きゅうり師匠と浅瀬の静寂
フライパンの上で香ばしく焼けるニギリ先輩の横で、沖合の浅瀬にぽっかりと浮かぶ緑色の柱があった。
みんなから「きゅうり師匠」と呼ばれている彼は、どんな時も表情ひとつ変えず、水面から上半身(?)だけを突き出している。
「なあ、きゅうり師匠。師匠は焼きおにぎりについてどう思う?」
キビ丸が木べらを休め、浅瀬に向かって大声で問いかけた。
きゅうり師匠は無言のままだ。
波が「ザザーン」と寄せては返し、彼のつるりとした緑の肌を濡らしていく。
「……沈黙か。相変わらず深みのあるお方だ」
「いやキビ丸、単に聞こえてないか、話す口がないだけじゃないスか!?」
取っ手を支えながら汗だくのモチ太がツッコミを入れる。
すると、アヒルに乗ってプカプカ浮かんでいたパイロンくんが、釣竿をたゆませながら言った。
「きゅうり師匠はね、あそこで世界の平和を祈ってるんだよ〜。あるいは、浅瀬の底に埋まった塩漬けの歴史を思い出してるのかも〜」
「塩漬けかい! 浅瀬だけに塩分濃度高そうだね!」
その時、チェリーを頭に乗せたピンクのアイス「チェリーちゃん」が、水面をスイスイと泳ぎながらきゅうり師匠の隣までやってきた。
「きゅうり師匠……今日も冷たくて素敵……。私、温かいフライパンの近くに行くと溶けちゃうから……師匠のそばが一番落ち着くの……」
「チェリーちゃん、それは恋かい!? それとも単なる保冷剤代わりかい!?」
モグが穴から身を乗り出し、フォークをシャキーンと構えて叫ぶ。
そんな賑やかな砂浜のやり取りを、きゅうり師匠はただじっと見つめている……ように見えるが、実は目がどこにあるのかもよく分からない。
「ふむ……」
突如、ニギリ先輩が重量感のある声を漏らした。
「ニギリ先輩、どうしたスか!?」
「きゅうり師匠のあのたたずまい……見事だ。米と海苔という乾いた存在である私に対し、フレッシュな水分とシャキシャキとした食感を静かに提示している……まさに『かっぱ巻き』の相棒としての矜持を感じるぞ」
「考えすぎだよニギリ先輩! 師匠はただ浮いてるだけだって!」
キビ丸が呆れ顔でコンロの火を少し弱めた。
「まあいいや。師匠が見守ってくれてるなら、今日の焼き加減も大成功間違いなしだな! ほらモチ太、ひっくり返すぞ!」
「ひえぇぇ! 角度が変わるとさらに重力がぁぁぁ!!」
きゅうり師匠は相変わらず何も言わず、ただ浅瀬で揺れていた。しかしその無表情な顔が、ほんの少しだけ誇らしげに見えたのは、きっと香ばしい醤油の煙のせいだろう。




