神の天秤と、凍てつく裁き
「――結論から申し上げます。地上の商人が言葉巧みにマーメイド族を唆し、レヴィアタンの竜鱗を採取させたこと。そして、暴落を口実に不当な安値で買い叩いたこと。これらはすべて、エリ様が推測された通りの事実でした」
神殿の一室、オーエンが調査書を閉じながら重い口調で告げた。
隣に座るナイトホークも、皮肉めいた笑みを浮かべて頷く。
「価格変動のデータも洗ってみたが、確かに相場は落ちていた。だが、商人たちがマーメイド族に提示した下落幅は、実際の三倍以上に膨らまされていたな。差額はすべて、奴らの私腹を肥やす肥やしになったわけだ」
それを聞き、エリは神座に深く腰掛け、眉間を押さえた。
神としての格が上がってから、世界の「悪意」が以前よりも解像度高く見えてしまう。それが今の彼女には、何よりのストレスだった。
「……分かっていたけど、胸糞悪いわね。それで、私には何ができるの? 神罰として彼らを雷で焼けばいい? それとも、商売自体を禁止にする?」
エリの自嘲気味な言葉に、ナイトホークが「もっと効率的なやり方がある」と身を乗り出した。
「俺なら、レヴィアタンの鱗を『持っているだけで損害を被る不良在庫』に変えてやるな」
「不良在庫……?」
「ええ」とオーエンが補足する。
「レヴィアタンは極寒の海を支配する氷属性の魔物。その鱗は『決して溶けぬ氷』でできているという伝説があります」
「それは知ってるわ。だからこそ、高値で取引されるんでしょ?」
エリが問い返すと、ナイトホークの瞳に、元・諜報員らしい冷徹な光が宿った。
「ああ。だが、その特性が『勝手に起動』したらどうなる? エリ、お前が商人の蔵に眠っている鱗に、遠隔で神力を通わせるんだ。氷属性の魔力を強制ドライブさせて、蔵ごと凍りつかせるような事態が起きれば、奴らも早く手放したくなるだろうよ」
エリは一瞬、言葉を失った。現代で言うところの、サイバー攻撃によるシステム破壊に近い発想だ。
「……でも、そんなことをしたら、中にはちゃんとした対価を払って買い入れた『まともな商人』だっているかもしれないじゃない。その人たちが可哀想よ」
「それについては心配無用だ」
ナイトホークが数枚の書面をテーブルに放り出した。
「今回マーメイド族から鱗を買い取った連中の身辺を洗ったが、まともな商人は皆無だ。密輸、脱税、不当労働……叩けば埃どころか岩盤が出てくる連中ばかり。遠慮はいらねえよ」
「私からも保証します」
生真面目なオーエンまでもが、冷ややかに断言した。
「魔物から採取された鱗だと知りながら、リスクを承知で買い叩いたのです。因果応報、自業自得という言葉がこれほど似合う状況もありません」
二人の徹底した「裏付け」に、エリは小さく溜息をつき、そして唇の端を上げた。
普通の女子高生としての倫理観と、神としての責任。その折衷案は、どうやら決まったようだ。
「……分かったわ。オーエンがそこまで言うなら、やってみる。――あくどい商売の火消しには、氷が一番よね」
エリは静かに目を閉じ、意識を「世界」へと広げた。
神格を得た彼女の視界には、各地に散らばったレヴィアタンの鱗が、座標上の光点のように浮かび上がる。
「……イメージは、絶対零度の回路接続。起動」
エリが右手を掲げ、神力を一点に収束させる。
「レヴィアタンの竜鱗よ、我が神力に呼応して、秘められし力を解放せよ。――冷やせ、凍てつけ、吹雪を起こせ!」
不可視の波動が神殿から放たれ、大陸中の「悪意ある蔵」へと直撃した。
数日後。
地上の市場では、奇妙な噂が持ちきりとなった。
欲深い商人たちが大切に抱え込んでいたレヴィアタンの鱗が、突如として制御不能な冷気を放ち始め、蔵を、商品を、そして利権を貪る心までもを凍土に変えてしまったという。
「さて、これで少しは涼しくなったかしら」
神殿の裏庭で、軍用クッカーで淹れた熱いコーヒーを啜りながら、エリは晴れ渡る空を見上げた。その横顔には、孤独な神としての、わずかながらの充足感が浮かんでいた。




