第六章「避けたかった悲劇」
「ロボ……」
扉の先へ進むオーラムは、ロボの事を思い出しながら歩き続けていた。ミラも心苦しい顔で歩いている。だがふとオーラムが、ミラの様子に違和感を感じた。
「ミラ、大丈夫か?さっきからずっと胸を押さえているが…」
「うん。なんか少し疲れて……でも平気だよ」
不安げに見てくるオーラムに、ミラは脈が速まる胸を押さえながらも笑って答えた。
だがその直後、彼女は膝をつき倒れかけた。
「ミラ!」
「うう…」
「少し休もう。お前も疲れているんだ。」
「うん……」
オーラムは床にミラを座らせた。ミラは浅い呼吸をしながら胸に手を当てた。
「ねえオーラム。ここまで来てこんな事言うのもあれなんだけどさ…」
「何だ?」
オーラムが聞き返すと、ミラは帽子を深くかぶってそっぽ向いた。
「ごめん…やっぱりいいや。」
「そうか。」
「やっぱり聞いて!」
「どっちなんだよ?」
オーラムが困った顔で聞くとミラは彼の方へ向き直った。その顔はなんとなく赤らめていた。
「オーラム。もしヴァンを倒してあたしが新しい女王になったら、あたしと結婚してくれる?」
「……は?」
オーラムは目を見開いて固まった。まさか求婚されるとは思ってなかった。その動揺で頭の中はぐるぐると回りだしていた。
「な、何言ってんだよ?!まだヴァンを倒してもないんだぜ?それに竜人が魔女の王族と結婚なんて認められるかよ!」
「普通に見ればそうかもしれない。でもねオーラム。」
ミラは恥ずかしそうにしながらも、微笑みを見せて話し始めた。
「正直な話、あたし怖かったの。お母さんを殺したヴァンと戦うことも、この先待ち受けるかもしれない運命も。でもあの時、オーラムと出会ったから、オーラムが隣にいてくれたから勇気が湧いてきて、辛くても挫けずに頑張れたんだよ。だから結婚するなら、オーラムみたいな人がいいなって。」
オーラムは顔を真っ赤にして俯いていた。
「そ、そうなのか?でもだからって、急すぎるだろ?」
「じゃあ、あたしの事嫌い?」
「いや、嫌いじゃないけど……」
ミラの視線にオーラムは目を反らした。そしてそのまま下を向いた。
「……考えておく」
オーラムは照れくさそうに呟いた。
「ほんとに?嬉しいな!」
「あー!でももし駄目でも恨むなよ?」
「分かってるよー!」
ミラはさっきまでの辛い状態が嘘のように元気に立ち上がった。
「さあて。さっさとヴァンを倒して王国救って、あたしとオーラムの結婚式の準備をしなくちゃね!」
「だから勝手に決めるなっての!」
ミラとオーラムは互いに笑い合いながら歩きだした。そして歩いていくうちに巨大なステンドグラスが幾つも張られた回廊へと辿り着いた。回廊の壁に張られたステンドグラスの絵の中には女王シャルリーナを象ったものもあったのか、ミラはそれらを物悲しい表情で見上げていた。そして回廊の先に見えた玉座の間で、一人の男が玉座から二人を見下ろしていた。
「よくぞここまで来ましたねミラ姫。そして異端の竜人、オーラム……」
「ヴァン…!」
ミラの顔が怒りに満ちたものへと変わる。白いローブに身を包み、金髪をなびかせ佇む一人の男。彼こそが女王シャルリーナを裏切り、彼女を殺して自らを魔術王と名乗り、王国を支配した大賢者であった。彼の手には黒い炎を纏った剣があり、故郷を焼かれたあの日を思い出したオーラムもまた怒りで呪術の火を震えさせていた。
「ミラ姫。あなたは私に会いに来たのでしょう?そして私を殺すためにここまで来た……そういう事ですね?」
「そうだよ!あんたは王国の民に悪の魔術を植え付けて、苦しめて、逆らう人は殺した!そしてお母さんまでも!あたしはあんたを許さないから!」
ミラは涙目で訴えた。しかしヴァンは冷たい笑みを見せたまま話し続けた。
