死せる巨獣の「目覚め」
結局、エリは重い腰を上げた。
欲に目が眩んだ人間たちの仲裁ほど、不毛で面倒な仕事はない。
エリは転移魔法で海域の上空へと移動すると、これでもかというほどの「光のエフェクト」を全身に纏って姿を現した。神々しい輝きが灰色の海面を照らし出す。
「我が倒したレヴィアタンに目が眩んだ者たちよ。命が惜しければ、速やかにこの場を立ち去るがよい。これは人の身には過ぎた宝であるぞ」
空から降るエリの声に、海上の船団がざわついた。
王国の軍船と神殿の船に乗る者たちは、即座に甲板に跪き、エリに対して平伏する。だが、問題は武装商船団だ。
海賊の頭目のような片目に眼帯をした大男が出てきて
「……フン、そうはいかないぞ! 我々がここを離れれば、すぐに王国が回収していくつもりだろう。女神だかなんだか知らんが、その手には乗らん!」
どうやら彼らには、エリの威光よりも目の前の「宝の山」の方が輝いて見えているらしい。一方、平伏している王国軍とカルミナ様率いる神殿一行も、女神に敬意は払いつつも「一歩も引く気はない」という頑固さが背中から滲み出ている。
「……そう。お前たちは、それほどまでに命が惜しくないようね」
エリは冷淡な声を作り、あえて突き放すように告げた。
「ならば、レヴィアタンを抑え込んでいる我が魔力を解こう。……この魔物、死んだように見えていても、一度蘇ればお前たちなど一呑みだわ」
「な、何……?」
商船団の男たちが動揺した瞬間、エリはこっそりと神力を行使した。
海面に浮かぶレヴィアタンの死骸を、内側から強引に動かす。
ズゥゥゥン……!
巨体が大きくうねり、その拍子に死骸を曳航していた商船の一隻が、レヴィアタンの動きに引きずられて波に叩きつけられた。
「うわあああぁぁぁっ!?」
木材が砕ける悲鳴と共に、商船が傾き、ゆっくりと沈んでいく。乗組員たちはすぐさま僚船に助け上げられたが、その顔は一様に土気色だ。この世界において、海の男にとってはレヴィアタンという名は恐怖の象徴。その怪物が「動いた」という事実は、彼らの強欲を上書きするのに十分だった。
商船団は慌てて引き縄を切り離し、全速力でレヴィアタンから距離を取り始める。
それを見た王国の軍船団も、期待と恐怖が入り混じった表情で様子を伺っていたが――。
ここで仕上げだ。エリは死骸に向けて、弱めの「電気ショック」を叩き込んだ。
ビクンッ!!
巨獣の体が痙攣するように大きく跳ね、周囲に巨大な水柱が上がる。
「……ああ、そろそろ本格的に目覚めるわね。死にたくなかったら、早く逃げなさい」
エリはそう言い捨てると、光の輪のエフェクトをパッと消し、そのまま姿を眩ませた。
あとに残されたのは、パニックに陥った船団だけだ。
「逃げろ! 奴が生き返るぞ!」
「全速前進だ! 船を出すんだ!」
さっきまでの睨み合いが嘘のように、船団が蜘蛛の子を散らすように四方八方へと逃げ去っていくのを、エリは上空から鼻で笑いながら見送った。
「……エリ様、性格悪いですね」
「あら、オーエン。死傷者を出さずに解決したんだから、感謝してほしいわ」
神殿に戻った私を迎えたオーエンの呆れ顔に、私は優雅に微笑んで見せた。
せっかくの「聖遺物」も「財宝」も、命があってこそのもの。
あのお宝は、しばらく海の上で独りぼっちにしておけばいい。
「あっ、それから今後同じようなことが起きないようにブイを浮かべて、『危険!レヴィアタン蘇生の可能性あり』って書いてきたわ」




