神界改革の狼煙
「オーエン、私、あることに気づいてしまったの」
聖ミルトス神殿の回廊を歩きながら、エリはふと足を止めて呟いた。その瞳には、これまでの騒動を経て辿り着いた確信が宿っている。
「エリ様、一体何に気づかれたのですか?」
「地上でこれほど争いごとが絶えない理由よ。それはね……天界の神々が本来の仕事をサボって、地上にちょっかいばかり掛けているからよ」
エリの言葉に、隣を歩くオーエンは目を丸くした。
「神々を忙しくして、地上の細々したことに構っていられない状況にしてしまえば、地上は自然と平和になる気がするわ。余計な干渉がなくなるんですもの」
突飛な、しかし神の視座を得た彼女にしか言えない大胆な仮説。すると、エリの脳内に楽しげなミリエルの鈴の音のような声が響き渡った。
『エリ、面白いことに気がついたわね。新米の神にどこまでのことができるか、これも賭けの対象になりそうだわ。さっそくブックメーカー神に話をつけなくちゃ!』
「ミリエル、あなたもよ。そんな暇な真似ができないくらい、忙しくしてあげるから覚悟していて」
女神ミリエルの茶化すような言葉をピシャリとはね除けると、オーエンが居住まいを正して提案した。
「では、私は民からの祈りの内容と、それに対する神々の反応について、神殿にある膨大な記録を調査いたします」
「助かるわ。お願いね、オーエン」
彼の調査能力は折り紙付きだ。サボっている神々が暴かれる日は近いだろう。エリは内心、その結果を想像してほくそ笑んだ。もちろん、調査結果が出れば、放置された祈りをエリが代わって拾い上げ、神力を行使して奇跡を起こしたり、正しい神託を与えて人を動かしたりしなければならない。エリ自身も多忙を極めることになるが、彼女に迷いはなかった。
「神界を改革することで地上を平和にする……。その思いつきはエリならではの画期的なものだが、当然、面白くないと怒り出す神も現れるだろうな」
控えていたナイトホークが、静かに、しかし力強く一歩前に出た。
「神に抗う力が我にあるかは定かではないが、何が起きようと、この命に代えてもエリを守り抜くと誓おう」
「心強いわ、ナイトホーク」
さて、どこから手をつけるべきか。
巨大な魔獣レヴィアタンを放置し、航路を脅かしていた海の神か。
あるいは、深刻な干ばつを見逃し、民の飢えを放置していた雨の神か。
はたまた、凶作に沈む大地を顧みない農業の神か。
エリの「神界大掃除」が、今まさに始まろうとしていた。