「許さないとは心外ですね。私は魔術による真なる支配と救済をするためにレンディエルと共に闇の魔術の禁じを解いたのです。しかしあの方は……あなたの母親はそれを理解してくれませんでした。こともあろうにあの方は私やレンディエルを幽閉し、祈祷術の聖職者と異端の魔法を使う呪術師達と共に同盟を結び、闇の力から世界を見守っていくという計画を考えていたのです。」
そう話すヴァンの手は震え、憎しみに満ちた目は大きく見開いていた。
「その時に私は悟りました。女王は闇から背を向けて逃げようとしているのだと。己にもある闇すらも征する事が出来ない者が、世界を正しく導くことなど出来ないと。故に私は、あの方を討ち取り、私こそが魔術の力で世界を正しく導かなければならないと思ったのです!」
「ふざけるな!」
そう叫んだのはオーラムだった。
「それならなぜ呪術師達を殺した!何故俺の両親を殺したんだ!?」
「言ったでしょう?女王は呪術師、祈祷の聖職者達と同盟を結び、私の計画を封じようとしたと。手を組まれても厄介なので、異端者の粛清という措置でこの私自らの手で反乱の芽を摘んだまでです。しかし帝国の犬のせいで、あなたという最も厄介な異端者が生き残ってしまったとは……私ももっと周りを確認するべきでした。」
「貴様ァ……そんな事で俺の大切なものを全て焼き払ったというのか…!」
オーラムは剣を取り、いつでも炎を放てる構えを取った。
「気持ちはあたしも同じだよオーラム。」
ミラは杖を構えて言った。杖からは稲妻が走り、彼女の怒りが蓄積されているのが分かった。
「お母さんの仇を討つため、あたし達の恨みを晴らすため、そして王国の皆を救うために!」
「ああ!」
二人は祭壇の上にいるヴァンに向かって駆け出した。
「愚かな。我が眷属との戦いにより疲弊しているあなた達が私に勝てるとでも?」
ヴァンは祭壇から飛び降り、二人と対峙した。
「ではお見せしましょう。闇の魔術で浄化された、真なる魔術を!」
彼は手に持った闇の魔力が込められた剣を払うように振った。すると払われた剣身から赤黒い結晶が混じった炎が放たれた。
「任せて!」
するとミラが杖を掲げて放った雷が結晶炎とぶつかり、相殺する形で闇の魔術を防いだ。
「サンキューミラ。よおし!」
今度はオーラムが前に出た。オーラムは跳躍すると空中で炎を溜めて、それを着地と同時に爆発させた。その爆発の炎はヴァンを襲い、一時的に視界を奪った。
「今だ!」
オーラムが叫ぶと同時にミラが杖を振り下ろして落雷を、オーラムが巨大な火の玉をヴァンに向けて放った。
だが稲妻と火の玉がヴァンを直撃する直前、彼は剣から黒い靄を放った。
そして稲妻と火の玉は轟音響くこと無く消え去った。
「は?」
オーラムとミラは信じられない目で見ていた。黒い靄が晴れたと思うと無傷のヴァンが出てきたのだ。
「まさか…」
「お気づきになりましたか?」
ミラの反応を見てヴァンは笑みを浮かべた。
「闇とは光すらも飲み込む存在。すなわち闇の魔力もまたあらゆる魔法を闇へ引きずりこむ力を持つ。それが闇の魔術の特性なのですよ。」
「そんな……」
ミラは杖を下ろした。二人の必殺の攻撃すら通用しないなんて、もう勝ち目がないのではないか?ミラは絶望した目でヴァンを見つめた。
「それではこちらの番と行きましょうか。」
ヴァンは剣を振りかぶり、ミラに向けて黒い光の刃を放った。だがミラは雷撃球を撃って弾き返すとそのまま反撃の稲妻を放った。
「無駄です!」
ヴァンが剣を掲げると黒い靄が稲妻を飲み込んだ。そして黒い靄が晴れると同時に剣から放たれた暗い紫色の炎がミラを襲った。
「ミラ!」
オーラムが地面に火を放つと、蛇のように炎が走り、闇の炎を打ち消した。
(クソ!何か打開策は無いのか!)
