戦神のジレンマ
神界から戻って以来、エリの心は晴れない霧に包まれていた。
戦神としての役割――それは「争い」を推奨し、社会に刺激を与えること。
(役割だからって、私がわざわざ戦争を引き起こすなんて……そんなの、絶対に無理よ。でも、戦火が技術を加速させるっていう神様の言葉も、一理あるのが余計にタチが悪いわ……)
理屈と感情が激しくぶつかり合い、思考は袋小路に迷い込む。
悩みに沈むエリを案じ、オーエンは甲斐甲斐しく動いてくれた。各地から取り寄せた最高級の茶葉や、見た目も鮮やかな異国の菓子。かつてのエリなら目を輝かせたであろうそれらも、今の彼女には香りのない湯や、砂を噛むような味気ない塊にしか感じられなかった。
そんな沈黙を破ったのは、窓際から鋭い声を上げたナイトホークだった。
「エリ、報告だ。北部山地から異民族の侵入があったらしい。現地の守備隊との間で既に戦闘が始まっている。どうする?」
「……戦争?」
エリの肩がびくりと跳ねた。今の彼女にとって、その単語はあまりに生々しい。
「原因は何……? なぜ彼らは攻めてきたの?」
思わず問い返したエリに、ナイトホークは淡々と事実を告げた。
「火山の噴火による降灰だ。奴らの領地の農地が広範囲で凶作になり、深刻な食糧不足に陥ったらしい。生き残るための越境侵入、といったところだな」
その言葉を聞いた瞬間、エリの顔から血の気が引いた。
「火山の、噴火……? 嘘でしょ。じゃあ、私が地震対策のために調子に乗って超大型爆弾FOABをマグマだまりで炸裂させた、あの噴火が原因なの?」
「……そういうことになるな」
ナイトホークが言い難そうに視線を逸らす。
エリの頭の中に、追い打ちをかけるようなミリエルの明るい声が響いた。
『あらエリ、良かったじゃない! これで立派な戦争の実績になるわよ。偶然とはいえ、さすがは戦神ね。しっかり「争いの種」を撒いていたなんて!』
「そんなの……喜べる訳、ないじゃない……っ!」
「エリ、指示を。このままでは戦いの規模が拡大するぞ。どうするんだ?」
ナイトホークの催促に、エリは自分の両手を見つめたまま震えた。
「待って……動けないわよ。今ここで私が神として何かをしたら、それがまた巡り巡って、遠い未来や別の場所で『戦争の種』になるんじゃないかって……そう思うと、怖くて動けない……!」
戦神としての自覚が、皮肉にも彼女の足を深く、重く、すくませていた。




