神の言葉の重み
「ただいま」
セルブリオから帰還したエリが、ふわりと着地しながら声をかけた。
「おかえりなさい、エリ。それで、セルブリオはどうでしたか?」
待っていたオーエンが問いかけると、エリは少し肩の力を抜いて答えた。
「アルセリアと戦うなんて、これっぽっちも考えていないようだったわ。まあ、万が一のことも考えて、ロマーノっていう男に『もし戦いを企図したら、千年間人が住めない土地にしてやる』って、たっぷり脅しをかけておいたから大丈夫でしょう」
「神の言葉として『千年の呪い』を突きつけられたんだ。いかに老獪なロマーノといえど、もはや戦など考えられんだろうな」
ナイトホークが呆れたように、しかしどこか感心したように応じる。エリはその名に聞き覚えがないことに気づき、首を傾げた。
「ねえ、そのロマーノってどんな人なの?」
「セルブリオの旧家出身で、同国でも指折りの秀でた政治家と言われていますよ」
オーエンの解説を聞き、エリは「しまった」という顔をして、テヘッとおどけて舌を出した。
「……ちょっと、脅しすぎちゃったかもね」
「エリ、冗談では済みませんよ。あなたの言葉は『神託』として解釈されるんです。言葉遣いにはくれぐれも注意してください」
あきれ顔のオーエンに対し、ナイトホークも深くため息をつく。
「今回のエリの言葉は、重要な神託として神殿の碑文か、あるいは政治の公式記録に永劫残ることだろうな」
「エリ……あなたは自分を『普通の女子高生』だと言いますが、その言葉はだんだんと、本物の神様らしくなってきている気がします。どうか、自分を失わないで。エリらしさを忘れないように気をつけてください」
オーエンの真剣な眼差しに、エリはハッと目を開いた。
「分かったわ。確かに『千年間人が住めなくする』なんて、私らしくない……。ただ畏怖されたいだけの、傲慢な神様の言葉だったわね。――さっきの言葉、心の中で取り消しておくわ。オーエン、ナイトホーク、もし私がまた変な言い方をしていたら、すぐに教えてね」
自省するエリの姿に、二人はようやく小さく微笑んだ。
自室の扉を閉め、背中を預けて深く息を吐き出す。ようやく訪れた静寂にエリが安堵したのも束の間、脳内に直接、鈴を転がすような——それでいて酷く世俗的な響きを含んだミリエルの声が響いた。
『エリ、神託を使って次の争いの種をうまく播いたわね』
「……そんなことしていないわ」
エリは顔をしかめ、姿の見えない声の主に向けて心中で反論した。しかし、ミリエルは楽しげにくすくすと笑い続ける。
『いいえ、完璧な布石だわ。もしセルブリオの反政府勢力がアルセリアに戦を仕掛けたら、あなたは神託によって自らセルブリオを滅ぼす大義名分を得る。逆に、それを防ごうとしてロマーノが反政府勢力を苛烈に弾圧したとしても——それはそれで泥沼の内戦が始まる。どう転んでも、あなたには「ポイント」が入りそうな状況じゃない』
「ポイント? なにそれ。意味がわからないわ」
聞き慣れない単語に、エリはいぶかしげに眉を寄せた。
『エリが本物の戦神に成れるかどうかって、神々(わたしたち)の間で賭けをしているのよ』
「……信じられない。反吐が出るほど下品な賭けね」
吐き捨てるように言うエリに、ミリエルの声はどこまでも軽く、残酷なまでに無邪気に返ってきた。
『神の世界は退屈なのよ。ある意味、あのマーメイド族の連中と似たところがあるのよね』