オーラムは歯ぎしりをしてミラの隣に並んだ。
「はぁっ!」
そうしてる間も雷、結晶隕石召喚、あらゆる魔術で対抗するミラ。しかしどれもヴァンの闇の魔術によって吸い込まれるだけだった。
「くっ……」
「無駄ですミラ姫。女王シャルリーナの力を受け継いだあなたでも、我が闇の魔術の前では無力なのです。」
「お母さんの力が…無力だって…?」
魔力を浪費して疲れが見え始めるミラ。それでも彼女はヴァンを睨んでいた。
「お母さんは……あたしに闇に染まるなって言っていた。魔術は人を救うためにあるって。あんたのような、闇の魔術で他人を支配したり殺すような事には使わないようにって!」
ミラは涙を流しながら杖を向けた。
「私は違います。私は闇から世界を救うためなら、この闇さえも征する。例え主に反旗を振りかざす事になるとしても……」
「そんなの間違ってる!」
ミラは泣き叫んだ。そして杖に力を込めた。
「どんな闇でも、あたしとお母さんが正しいと信じた魔術で打ち砕く!」
そう言ってミラは巨大な稲妻の刃を放った。
「無駄です。何度やっても同じですよ」
ヴァンは剣を向けて迎え撃つ。そして再び剣から黒い靄が出て、稲妻を吸い込み打ち消した。そして剣から黒い雷撃を放った。
「うっ…!」
直撃したミラはその場で崩れた。しかしオーラムが彼女の体を支えた。
「ミラ!しっかりしろ!」
「大丈夫だよ……あたしは、負けない……」
ミラは苦しげな顔で立ち上がった。そして杖を掲げて魔法を放とうとしたがオーラムがそれを止めた。
「オーラム?」
「ミラ、遠くから迫る感じの落雷とかいけるか?」
オーラムはミラに耳打ちをした。
「え?出来るけど……」
「よし。ならかましてくれ。ヴァンが気を取られるくらい強力なやつをな。」
「分かった。」
ミラはオーラムに言われた通り、強力な落雷を放つため構えた。
「さあ、こっちも攻撃だ!」
そしてオーラムも剣を構えて呪術の火を溜め始めた。
「何度やっても無駄ですよ。」
ヴァンは笑みを浮かべた。しかし反面でオーラムはフッと口角を上げていた。
「そいつはどうだろうな?」
オーラムはミラに目配せをすると彼女は頷いて合図を送った。
「ミラ、今だ!」
「行くよ!」
ミラは上空に無数の落雷を放った。そしてそれはヴァンに向かって次々と降り注いだ。
「無駄だというのが何故分からないのですか?」
ヴァンは闇の靄で落雷を吸収した。ミラはそれでも落雷を放ち続けた。だがヴァンもその度に吸収した。
「そろそろ頃合いですか。」
「え?」
剣をかざしたままヴァンは喋った。
「この靄に吸収された魔法は闇の魔力へと変換されて倍にして放つことが出来るのです。そしてあなたの膨大な魔力を受けた今、私は絶対的な力を手に入れたということですよ」
そう言うとヴァンは自分の周囲に闇の魔力を集め始めた。
「では終わりにしましょうか。ミラ姫。」
そう言ってヴァンが攻撃を放つために靄を晴らしたその瞬間だった。
「叩き伏せる!」
落雷の中から放たれた斬擊がヴァンを襲った。
ヴァンが靄を晴らして攻撃をする隙を狙って、オーラムが落雷の中を潜って斬りかかったのだ。そして彼の斬撃は見事にヴァンに直撃した。
「グハッ!……馬鹿な、私が闇の魔術を解く瞬間を狙っていたのか…?」
ヴァンは膝をついてうめいた。
「正解だぁ!」
オーラムは答えながら更に炎を横なぎに放ち、纏うように剣で斬り込んだ。これによってヴァンは大きく吹き飛ばされ、床に激突した。
「ぐっ……」
「今だミラ!トドメを刺すんだ!」
「うん!」
ミラが杖をかざし、雷を溜めた。その雷撃は先程より強力で、今放たれればヴァンを打ち破るだろう。
「……クックック。」
しかしその時だった。ヴァンが不気味な笑みを浮かべていたのだ。
「何が可笑しい?」
オーラムは剣を向けたまま聞いた。
「オーラム。私の闇の魔術を破った事は褒めてあげましょう。しかし、舞台はまだ始まってもいませんよ?」
「何だと?」
オーラムは訝しんだ顔で問いかけた。
「ではお見せしましょうか。闇の魔術の、真なる力を!」
