濁りなき瞳の断罪
激しい「清めの奔流」が収まった神界の回廊には、打ち水をした後のような静謐な空気が漂っていました。エリはふうと小さく息を吐き、傍らで未だに震えている秩序の神ノモティオスへと向き直ります。
「秩序神ノモティオス様。……ご覧の通り、酒の神バッカス様への『粛清』は完了しましたわ。あとは、あなたの領分です」
エリはあえて、透き通るような微笑みを浮かべて彼を促しました。
「これからは、私があなたの後ろ盾としてしっかりと支えて差し上げます。どうか、神界の秩序を取り戻すべく、その辣腕を存分に振るってくださいませ?」
「は、はい……。分かりました。謹んで、お務めさせていただきます……」
蚊の鳴くような小さな声で答えるノモティオスに、エリは内心で(ちょっと頼りないわね……)と苦笑せずにはいられませんでした。けれど、先ほどの宴席での一幕――すなわち、古の神が最新の「魔法」によって無残に押し流される光景を見て、周囲の神々が戦慄していたのは確かです。
今のノモティオスの背後に、あの「恐るべき戦神」がついていると知れば、他の神々も容易には逆らえないはずでした。
「さて。……バッカス様を、どうしましょうか」
エリが視線を向けると、放水に流され、排水溝に無様に嵌まっていた酒の神を、ナイトホークが仔犬の首根っこを掴むようにして引きずり上げてきました。エリの足元に転がされた神は、かつての威光など見る影もなく、濡れ鼠のように震えています。
「バッカス様。まずはその乱れた身なりを整えて。……それから、ゆっくりとお話を伺いますわ」
エリの静かな、けれど拒絶を許さない言葉に、バッカスは慌てて指を鳴らして衣を乾かし、髪を整えました。ようやく神らしい体裁を取り戻した彼は、正面に立つエリと視線を合わせると、どこか自分に言い聞かせるような、尊大な口調で語り始めました。
「……ふむ。此度の件、私の振る舞いが少々度を越していたという戒めとして受け取っておこう。新しき女神よ、お前の無礼については、今回に限り罰を与えるつもりはない。それで手打ちとしようではないか」
寛大なふりをして事態を収束させようとするバッカスの言葉。しかし、それを聞いたエリの瞳からは、一瞬にして温度が消え去りました。
「……バッカス様。あなたは、まだ事の重大さを理解していらっしゃらないようね」
エリは、蔑むような視線を隠そうともせず、真っ直ぐに彼の瞳を射抜きました。
「私は、あなたを『罰する必要がある』と考えてここへ参りました。罰せられるべき立場にある方が、あろうことか罰する側の神を許すなどと……。その目は、まだ地上で泥を啜る民の苦しみが見えないほどに、濁りきっているようですわね」
低く、けれど神界の隅々にまで響き渡るようなエリの宣言。それは、古い神々が支配する天界の終焉を告げる、静かな宣戦布告でもありました。




