強欲の代償と神の警告
エリが放った監視の「目」が、その一部始終を捉えているとは露知らず。
主席神官カルミナは、王都で驚くべき執念と機動力を見せていた。
彼女は即座に国王へと拝謁し、軍船の出動を確約。同時に、レヴィアタンの強固な鱗を剥ぎ取るための専門的な石工たちを招集した。その手際の良さは、平時からの根回しを疑わせるほどに鮮やかだった。
「これで用意は整ったわ。……さあ、行きましょう」
女神エリの許しを得て採取を行う旨を記した、神聖な羊皮紙を高く掲げる。その姿に、疑念を抱く兵士や職人は一人もいない。船団は意気揚々と、財宝の眠る海へと向かって港を出た。
作業を確実に見届けるためか、カルミナ自らも旗艦に乗船していた。
海域に到着した一行の前に、灰色の海に浮かぶレヴィアタンの死骸が姿を現した。
討伐時よりも一回り膨れ上がっているように見えるその胴体は、内部で腐敗ガスが溜まっている証拠だ。その膨張のせいで、本来は密着しているはずの竜鱗が大きく浮き上がり、鱗の隙間には石工たちの楔が面白いように差し込まれていく。
(……まずいわね。早く終わらせてくれないかしら)
監視の「目」を通じてその様子を見ていたエリは、内心で冷や冷やしていた。
現代知識を持つ彼女にとって、あの状態の死骸が何を意味するかは明白だ。「爆発」の瞬間が、刻一刻と近づいている。
しかし、現場の人間たちの目には、ただ「作業がしやすい」という幸運にしか映っていなかった。
彼らは、エリと約束した「十枚」という数字を早々に突破した。十枚が二十枚になり、五十枚になり……最終的には、百枚近い鱗が船へと運び込まれていった。
欲望の重みで喫水線の下がった船の上で、指揮を執っていた将軍が不安げにカルミナへ耳打ちした。
「カルミナ様……女神様との約束を大幅に違えております。これほど採取して、罰が下るようなことはないのでしょうか」
「将軍、心配しすぎよ。あの方に分かるはずがないわ。……あなたが真実を報告しない限りわね」
「い、いえ。まさか……私だって、あの戦神としてのエリ様の恐ろしさは存じ上げております。間違っても真実をお伝えすることなど……」
震える将軍を、カルミナは冷笑で見つめた。
「陛下とは既に話がついています。神殿と王宮で五十枚ずつを分かち合うと。あなたは陛下から褒賞を授かることはあっても、罰せられることはないわ。……全ては国の、そして神殿のためなのですから」
カルミナの言葉に、将軍は沈黙した。王宮と神殿が手を結んだ巨大な利権を前に、一軍人の良心など無力に等しい。
やがて、目的の量を確保した船団が死骸から十分な距離を取り、レヴィアタンの姿が水平線に消えようとした、その時だった。
――ドォォォォォン!!
凄まじい轟音と共に、レヴィアタンの巨体が内側から弾けた。
腐敗ガスと共に、行き場を失った衝撃が海面を割り、深淵の覇者だった残骸は一瞬にして海中へと沈んでいった。
あまりの光景に船団が凍り付いた直後。
雲を裂き、天から、あるいは虚空そのものから響くような、圧倒的な大音量が海域を震わせた。
『カルミナ……。私との約束を違え、百枚もの鱗を掠め取ったな』
それは、慈悲深い女神の響きではない。
理不尽を切り伏せる「神」の、冷徹なまでの宣告。
「なっ……!?」
カルミナが顔を伏せる暇もなく、二度目の言葉が突き刺さる。
『神託を与える。余計に採取した鱗を海に戻さぬ限り、その船が陸地に着くことはないだろう。……欲望の重さを、その身で知るがいい』
海面が不気味にうねり、船団の周囲だけが時が止まったように凪いだ。
カルミナの手から、先ほどの「許可証」の羊皮紙が、力なく滑り落ちていった。