そう言い放つとヴァンはミラに向けて手から紫色の光を放った。
「ううぅっ!!」
「ミラ?」
突然魔術を解除したと思うとミラは呻き声をあげて地面に膝をついた。
「ミラ!?おい、どうしたんだ!?」
「オーラム!逃げて……!」
「何言ってるんだよ!こんな時に……!」
オーラムはミラを揺さぶったが、彼女は顔を赤らめて苦しそうな顔で悶えるだけだった。それだけではなく、あの時宿の部屋で起きたのと同じようにミラの胸が紫色に激しく光り始めた。
「ヴァン、ミラに何をした!」
オーラムは怒りの目でヴァンを睨んだ。
「大したことはしておりません。ただ……彼女の本当の力を引き出させてあげているのです。」
「本当の力だと?」
「憤怒、悲哀、後悔……どれだけ善良な人でも、屈強な者であろうとも心の内に闇を抱えている。彼女もまた例外ではないのですよ。私は捕らえていた彼女の中に眠っている闇を呼び覚まそうとしましたが、彼女の意思は強い…なので彼女の心臓を闇の輝石に取りかえる事で彼女が負の感情を抱く度に闇の魔力を増大させる事にしたのです!」
「何?まさかミラの胸に光るものは……!」
「そして今、私と会った事で、彼女の闇は完全に増大されたのです!」
「うわぁぁぁぁ!!」
ミラの悲鳴が玉座の間に響き渡る。同時にミラの体は植え付けられた輝石の周りから徐々に漆黒に染まり始めた。
「ミラ!」
オーラムが近寄ろうとした時、ミラは苦しみながら杖を向けた。
「来ちゃ…ダメ!」
「ミラ!気をしっかり持つんだ!」
「う……うぅ……!」
ミラの体には闇の魔力が広がっていき、彼女自身の意識も闇に飲み込まれていた。そしてミラの瞳が紫色に染まったかと思うと、彼女の体から禍々しい魔力が溢れて霧となり、彼女を包み込んだ。
「ミラぁ!」
オーラムは闇の魔力の霧を炎で振り払った。しかしその霧が晴れたと思うとそこにはもうミラはいなかった。代わりにそこにいたのは、紫色のドレスに身を包み、体が闇の結晶に蝕まれた禍々しい魔女の姿であった。
「そんな……」
オーラムは目の前の存在を見て呆然とした。そこにはもうかつてのミラの姿はなく、そこにあるのは闇の魔力で変貌した魔女の姿だった。
「さあ、本当の舞台のご覧にいれましょう。」
ヴァンは立ち上がり、堕落したミラに向けて手を伸ばした。
「ミラ姫。あなたが主役ですよ。これは全て、あなたが異端の邪竜を討つ物語なのです!」
ミラは虚ろな表情でオーラムを見た。そして彼女は杖を振り、漆黒の結晶が混じった雷撃を放った。
「ぐぁぁっ…!」
突然の事でオーラムは避けることができず、そのまま雷撃を受けて壁まで吹き飛ばされた。
「う、嘘だ……!ミラがそんな……」
オーラムは瓦礫の下敷きになりながら呻いた。そして、ミラはゆっくりとオーラムに近づいていった。
「では私は儀式の間から舞台をゆっくり見させてもらいます。舞台が終わる頃には私の計画も最終段階に落ち着きますから……」
ヴァンはそう言い残すと玉座の奥にある扉の中へ消えていった。
「ぐっ……ミラ!」
オーラムは瓦礫をどけて立ち上がり、彼女の名を叫んだ。しかしその声をかき消すようにミラは漆黒の落雷をオーラムの周りに落とした。オーラムは今度はギリギリで避けることができたが、ミラの体からは闇の魔力が溢れ続け、オーラムは彼女の体に広がる結晶を見る度にミラが闇に侵食されているを感じた。
「くっ……もう……」
葛藤しながらオーラムは剣を構えた。。
「力ずくで止めるしかないのか!」
オーラムはミラに向かって走り出した。そして走ってくるオーラムにミラは闇の魔力による稲妻と結晶弾を連発した。オーラムは躱しながら彼女に近づこうとするが、彼女は攻撃をやめない。
「ミラ!」
オーラムは悲痛な表情で叫んだ。ミラは虚ろな表情で杖を振り続けた。
そして彼女の杖から黒い雷撃が放たれた。
「ぐうぅ……」
オーラムは剣を横に構えて防いだが、その威力に吹き飛ばされた。そしてミラは追撃に紫の結晶が混じった落雷をオーラムに向けて放った。
「ガハッ!」
