遺骸を巡る強欲な喧騒
「王様に会ってきたわ。私がわざわざ王宮に出向いたものだから、ずいぶん恐縮していたけれど」
神殿の自室に戻った私は、やれやれと椅子に深く腰掛けた。
「陛下もさぞかし驚かれたことでしょう。女神様が自ら王宮に足を運ばれるなど、建国以来の珍事ですからな」
オーエンが、王に同情するように苦笑いする。
「干ばつの原因がレヴィアタンで、もう討伐したから天気は徐々に正常に戻るって伝えたんだけど……。あの王様、後半はレヴィアタンの鱗の話に夢中だったわ。『すぐに船を出して回収せねば!』って鼻息を荒くしてさ」
「王の立場としては、あれほど莫大な財宝が海に放置されている事態は看過できなかったのであろうな」
ナイトホークが達観した様子で付け加える。あの巨体の鱗がすべて金貨に化けると考えれば、一国の主が色めき立つのも無理はないのかもしれない。
「ねえ、ナイトホーク。あんなレヴィアタンみたいな魔物、まだこの世界に潜んでいるのかしら?」
「魔界の接近があったばかりだからな。門が閉じたとはいえ、紛れ込んだ個体は少なくないだろう」
「あなたみたいに、この世界に住み着いて順化していく魔物もいるんでしょうね」
「『魔物』という言い方はあまり好きではないが……。まあ、我が遠い先祖が魔界から来た存在であるのは確かだろうな」
そんな、のんびりとした日常会話をしていた時のことだった。
神殿の重い扉が勢いよく開き、一人の神官が血相を変えて飛び込んできた。
「エリ様! 大変です、一大事です!」
「……今度は何の騒ぎなの?」
嫌な予感を抱きつつ問い返すと、神官は息を切らしながら叫んだ。
「レヴィアタンの死骸を回収に向かった王国の船団が、現場で別の商船団と遭遇し、一触即発のにらみ合いになっています!」
「……はあ。面倒なことね。その商船団とやらはどこから湧いてきたのよ」
「エリ様がレヴィアタンを討伐された場所は公海上……それも主要な航路からそう遠くない海域でした。たまたま通りがかった船が巨体を見つけ、色めき立って曳航し始めたところに、王国の軍船が到着したようでして……」
なるほど、見つけたもの勝ちと言わんばかりに、あのレヴィアタンの(鱗)を横取りしようというわけか。
「しかも、軍船に同乗していた主席神官のカルミナ様が、突如として『これは女神エリ様の戦利品であり、聖遺物として神殿に帰属するものである!』と主張し始めまして……。海の上で三つ巴の状態です!」
「……カルミナ様らしいわね。でも軍船がいるなら、さっさと商船を拿捕しちゃえばいいじゃない」
「それが、相手も一筋縄ではいかないようで。商船とは名ばかりで魔物対策のために重武装しており、力ずくで排除しようとすれば双方に甚大な被害が出る状態だとか。それで……ぜひ女神エリ様に裁可をいただきたいと、伝令が……」
私は大きくため息をついた。
「面倒ね。私が何を言ったところで、どっちも聞く気なんてないんでしょ? 金に目が眩んだ連中の目を覚まさせるために、『神の奇跡』を使う気なんてさらさらないわよ」
空から降らせた慈雨は大地を潤したが、どうやら人間のどす黒い欲望までは洗い流せなかったらしい。




