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6/21

玉座 ── 王に謁見、なぜか「神に選ばれし使徒」と讃えられた件

街道を北へ、何日も馬車に揺られていた。


宿で寝た夜が二度。

野営した夜が一度。


ライナーは、ほとんど口を開かなかった。

質問もしない。


代わりに、馬上から時々、街道脇の木立を目で追っているのが分かった。


俺はその背中の後ろで、馬車に乗せられて揺られていた。

文句はなかった。


歩きでついてこいと言われていたら、たぶん一日目で潰れていた。


四日目の昼前。


街道が緩い坂を上がりきった先に、それが見えた。


「あれが聖都ヴァルディアだ」


ライナーが、馬の歩を緩めた。


俺は馬車の縁から、身を乗り出す。


最初に目に入ったのは、塔だった。


幾つも。

幾つも。


空に向かって、尖塔が伸びている。

鐘楼。

屋根の上の、十字に似た記号。


そのすべてのてっぺんに、金色の何かが光っていた。


昼の光を吸って、本当に金色だった。

「金色っぽい」ではない。


金そのものの色だ。


その下に、白っぽい石壁の街が広がっていた。


規模が違う。


エルロン村の何百倍。

ガルシス砦の何十倍。


地球の感覚で言えば、県庁所在地と政令市の中間くらいの規模感だった。


「……金色、多すぎないか」


口の中で、小さく呟く。


『綺麗ですね〜♪ きらきらです♪』


「お前は、ああいうの好きそうだな」


『はい♪ 嫌いじゃないです♪』


ライナーの背中が、心なしかいつもよりまっすぐになっていた。


さっきまで、街道で少し肩を落として馬を進めていた男が、聖都が見えた途端に姿勢を整えた。

革の上着の襟を、軽く指で直している。


そういうところに、俺は前の会社の上司を思い出した。


なぜか、少しだけ笑いそうになった。


──映画みたいだな。


王都に入る凱旋シーン。

そういうのを、何かの映画で観た気がする。


タイトルは出てこなかった。


「俺……これから何されるんだ」


ライナーは振り向かずに答えた。


「まずは宮殿に入る。それからのことは、宮殿が決める」


──宮殿が決める。


主語が、宮殿だった。


人ではなく、建物が決めるらしい。

それが何を意味するのかは、たぶん入ってから分かる。


分かりたくない気もした。


宮殿は、白い大理石の階段を何段も登った先にあった。


赤い絨毯。

金の縁取り。

絹のような布が、壁から壁へ垂れ下がっている。


柱は、人の身体より太い。

柱の根元には、何の意味かは知らないが、花のような模様がぐるぐると彫られていた。


すれ違う使用人らしき女たちが、目を合わせずに、ふっと頭を下げる。


──成金趣味……。


口には出さなかった。


口にしたら、たぶんライナーに後で何か言われる。


ライナーが廊下の途中で足を止めた。


扉の前に、立派な制服の男が控えている。

貴族、だろうか。


「お通しいただきたい」


「はい、准将殿。──こちらの方が例の」


「ああ」


貴族らしき男が、扉を開けた。


通されたのは、客間だった。


絹の長椅子。

低い机。

机の上には、銀の水差しとガラスの杯。


床の絨毯は、足が沈むくらい厚かった。


俺は、自分のスニーカーがここに似合っていないことを、改めて自覚した。


似合っていない。

というか、完全に浮いている。


貴族らしき男は、扉の前に立ったまま、軽く一礼した。


