竜鱗の行方、新たな厄介事の臭い
北部の紛争を収め、神殿へと戻ったエリを待っていたのは、休む間もない来客だった。
この国の統治者である王が、直々に神殿を訪れたのだ。
神殿側は急ぎ広間で接見の場を整え、王を迎えた。玉座ならぬ椅子に腰を下ろした王は、重厚な革の装束に身を包んだ威厳ある佇まいだったが、その表情には隠しきれない焦燥が刻まれていた。
「女神エリよ。戦神として、我が国の必勝を祈念してもらうことは叶わぬか」
その重々しい問いかけに、エリは静かに視線を返した。
「フレデリック王よ。……次は、自ら戦を企図しているのですか?」
「……我が国の南方、海洋国家セルブリオが侵攻の構えを見せているとの報が入ったのだ。奴らめ、『レヴィアタンの鱗』を我が国が独占しているという噂を鵜呑みにしおってな。以前から『分け前を寄越せ』と無礼な要求を繰り返してきたが、それを撥ね付け続けてきたのが限界に達したようだ」
王は苦々しく吐き捨て、太い指先で肘掛けを叩いた。
「未だに、レヴィアタンの竜鱗の話が……」
「愚かなことよ。神殿がすべて回収したことは周知の事実。どうしても欲しければ、軍を動かすなどという物騒な真似をせず、ここへ直接乞いに来ればよいものをな」
王の苛立ちを含んだ言葉に、エリは困ったように肩をすくめた。
「いや、それはそれで困りますよ、王様。現物の鱗は、ここには一枚もありませんから。セルブリオが欲しがったところで、無いものは出せません」
「何……? ここに無いとはどういうことだ」
王が怪訝そうに眉を寄せ、身を乗り出す。地上の王にとって、その至宝が手元にないという事実は想像の外だったらしい。
「現物はすべて、海中のマーメイド族に寄託し、保管を任せてあります」
「マーメイド族に、だと? それは初耳だ……。海中に隠してしまったというのか」
驚く王に対し、エリは淡々とその計画を明かした。
「彼らには、年間にわずか十枚だけを地上へ流通させるよう伝えてあります。今後、百年をかけて少しずつ市場に出していくつもりです」
「……なるほど。一度に流さぬことで希少価値を保ち、値崩れを防ぐ。同時に、管理を任されたマーメイド族の財政をも潤すというわけか。あえて人間の手の届かぬ場所に置くことで、争いの種を遠ざけたのだな」
王は得心がいったように深く頷くと、ようやくその肩から力を抜いた。
ひとしきり溜まっていた不満と懸念を女神にぶちまけると、人間の王は少しだけ晴れやかな顔をして、重いマントを翻し神殿を後にした。




