第七章「最後の戦い、魔術王ヴァン・パラケルス」
外の夜空を照らす月の光が、ステンドグラス越しに玉座の奥に続く廊下を照らす。そしてその廊下をオーラムが進んでいた。奥へと進むにつれ、闇の魔力が強くなっていった。そして最奥に辿り着いた時、そこには巨大な祭壇があり、同等の大きさの魔法陣が浮かび上がって、ヴァンがその中心に立っていた。その魔法陣には闇の魔力が渦巻いており、彼の体からも禍々しい魔力が溢れていた。
「やはり来ましたか。オーラム。」
ヴァンは微笑みながらオーラムの方を向いた。だがオーラムにとってその笑みは憎しみの対象以外の何ものでもなかった。
「望遠魔術で見届けさせてもらいました。実に素晴らしく、そして美しい結末でしたよ。」
「黙れ。」
「ああ、そういえばミラ姫を殺してしまったんですね。ああ可哀想に。姫はこれからも王国とあなたの姫でいたかっただろうに……」
「黙れっつってんだよ!クソがぁぁぁぁ!!」
オーラムは剣を構えてヴァンに突撃した。剣は魔法陣から現れる闇の魔力を切り裂きながら一直線にヴァンの体に向かっていった。だがヴァンはその刃を指で挟み、受け止めた。
「何っ!」
オーラムは驚いた。彼がどれだけ力を入れても、剣は全く動かなかった。
「無駄ですよ、オーラム。あなたの攻撃は、私には届かない。」
「くっ……!」
オーラムは歯を食いしばりながらヴァンを睨んだ。ヴァンは余裕の表情でオーラムを見ていた。その目はオーラムを嘲笑うかのように細められていた。
「あなたの怒り、恨み、そして悲しみは全て私に向けられている。それが分かると嬉しいものですね?」
「ふざけんじゃねぇ!お前のせいでミラは!!」
オーラムは力ずくで剣を引き抜いて距離を取ると一直線に炎の衝撃波を放った。ヴァンは剣を前に出して結界を作り、それを防いだ。
「どうしました?呪術とはこの程度の魔法なのですか?」
「チッ……!」
オーラムは舌打ちをして剣に炎を纏った。そして今度はヴァンの目の前で跳び、真上から脳天めがけて剣を振り下ろした。だがヴァンは落ちてくると同時に赤い闇の結晶弾を撃ってきてオーラムは撃ち落とされてしまった。しかし剣はヴァンの肩を浅く斬っていた。
「ほう……やはり呪術の力は侮れませんね。」
「まだまだぁ…!」
ヴァンは肩を触り、血が付いた手を見て笑った。オーラムは再び炎を纏った剣で斬りかかった。だがヴァンは剣の軌道を見切って避けるとオーラムの顔に闇の斬擊を放った。
「当たるかっ!」
オーラムは間一髪で斬擊を避け、呪術の火を宿した拳をヴァンのみぞおちに叩き込んだ。
「ぐぁぁ!」
ヴァンは後方へ吹き飛び、オーラムは剣の柄を彼に向けて呪術の火の衝撃波を放った。ヴァンは柱の陰に隠れて攻撃を防ぎ、すぐに反撃に出た。しかし、その反撃の隙にオーラムは火の力を溜めていた。そして溜め終わった力で爆炎を放って反撃に競り勝った。そして爆炎の勢いのまま弧を描くように飛び上がり、炎を纏った剣を振り下ろして、ヴァンを叩き伏せた。
「くっ……」
地面から起き上がったヴァンの顔は焼けており、オーラムに斬り刻まれた体は大量に出血していた。
「これで終わりだ。」
屈するヴァンに近づいたオーラムは剣を振り上げた。
「ふふ…」
だがヴァンは笑みを浮かべていた。そしてその笑みはすぐに邪悪な笑みに変わった。
「ふふ……ふはははは!」
「何がおかしい」
「終わり?あなたは何を言っているのですか?私の計画は、既に最終段階に入ったというのに……」
「何だと……?」
その瞬間城全体が激しく揺れ始め、オーラムは体勢を崩しそうになった。その震源は今二人が居る大祭壇の巨大な魔法陣で、先程よりも闇の魔力が増大し始めていた。大祭壇と魔法陣からは赤黒い結晶の魔力が次々と溢れだし、その結晶の魔力はヴァンの体に纏わりつき、彼の肉体を変質させていった。
