タコ島さんと小さなタコ
砂浜から無事にモグを引き抜いた頃、沖合の波間にぽっかりと浮かぶ巨大な存在——「タコ島さん」に静かな変化が訪れていた。
タコ島さんは、文字通り島のように大きくて白い、一頭身の謎の生き物だ。
いつも切なげな瞳で遠くを見つめている彼(?)の頭のてっぺんには、真っ赤で小さなタコがちょこんと乗っている。
「ねえ、タコ島さん。頭のタコちゃんは元気〜?」
アヒル船長に乗ったパイロンくんが、のんびりとタコ島さんの周りを旋回しながら声をかけた。
タコ島さんは言葉を喋らない。
代わりに、頭の上の小さなタコが「ぷしゅ〜」と小さく潮を吹いた。
「わあ、元気そうだねぇ。でもタコ島さん、さっきからずっとニギリ先輩のフライパンの方を熱い視線で見つめてない?」
パイロンくんの指摘通り、タコ島さんの哀愁漂う視線は、香ばしい煙を上げるカセットコンロに注がれていた。
「……ハッ! もしかしてタコ島さん、焼きおにぎりの匂いに引き寄せられてるスか!?」
フライパンの取っ手を支えながら、モチ太が青ざめた顔で叫んだ。
「ダメだよ! タコ島さんが砂浜に上がってきたら、この小さなカセットコンロもフライパンも、ついでに支えてる僕も踏み潰されちゃうよぉぉ!」
「大丈夫だよモチ太、タコ島さんは慎重派だから急には動かないって」
キビ丸が木べらでニギリ先輩の側面をポンポンと叩きながらなだめる。
だがその時、タコ島さんの頭の上の小さなタコが「ぽよん」と跳ねた。
『ぷしゅー!(和訳:醤油の焦げる匂い、最高!)』
「喋れないはずのタコちゃんの心の声が聞こえた気がする!」
モグが掘り直した穴から身を乗り出して叫んだ。
タコ島さんはじわじわと、本当にミリ単位の速度で浅瀬を砂浜の方へと進み始めていた。
巨体が移動するたび、波が「ざぶぅん、ざぶぅん」と普段より少しだけ大きく揺れる。
「タコ島さん! 待って待って! 焼き上がったらちゃんと切り分けて持っていくから! そこから動かないでー!」
キビ丸が慌てて手を振ると、タコ島さんはピタリと足を止めた。
そして、頭のタコちゃんが再び「ぷしゅ〜」と納得したように潮を吹く。
「ふう……危なかった。タコ島さんの食いしん坊スイッチが入ったら止まらないからね」
「ニギリ先輩、大人気スね……」
「うむ。巨大なタコ島殿の胃袋を満たすには、私のこのツナマヨだけでは足りんかもしれんが……真心込めて焼き上がるとしよう」
ニギリ先輩はどっしりと構え、再び香ばしい煙を立ち上らせるのだった。