「エレノア教母様が、お目通りを希望されておられます。陛下もそれを聞きつけ、まずはご自身が直々にご対面なさいます」


「……教母?」


つい、口に出た。


ライナーが小さく頷く。


「教母様がお目を留めた者なら、陛下は会わずにはおれぬのだ」


ライナーの声に、揶揄はなかった。


むしろ、ごく当たり前のこととして並べている。

それが、かえって引っかかった。


──教母って、何の人だ。


頭の中で、その単語をもう一度転がす。


答えは出ない。


出ないまま、貴族らしき男が扉の向こうで何かの合図を出した。


玉座の間は、客間の何倍も派手だった。


奥行きは、サッカーグラウンドの半分くらい。

両側の柱が天井まで伸びて、その上で金色の彫刻と繋がっている。


中央の赤い絨毯の先に、玉座があった。


玉座は、思ったより小さく見えた。


なぜなら、座っている男の体が巨大だったからだ。


衣装には、金糸の刺繍が敷き詰められていた。

いや、刺繍というより、布全体が金で出来ているように見える。


赤ら顔の男だった。

五十代後半か、もう少し上。


手の指には、いくつも指輪。

座り方の重心は、玉座の真ん中ではなく、片肘に大きく傾いていた。


「ライナーよ! よく連れてきてくれた!」


声が大きかった。


玉座の間の壁に跳ね返って、俺の耳に二度届く。


ライナーが深く頭を下げた。


俺も見様見真似で頭を下げる。

深さは、たぶんライナーの半分くらいだった。


「我こそ、選ばれし王、グレゴリウス三世である!」


──いや、もう声でだいたい分かるけど。


もちろん、口には出さない。


「ライナーよ! またしても余の期待に応えてくれたな! お前を抜擢した余の目に狂いはなかったぞ!」


ライナーは頭を上げずに、もう一度、軽く下げ直した。


「過分なるお言葉、痛み入ります」


『直人さん♪ 王様、機嫌すごく良いですよ♪』


頭の上で、カイラが解説を入れる。


『嘘つき判定はしていないみたいです♪ 上機嫌で受け止めています♪』


──王様って、判定してないのか。


無防備だな。


「お前は」


王の指先が、俺を指した。


「キタミ・ナオトと申します」


「キタミ・ナオト! 良い名だ! 響きが強いぞ!」


──響きで判断するのか。


「出身は」


「東の山岳地帯です」


「ふむ! 兵法は誰に習ったのだ?」


「父が軍にいた時期がありまして。戦の話を、子供の頃から聞かされていました」


四回目の、同じ嘘だった。


回数を重ねるごとに、自分の口がその音に慣れていくのが分かる。


慣れていくのが、いいことなのか。

悪いことなのか。


それは、考えなかった。


「素晴らしい! お前のような者が、歴史に残る英雄となるかもしれぬ!」


──歴史に残る、は、さすがに盛りすぎでは。


「比類なき才能だと、教母様もご興味をお示しだ! 余もな、お前を見て確信した! お前はただの拾い物ではないぞ!」


王の声には、カリスマがあった。


それは、認めざるを得なかった。


誇張は、誇張だ。

なのに聞いていると、ほんの一瞬だけ思いそうになる。


もしかして俺は、本当にそうなのか、と。


その温度が、声の中にあった。


俺はほんの一瞬だけ、そこに引っ張られた。


引っ張られた瞬間、内側で警戒灯が点いた。


──ご機嫌取り、結構しんどいやつだ。


「お前を、しばらく王宮に留め置く! 余の側近として観察するぞ!」


──観察?


