ウィンドはそれに気づいて、彼に何があったのかを悟った。
「ウィンド……俺は……俺は…!」
「いい。今は何も言うな。」
ウィンドはオーラムの言葉を遮ると、部下にロボの遺体を預け、自身はオーラムに肩を貸して、待機していた神艦へ向かった。そして彼らを乗せた神艦は帝国へと進み始めるのだった。
船上でオーラムに声をかける者は誰もいなかった。竜人と呪術への偏見を持っている者もいれば、ウィンドと同じく事を悟って話しかけられない者もいた。
オーラムは船の隅からボーッと海を眺めていた。彼の顔は虚無そのものだった。
(俺の戦いは……一体何だったんだ?)
オーラムの頭の中には、自分が戦ってきた意味についての疑問が渦巻いていた。
(ヴァンを倒し、両親達の復讐を果たした。でも何なんだこの心の喪失感は?俺は両親だけでなく、境遇の似た者も……大切な人も失った。一体何の為に俺は何の為に戦った……誰に捧げる復讐だったんだ……)
オーラムの心は、空虚感と悲しみに満ちていた。復讐を果たしても彼の心は満たされなかった。その理由は彼自身が一番分かっていた。
(守りたい人が居ないこの世界で、俺はこれからどう生きればいいんだ……)
オーラムは自分がどこへ向かうべきか、何をすべきかわからなく泣いていた。彼は自分が戦ってきた意味が、実は何もないのではないかと疑い始めていた。
そうこうしているうちに神艦は帝国の目の前へ来ていた。
◇
聖王達が帰還し、帝国の民は王が勝利と共に戻ってきたと喜びを隠せなかった。だがそれと同時に討死した騎士達、中でも騎士達の英雄だった人狼ロボの死を知って嘆き悲しむ民もいて、ロボを中心とした死んだ騎士達の弔いに多くの人々が参列した。その後は聖王が主催とする勝利の宴が行われた。死んだ者たちの分まで聖王も配下も兵も騎士達も大いに飲んで、歌った。だがその中にオーラムの姿はなかった。彼は故郷大沼を出てすぐにある大陸の麓にいた。
「これでよし。」
オーラムは木で作った墓を地面にしっかり固定していた。そして今亡き人の服を墓に立て掛け、風で飛ばされないように工夫をした。
「ここからなら帝国の王都も見ることも、王国があった海を眺めることも出来るぞ。」
オーラムは完成した墓に語りかけた。戦いが終わった後王国に居る者は殆どがヴァンに忠誠を誓った者達で、それらは帝国騎士達で倒したためまともな生存者の国民は少数しかおらず、その生存者も大陸の各地へ移住し、王国は事実上滅びたのであった。
「あんまり綺麗な墓石じゃなくて悪いな。」
オーラムは申し訳なさそうに笑った。
「でもここなら騒がしくないし、天気に左右もされない。それに街道もあるから人も行き来して寂しくなることはないと思うんだ。」
そう言ってオーラムはラズベリーを墓に供えた。
「始めて会った時もお前はこれをうまそうに食べてただろ?だからここを離れる前に海辺で採ってきた。」
ラズベリーを供える彼の顔はどこか寂しそうだった。
「ここに居たのだな。」
その時、後ろから男の声が話しかけてきた。オーラムが振り替えると、ウィンドが立っていた。ウィンドだと気づくとオーラムはまた墓の方に向いた。
「どうしてこっちに?宴でもやってるのかと思ったぜ。」
「祝宴は開いているが主役のお前が居なかったから探してたんだ。」
「誰も俺を歓迎しないだろう。俺のせいでミラが死んだんだからな。」
墓を見つめたままオーラムは答える。ウィンドは首を横に振った。
「元々アンシャント王国への対処は前から帝国で考えていた。此度の戦は起きるべくして起きた。ミラ姫もロボも戦いの中の犠牲者であり、お前が悪いわけじゃない。」
ウィンドはオーラムに慰めの言葉をかけるが、オーラムは元気になる様子はなく、悲しみに満ちた表情で立ち上がった。
「聞くのも野暮かもしれないが、これからどうするつもりだ?」
「……さあな。だがこの国からは去る事だけは確かだ。故郷も家族も、俺が想う人は誰もいない。」
そう言ってオーラムは背を向けて歩き始めた。
「それならこの杖も持って行ったらどうだ?」
だがその足をウィンドが呼び止めた。オーラムは一瞬動揺したが、すぐに冷静になった。
「それはここに置いていく。ミラの大事な物だからな。」
「大事な人の大事な物だからこそお前が持っていくべきだろう。」
オーラムは一度断るも、ウィンドはミラの杖を拾ってオーラムに差し出した。
「人の魂は地に眠るが、心は側にあり続ける。そして心は、一番大事にしていた物に宿る。だからこの杖はお前が持っているべきだ。」
「……」
ウィンドのその言葉を聞いたオーラムは杖をしばらく見つめた。そして頭の中でミラの言葉がよぎった。
___あたしを思い出すときは、笑顔を見せて。
「……分かった。」
オーラムは目を開いてミラの遺品の杖を手に取った。それが彼女の存在を思い出させるものであり、自分が生きる力になると思った。そしてオーラムは最後にミラの墓に祈りを捧げ、背を向けた。
ウィンドはオーラムのその姿を見て静かに彼に語りかけた。
「生きている限り伝えよう。呪術師にして竜人として生きる者、オーラムはここに居たと。」
オーラムは返事もせず、ただ足を進めた。ウィンドも言い終えると聖王が待つ城へと帰って行った。
一人になったオーラムは草原の真ん中で立ち止まり、青空を見上げた。彼の瞳にはミラの姿が浮かんでいた。ミラの笑顔、ミラの言葉、そしてミラの想い。全てが彼の心の中に残っていた。
「よし。行くか、ミラ。」
そう言ってオーラムは再び歩き出し、終わりなき旅へと踏み出した。ミラの想いと共に、彼の未来がどこへ続いていくのか。それは誰にもわからない。だが彼の心の中にはミラが生き続ける。そして彼自身もミラの想いと共に生き続けるだろう。
それがオーラムの生きる希望であり、ミラと共に紡ぐ、二人の物語でもあるのだから。