「よく目に焼き付けなさい!魔術王にふさわしき、私の真なる姿をぉぉぉ!」
ヴァンは叫び声を上げると、纏わりついた結晶を解き放ち、姿を見せた。その姿は瞬く間に巨大な化け物へと変貌していった。漆黒の肉体に禍々しい角、赤黒い闇結晶の塊のような姿で全身に鋭い棘のようなものが突き出ていた。その姿は、もはや人間とはかけ離れ魔神と呼ぶに相応しく、圧倒的な魔力が感じられた。
「何て醜い姿になりやがった……」
その禍々しい姿にオーラムは後ずさった。
「我が名はヴァール!ヴァールの力にひれ伏すがいい!!」
「……それが貴様の正体か!ヴァン!」
だが恐怖に飲み込まれてはいけないと自分に言い聞かせ、剣を構えてヴァールに向かって走り出した。
「ふんっ!」
だがヴァールは向かって来るオーラムを鋭い蹴りから放たれる黒炎結晶の衝撃波で迎え撃った。その黒炎はオーラムの呪術の火を遥かに凌ぐ高温の炎かつミラを上回る魔力で、オーラムはその炎を避けようとしたが間に合わず被弾した。
「うわぁぁ!」
オーラムは壁に叩きつけられた。体から煙が上がり、闇の魔力により悪化する火傷が全身に広がっていた。
「ぐっ……」
「竜人よ。このヴァールと戦えた事を誇りとし、滅びるがよい!」
ヴァールは黒炎の結晶で覆われた剣を振り上げてオーラムを殴りつけた。オーラムも剣でそれを受け止めたが、ヴァールの怪力で吹き飛ばされた。
「くそっ……!」
オーラムはすぐに立ち上がり、火を幾つも放った。その火は渦巻いて炎の槍となってヴァールに向かっていった。しかしヴァールは炎の槍を受けてもものともせずに進んで来た。
「無駄だ竜人よ!」
ヴァールは炎の槍を掴んで握り潰し、黒炎の結晶の魔力弾を叩きつけてきた。オーラムはその攻撃を剣で受け止めようとしたが、ヴァールの魔力に耐えきれず剣は砕かれ、黒炎の魔力はオーラムの体を包んだ。
「ぐっまだまだぁぁぁ!」
オーラムは叫びながら闇の魔力の痛みに耐えた。だが彼は巨大な炎を横なぎに放って闇の魔力を振り払った。その爆風はヴァールにも当たり、一瞬怯ませることに成功した。だがそれは本当に一瞬だった。
「無駄だと言ったはずだ!」
ヴァールは黒炎の結晶の爆炎を放った。オーラムはそれを避けようと試みたが避けることも防ぐことも出来ず、その攻撃をまともに受けてしまった。
「があっ!!」
「さあ、最後の抵抗を見せてみろ!」
ヴァールは剣に闇の魔力を纏わせて振りかざし、オーラムに襲い掛かってきた。
「くっ……!」
オーラムは砕けた剣に炎の刃を作ってヴァールの剣を迎え撃ったが、ヴァールの力に火はかき消され、邪悪な重い一撃を受けた。その威力は凄まじく、オーラムは祭壇の外まで吹き飛ばされてしまった。
「うわぁぁぁぁ!」
オーラムは地面に叩きつけられ、全身に痛みが走った。鱗が剥がれた皮膚が抉れて血が噴き出し、呪術の火も消えかかっていた。
「うぅっ……」
オーラムは苦悶の表情を浮かべながらも立ち上がろうとした。しかし体が動かなかった。そしてヴァールがゆっくりと近づいてきた。
「ここまでだな。」
「ちくしょう……」
オーラムは苦痛に顔を歪ませた。そしてヴァールはオーラムの首を掴んで持ち上げ、剣の黒炎の結晶を強化し始めた。その刃は次第に大きくなり、オーラムは恐怖と絶望に染まった。
(もう、ここまでなのか…)
オーラムは目を閉じて運命を受け入れた。
____オーラム、信じていいんだよね。あなたの事。
しかしその瞬間、彼は頭の中に誰かの声が響いた。それはミラの声だった。
____あたしの魔力が、あなたと共に戦ってくれる。
(ミラ…!)