それ、留置の言い換えじゃないのか。


「ありがたきお言葉に存じます」


それっぽい台詞が、口から自然に出た。


カイラの仕業か。

俺の社会人スキルか。


その時は、よく分からなかった。


王が満足そうに頷いた。


玉座の脇に控えていた取り巻きが、小さく拍手をする。


その取り巻きの中に、若い女性の士官が立っていた。


整然とした軍服。

腰の剣の鞘は磨かれている。

両手は、軍服の脇に揃えられていた。


最初に目に入ったのは、髪だった。


蜂蜜色、と呼ぶのが一番近いだろう。

光の角度で、淡い金にも、薄い茶にも見える色。


肌は、透明と言っていいくらい白い。

目鼻立ちは繊細だった。


アジア系の柔らかい曲線と、西洋系のはっきりした輪郭。

その二つが、同じ顔に自然に同居している。


目の色は、緑か、琥珀か。

その中間か。


よく分からない。


ただ、立ち姿がまっすぐだった。


──綺麗な人だ。


それは、ただの感想だった。


何かの感情というより、目に入ったものを、目に入った通りに確認しただけだった。


ライナーが俺の耳元に、軽く身を寄せる。


「ソフィア大尉だ。お前の補佐をすることになる」


女性士官がこちらに向き直り、敬礼した。


「ソフィアと申します。お役に立てるよう努めます」


声は、思ったより低かった。


低くて、少しだけ温度が高い。

礼儀の温度ではなく、もう一段、内側からの温度だった気がした。


「キタミ・ナオトです。よろしくお願いします」


俺は無難に返した。


「直人殿」


ソフィアが、繰り返す。


『直人さん♪』


カイラが頭の上で、声のトーンを少しだけ落とした。

落としても、♪はちゃんとついている。


『えーと、ソフィアさん、信仰の温度がすごく強いですよ♪』


──信仰の温度って、何。


『簡単に言うと、めっちゃ熱心な信者です♪ あの方、ガチですよ♪』


──……あ、そうか。


頭の中で、もう一つ、何かがざらついた。


さっきの王の歓迎で感じたのと、同じ種類のざらつきだった。


ソフィアはもう、視線を玉座のほうに戻していた。


「明日はエレノア教母にも会わせよう!」


王の声が、また大きくなる。


「教母も四十年待っていたと仰せだ!」


──四十年?


頭の中で、その数字が跳ね返った。


何の四十年か。

王は続けて言わなかった。


続けて言わないことのほうが、不気味だった。


「お前は神に選ばれた者だ! 楽しみだろう!」


──神に選ばれた。


そのワード、かなり危なくないか?


俺の頭の中の警戒灯が、もう一度点いた。


今度は、さっきよりも明るかった。


ライナーは隣で、もう一度深く頭を下げていた。

俺も見様見真似で頭を下げる。


「ありがたきお言葉に存じます」


その台詞は、もう二度目だった。


二度目だが、ライナーの隣で、ちゃんと聞こえる音量で言うことはできた。


王が満足そうに笑う。


その笑い方には、確かに人を引き込む何かがあった。


それは否定しない。


否定しないままで、警戒だけはちゃんと点けておいた。


客間に戻されたのは、夕方だった。


絹の長椅子に腰を下ろす。


腰を下ろしてから、自分の太ももが軽く震えていることに気づいた。


馬車の疲れか。

王の前に立っていた緊張の遅れか。


たぶん、両方だ。


机の上のガラスの杯に、銀の水差しから水を注いだ。


冷たい。


喉を通った瞬間、頭の奥が少しだけはっきりした。


『王様、すごく上機嫌でしたね♪ お役に立ててる感じです♪』


「カイラ」


『はい♪』


「俺……これ、何かヤバいやつに巻き込まれてないか?」


『ですね、たぶん♪』


「やめろ。たぶんで返すな」


『すみません♪ でも、本当にたぶんなんですよ〜♪』


ありがたい仕様だった。


ここでも、たぶんは、たぶんだった。


立ち上がって、客間の窓に近づく。


夜の聖都が、眼下に広がっていた。


窓の格子越しに、街の灯りが点々と揺れている。

大鐘楼の影が、月明かりに長く伸びていた。


昼に見た金色は、夜の中ではもう見えない。


代わりに、燭台や、暖炉や、誰かの夕食らしき小さな火が、街のあちこちに散らばっていた。


人が、生きている。


当たり前のことだった。


頭の上で、カイラがぽうっと淡く光る。


──俺、今、何か選んだか?


口の中で、小さく呟いた。


呟いてから、それが昨日と同じ独り言だと気づく。


昨日も、同じことを呟いていた。


明日は、教母に会う。


四十年、待っていたという誰か。

俺を、神に選ばれた者だと呼ぶ誰か。


考えると、たぶん眠れなくなる。


俺は考えるのをやめて、絹の長椅子に戻った。


その時、視界の端に半透明の文字が浮かび上がった。


《聖都ヴァルディアに到達しました》

《王宮滞在ルートを開始します》


「……だから、そういう表示は先に出せよ」


カイラは、何も知らない顔でふわふわ光っていた。

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ε(・Θ・。)з~『読了、お疲れ様でした〜♪ 楽しんでいただけた可能性が少しでもありましたら、下の☆☆☆☆☆評価やブックマークが有効です♪ 作者さんの継続率が上がります。たぶん♪』
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