オーラムは避けることができずに倒れた。ミラはさらに杖から光を放った。するとそこから紫色の雷撃が放たれ、オーラムを襲った。
「ぐあぁぁぁぁ!」
雷撃を受け、オーラムは地面に倒れた。ミラはゆっくりとオーラムに近づき、彼の腹に杖の先端を突き刺した。
「うぐぅ……」
「……」
ミラは無言でオーラムを刺したまま杖を動かした。オーラムは痛みで顔を歪めた。そしてミラは杖を抜き、オーラムの顔に向けて紫色の稲妻を放った。
「ぐううっ……!」
オーラムはその場に倒れた。
「ミラ……目を、覚ませ……」
オーラムは倒れながら彼女に声をかけた。しかし彼女は答えない。虚ろな表情でオーラムを見つめたまま、次の攻撃を放とうとした。
「くっ!」
オーラムは咄嗟に火の玉を打ち出した。火の玉はミラの体に命中し、ミラは衝撃で攻撃をやめた。
オーラムはその隙に立ち上がり、再び彼女に向き直った。
「ミラ!目を覚ましてくれ!俺達の討つべき相手はヴァンだ!お互いじゃない!」
しかしオーラムの叫びも虚しくミラは杖を掲げた。そして闇に染まった紫色の雷矢を放った。
「クッ!」
オーラムはそれを素早く避けた。そしてそのまま彼女に向かって走り出した。ミラは杖から闇の結晶の雷撃を放ち、オーラムを狙った。
「ウラァ!」
オーラムは炎の柱を地面から吹き出させてそれを防いだ。
「ミラ!目を覚ましてくれ!」
ミラはオーラムの言葉を聞いているのかいないのか、闇の魔弾を放ってオーラムを吹き飛ばした。
「くっ……」
ミラの体からは闇の魔力が集まる。その魔力は彼女の杖に集まり、そこから闇の波動が槍の形となって放たれた。
「まずい……!」
オーラムはとっさに巨大な炎を放って打ち消した。そして彼女に飛びかかった。ミラは杖を振り上げてオーラムを迎え撃った。オーラムは目の前へ着地すると同時に前蹴りをかまして彼女の防御を崩し、斬り上げて追撃するとその反動でミラは後ろに吹き飛ばされた。
オーラムはそのまま走り込み、剣を振り下ろした。
「...っ!」
ミラは杖を振って巨大な闇結晶の壁を生成して攻撃を防ごうとする。しかし、オーラムの炎を纏った一撃はその防御を簡単に打ち破った。
「………!?」
彼女は炎に耐えられず後退した。そして後退しながら杖から紫色の雷撃を放ち、オーラムを狙った。
「グッ……!」
オーラムは雷撃を剣で弾き飛ばした。そして炎を溜めて一気に火の玉を連続で放出した。
「……っ!」
ミラはその攻撃を避けようとしたが、一発、また一発と時間差で飛んでくる火の玉に被弾し、最後の強力な五発目が直撃した。
「ぐあっ!」
火の玉が爆発するとミラは壁に吹き飛ばされた。そして壁に叩きつけられ、その衝撃で完全に体力を消耗したのか、反撃をしてくる様子はなかった。
「はぁ、はぁ……」
オーラムは肩で息をしながら彼女に近づいた。ミラも壁にもたれかかりながら息を整えていた。
「ミラ、大丈夫か?」
だがオーラムがミラに振れようとした瞬間、ミラは杖に雷の刃を作ってオーラムに向けてきた。オーラムは思わず後ろに跳んで距離をとった。
「やっぱり、ダメなのか…」
「オー……ラム……」
オーラムが絶望しかけたその時、ミラが彼の名を呼んだ。彼女は闇の魔力に侵食され、虚ろな表情でオーラムを見つめていたが、それでも彼女の瞳は光を取り戻しつつあった。
「ミラ?」
オーラムは彼女に近寄った。ミラは雷の刃を振るおうとしたが、彼女の動きは鈍くなっていた。
「……して…」
ミラは声を振り絞っていた。
「殺、して……」
オーラムは目を大きく開いた。ミラは涙を流しながらオーラムに訴えていた。
「あたしを……殺して……!」
彼女の頬から落ちる涙が地面を濡らしていた。そして落ちた涙は結晶となった。
「そんなこと、出来るわけがないだろ!」
オーラムは叫んだ。それでもミラは必死に訴えた。
「このままじゃ……!このままじゃあたしは……オーラムを…この国や帝国の皆を…殺しちゃう……だから……!」
ミラの体から闇の魔力が溢れ、彼女の意思とは関係なくオーラムに結晶拡散の魔術を放った。オーラムは剣を盾に身を守った。