その言葉はまるでミラがオーラムの側で語りかけているかのようだった。そして同時にオーラムの体が熱くなっていた。それはまるで、彼の体に感じたことのない力が漲るようだった。
「死ぬがいいオーラム!あの世でミラ姫が待っているぞ!」
ヴァールは刃を振り下ろしてた。
「なっ……」
「まだだ……」
ヴァールは動揺した。満身創痍のはずのオーラムが自分の刃を受け止めたのだ。その瞳は、燃え尽きぬ炎のごとき光が宿っていた。
「俺は、死ぬわけにはいかない!!」
「なに?」
オーラムは力を振り絞ってヴァールの手を振り払った。その勢いでヴァールの腹部に炎の一撃を打ち込んだ。
「ぬおぉ!?」
ヴァールは驚きと痛みでよろめき、その隙を突いてオーラムは更に巨大な火の玉を叩き込んだ。その炎は結晶を帯びて、ヴァールに突き刺さるように燃えた。
「まだ終わってないぞ!ヴァン!」
オーラムは折れた剣に呪術の火をなぞるように当てた。するとなぞったところが青く燃えて、熱と雷を帯びた結晶の刃となった。
「バカな…結晶の魔力を、用いるだと?」
「俺の中のミラの魔力が共に戦ってくれている……!全てはお前を討つ為にな!!」
オーラムは立ち上がり、ヴァールに向けて剣を構えた。オーラムの瞳には怒りと決意、そして悲しみが感じられた。
「ならば……その魔力ごと焼き尽くしてくれる!」
ヴァールは再び黒炎の結晶を纏った剣を振りかざし、オーラムに突撃してきた。オーラムは剣に呪術の火を纏わせ、闇の魔力を振り払いながらヴァールに立ち向かった。
「俺の家族を……そして俺の大事な人の命を奪った罪を……その身に焼き付けろぉ!!」
オーラムは剣を振り下ろし、ヴァールの剣とぶつかり合った。二つの魔力が衝突し、激しい火花が散った。
「うおおおおぉぉぉ!!」
オーラムは呪術の火と雷の魔力を最大限に解放し、青く燃える刃でヴァールの剣を切り裂いた。そしてそのままヴァールの胸に突き刺し、結晶の雷刃と炎の拳を一気に叩き込んだ。
「がっ……!!」
ヴァールは目を見開き、体に結晶が埋まりながらオーラムの剣に斬り刻まれた
「ぬおおおお!!」
ヴァールは叫び声を上げ、その声は空気を震わせた。彼はオーラムの剣に縫い止められ、空高く舞い上がった。
「俺達の力は……お前を超える!」
オーラムは飛び上がり、剣を振り下ろし、ヴァールを地面に叩きつけた。その衝撃は祭壇の床を割り、ヴァールを地に沈めた。
「ぬうおおお…!」
ヴァールは苦悶の表情を浮かべ、体から闇の魔力が溢れていた。彼の体は既に限界を超えていた。
「死んでたまるかぁぁ!!」
ヴァールは残りの闇の魔力を全て解放し、巨大な闇の結晶の魔力の光線をオーラムに向けて放った。その光線は祭壇や城の壁を破壊しながらオーラムに迫ってきた。だがオーラムは歯を食いしばり、剣を地面に突き刺してヴァールを睨んでいた。
「俺は生きる。そして、お前を殺す!!」
オーラムは力を振り絞り、全身の魔力と炎を集中させた。
「うあああああっ!!」
その瞬間、オーラムの雄叫びと共に彼の口から大地を引き裂く渦巻く火炎が放たれた。雷を帯びた火炎は彼が一生叶わぬと思っていた業だった。そしてそれはミラの魔力がもたらしてくれた雷炎の必殺であった。
「ぬぁ!?」
ヴァールは驚愕している、その渦巻く雷炎が光線を押し返し始めた。そしてヴァールは魔力を使い果たしたのか、その場に倒れ込んだ。オーラムの渦巻く雷炎はさらに強さを増し、光線を完全に消し去り、ヴァールの体を包み込んだ。その炎はヴァールを焼きながら雷を放ち、雷は結晶となってヴァールの体に食い込んで爆発していった。
「貴様……貴様ごときに…」
爆発の中でヴァールの声が聞こえてきた。
「がは…バカな…我が……我が死ぬなど……!」
炎で焼かれ、雷に打たれ、結晶となって砕けていく自身を見つめながらヴァールは死を受け入れずにいた。
「あるはずがあああああぁぁ!!」
その捨て台詞と共に彼は渦巻く雷炎に飲み込まれ、最後の爆炎雷が彼の存在を消し去った。ブレスを吐き切ったオーラムは立ち尽くし、黒煙と炎の渦巻く残骸を見つめた。突然放てた技で彼は疲れ果てていたが、勝利の喜びを感じていた。
「親父…お袋…ミラ…俺、やったよ。」
オーラムは復讐を果たした。殺された両親達の仇をとったのだ。だが彼の表情は勝利の喜びとは程遠い、悲しみに満ちた表情だった。それはまるで、彼の心に大きな穴が空いたようだった。




