女神の回収劇
『エリ、神罰の使い方も随分と洗練されてきたわね。まさかレヴィアタンの鱗に秘められた魔力を意図的に開放させるなんて』
クスクスと楽しげな笑い声を響かせたのは、ミリエルだった。
『カルミナの分も一気に魔力が解放されたようね。彼女の財産ごと、すべてが凍り付いてしまったわ。いくら火を焚いても解けない氷だと、彼女、今ごろ泣き喚いているはずよ』
その言葉に、エリは「ああ、そういえば」と思い出したように頷いた。
「そうだ、彼女も五枚持っていたんだったわね。……ということは、王宮の金庫も今ごろ凍り付いて開かないはずだわ。そのうち、必死な顔をした宰相から泣きが入るでしょうね」
『それでエリ、これからどうするつもり?』
悪戯っぽく尋ねるミリエルの声に、エリは事も無げに答える。
「神殿へ寄進すると決断すれば、徐々に氷が解ける……という『神託』を下すわ。早く寄進を表明しないと中身がダメになって間に合わなくなる、と付け加えてね。あとは神殿側でコントロールしてもらうわ。女神エリの封印を施せば、魔力は暴走しなくなる――そういう設定にするの」
その淀みない計画を聞いていたオーエンが、こらえきれずに口を挟んだ。
「エリ様……失礼ながら、あなたが一番の『悪徳商人』になっていませんか?」
「あら、心外ね。私は対価として私腹を肥やすわけではないもの。これは商売ではなくて、あくまで神事よ」
エリが涼しい顔で言い返すと、横で腕を組んでいたナイトホークも「なるほど」と深く頷いた。
「散逸した聖遺物の回収だと考えれば、神が直接介入してもおかしくはないか」
神殿から竜鱗回収の「神託」が発せられるやいなや、事態は劇的に動き出した。一刻も早く倉庫や金庫を使いたい商人たちから、競い合うようにして「竜鱗寄進」の申し出が舞い込んできたのだ。
エリは彼らの申し出を受け入れるたびに、順次、神力を弱めて氷が解けるように取り計らった。その結果、神殿の奥には恐ろしいほどの数の「レヴィアタンの鱗」が積み上がることとなった。
「……それにしても、マーメイド族からこれほどまでに買い集めていたのね。さすがに置く場所に困るわ」
次々と運び込まれる鱗に、エリ印の判子を押し続けながら、エリは溜息をついた。
「いっそ、マーメイド族に返してやってはどうですか?」
オーエンの提案に、ナイトホークが懸念を示す。
「だが、そのまま返せばまた商人に巻き上げられるのがオチではないか?」
「それなら」とエリが指を立てた。「置場もないことだし、在庫管理そのものをマーメイド族に任せてはどうかしら。年間に限られた枚数だけを地上に流通させる許可を出せば、希少価値が守られて価格も高値で安定するでしょう?」
「なるほど、管理貿易というわけですね」
納得した様子の男たちに、エリはふと素朴な疑問を投げかけた。
「ところで……人間はこの鱗を、一体何に使っているの?」
「エリ様、これは加工して最高級のアクセサリーにしたり、貴族の家具の装飾に使ったりするんですよ。その美しさは唯一無二ですから」
「へぇ……。それなら、年間の使用量を知っておきたいわね」
「供給が不安定だったので過去の数字は当てになりませんが、年間十枚程度を市場に流す形なら、混乱もなく価値も維持できるでしょう」
エリは目の前に積み上がった鱗の山を見上げた。
「……これ、ずいぶん長持ちしそうね」
「ええ。私が生きている間には、まず使い切ることはないでしょう」
「私もだ」
二人の言葉に、エリは「私もね」と同意しようとしたが、オーエンが穏やかにそれを訂正した。
「いえ、エリ様。あなたは神ですから、寿命という概念は関係ありません。たとえ今の肉体が滅んだとしても、存在そのものが消えることはないのですよ」
「……そうなの?」
「神とはそういうものです。肉体が滅んでも、もしあなたが望めば、再び肉体を持つことだって造作もないはずです」
エリは呆然として、自分の掌を見つめた。
「……なんだか、私の価値観がどんどん崩れていく気がするわ」
かつての「人間」としての感覚と、今備わりつつある「神」としての常識。そのギャップに戸惑いながらも、エリは次なる判子を力強く書類に押し付けるのだった。




