神の視察と海底の真実
エリの心は、激しく揺れ動いていた。
罪のない者を裁く理不尽さへの抵抗と、神として定めたルールを公然と破られたことへの憤り。二つの相反する感情が、頭の中で火花を散らす。
「……このまま何も見ずに裁いては、カルミナの思う壺だわ」
エリは決意を固めると、傍らに控えていたオーエンとナイトホークに向き直った。
「当事者の話を聞いてくる。現地で何が起きているのか、この目で確かめなきゃ」
二人が止める間もなく、エリは光に包まれ、マーメイド族が住まう海底の集落へと跳んだ。
気がつくと、そこは静謐な青の世界だった。
深海特有の強大な水圧があるはずだが、神の力を持つ今のエリには、水の感触すらほとんど感じられない。肺に流れ込むのは冷たい海水ではなく、清涼な魔力だった。
「……ここが、マーメイドの集落ね。それにしても、人気がないわ」
エリは周囲を見渡した。色鮮やかなサンゴの建物が並んでいるが、どこか閑散としている。
「水の中にいるのに、意識しないと地上との違いが分からないなんて。……また、人間から遠ざかってしまったみたい」
自嘲気味に呟いた独り言を振り払い、エリは集落の中心に向かって声を放った。
「どなたか、責任ある方はいらっしゃいませんか? 地上の神、エリと申します」
波紋のように広がったその声に応えるように、一人の年老いたマーメイドが姿を現した。
「……私が村長のマリオスです。地上の神が降臨されるなど、いつ以来のことか。一体、何のご用向きで?」
マリオスの瞳には、隠しようのない警戒の色が浮かんでいた。
「レヴィアタンの件で、話を伺いに来たの」
「ああ……『天からの恵み』。天上より降ってきた、あの贈り物のことですか」
「贈りもの……」エリは苦笑した。「地上の市場に、レヴィアタンの鱗が大量に流れていると聞いたわ。私がそのレヴィアタンを討伐した当事者なので、状況を確認しに来たのよ」
「左様でしたか。……あれは、地上の商人から持ちかけられた話なのです」
マリオスは、淡々と語り始めた。
「市場の者が『海底にこんな宝が沈んでいる。取ってきたら高く買い取る』と。我々も、こう見えて現金収入が必要な身。教えられた場所へ向かってみれば、そこにはまさに宝の山がありました」
「なるほど、商人たちが動いていたのね」
「最初は高値でしたが、あまりに量があると分かると、買取価格は暴落しました。ですが、なんせ楽に手に入るものですから。皆、我先にと競争で採取しましてね……。おかげで、あそこにはもう、鱗の一枚も残っていませんよ」
マリオスの言葉に、エリは天を仰いだ。
神が定めた禁忌も、海の民にとっては空から降ってきた「幸運な資源」に過ぎなかったのだ。そしてその裏には、神の管理が行き届かない場所で利益を貪る、地上の商人たちの影があった。