「ここに……闇の輝石が埋め込まれてる…これを砕いて…」
ミラは闇に侵される意識と戦いながら自分の胸に手を当てて言った。そこは心臓だった場所で、常に紫色の光を放っていた。だがオーラムは剣を振り下ろすことができなかった。彼女を殺すことなど彼にはできなかった。しかしミラは苦しみながら懇願した。このままではミラ自身が破壊される。そしてオーラムも彼女の手で殺されることになる。しかし……
「無理だ…俺にはできない!」
「オーラム!」
ミラは腕を押さえながら叫んだ!その顔は更に涙が溢れており、耐え難い苦しみを味わっているのが分かった。
「ヴァンに心臓をもぎ取られて……闇の輝石を埋め込まれた時点で……あたしはもう死んでる……あとはこの体が壊れるのを待つだけなんだ……」
「……」
「だから、お願い……あなたの事が好きなあたしのまま…終わりたいの……」
「……!」
オーラムは息をのんだ。ミラの言葉に驚いたが、それ以上に彼女が自分を本当に愛しているという事実に衝撃を受けた。
「ミラ……」
オーラムは剣を強く握りしめた。彼女の言葉は彼の心を揺さぶり、迷いを余計に生んだ。それでも…
「オーラム……お願い……」
ミラの声は震えていた。彼女の体からは散りゆく命のように闇の魔力が溢れ、彼女の意識を奪おうとしていた。オーラムはその光景を見て、彼女の願いを理解した。
「……分かった。」
オーラムは膝をつける彼女に近づいて剣を垂直に構えた。その剣は闇祓いの意を込めて呪術の火を纏っていた。
「すまないミラ……こんな形で救うことになって……すまない!」
剣を構える彼の目には涙が流れ、竜鱗を伝ってミラの脚へと落ちていった。
「オーラム……。」
ミラは彼の腕を優しく掴んだ。オーラムにとってその腕は母や父と繋いだ手と同じくらい暖かく、だが切なく悲しい心地だった。
「ありがとう。」
その言葉の直後、硬いものを突き刺すような鈍い音が響いた。オーラムは目の前で起きた事に頭が追い付かなかった。ミラの腕はオーラムの剣を持つ腕を自分に突き刺すように引っ張ったような形だった。
「あああっ!」
オーラムはすぐにミラの体から剣を抜くと、彼女は倒れこんだ。
「ミラ!」
オーラムは彼女を抱き起こした。ミラの瞳からは光が虚ろから完全に失われ、砕けた闇の輝石からは主を失った闇の魔力が溢れ始めていた。
「ミラ!ミラ!!」
オーラムは彼女の名を何度も叫んだ。ミラは息も絶え絶えに言った。
「よかった……ありがとう……オーラム……」
「何言ってんだよ!ミラ!」
「これであたしは……オーラムを……殺さないで済むね……」
ミラの体は光と共に崩れ去り始め、彼女自身の純粋な魔力は天へと上り始めていた。
「駄目だミラ!逝くな!」
オーラムは王都で使った癒しの呪術を試みた。しかし手遅れなのか、彼女の体は癒えることはなく、その間も消えつつあった。
「オーラム……」
ミラは消えてゆく手でオーラムの体にそっと触れた。
「あたしの肉体が消えても……あたしの魔力がきっと……あなたと共にヴァンと戦ってくれる。いつになるかは分からないけど……何百年何千年も……先かも知れないけど魔力が存在する限り……あたしはいつか……戻ってくる……だから……」
ミラは最後の力を振り絞ってオーラムの体を引き寄せ、彼の頬に自分の唇を重ねた。
「……!」
オーラムはミラの顔を見た。彼女の顔には笑顔が浮かんでいた。それは、彼が見た中で最も美しく、そして儚いものだった。
「あたしを思い出すときは、笑顔を見せて。」
その言葉を最後に、ミラは光の粒となって消えていった。
「ミラぁぁぁぁぁ!!」
オーラムは泣き叫びながら彼女を抱きしめた。しかしその腕にあったのは彼女の暖かい体ではなく、彼女を包んでいた衣類と杖だけだった。
「ミラ………」
オーラムは悲しみに打ちひしがれながらミラの魔力が消えた天井を見上げた。そして立ち上がり、拳を固く握り締め、覚悟を決めた顔で祭壇の奥へ向かっていった。
「ヴァンよ。お前の命はあと僅かだ。」




