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女神の矜持と王の願い

「ミリエル。あなたには悪いけど、私はエリよ。ミリシアじゃない。たとえ姿も立場もミリシアと同じものを与えられたとしても、私は私。そこだけは忘れないで」


 エリは、自身の内側に響く神の声に向かって、はっきりとした口調で告げた。それは、自分という存在を繋ぎ止めるための境界線でもあった。


『……ええ、分かっているわ、エリ。その姿を与えたのは私の身勝手な我儘。あなたを私のエージェントとして招き、私の姿に似せたというのも、結局は私自身への言い訳に過ぎなかった。今は、少しだけ後悔しているわ』


『そして、エリもこれから人間の欺瞞と狡猾さに悩まされるのね』


「いいわ。でも、ミリシア様の失敗についてのアドバイスは、ありがたく頂戴しておくわ。私を利用しようとする者は、人であれ神であれ痛い目に遭う……。それを分からせてあげないとね」


 ふっとエリの瞳に鋭い光が宿る。その冷徹なまでの決意を孕んだ表情に、傍らにいたオーエンが思わず肩を震わせた。


「エリ様……何か、恐ろしい独り言を仰っていますよ」


 心配そうに声を掛けてくれたオーエンの言葉で、ミリエルとの意識の対話は途切れた。エリは「なんでもないわ」と小さく首を振る。


 そこへ、神殿の神官が慌ただしく駆け込んできた。


「エリ様、王宮より国王陛下がお見えです。軍神エリ様への拝謁を希望されています」


「……会うわ」


 神殿の厳かな礼拝堂。

 一段高い祭壇の前にエリが立ち、招き入れられた国王と対峙した。王は深々と頭を下げ、顔を上げると切実な面持ちで語り始めた。


「女神エリよ。我が国は魔界の脅威から解放され、ようやく平和を享受できていると思っていた」


「そうね。魔界の勢力は、今は遠ざかっているわ」


「北部山地で起きていた地震も、火山の噴火に伴うものであったとか。噴火が落ち着いた今、揺れも収まり、人々に平安が戻りつつあります」


「あの火山を噴火させて、地底の圧力を逃がすのは結構大変だったのよ?」


 エリがさらりと言ってのけると、王は畏怖の念をさらに深めた。短期間にこれほどの奇跡を起こした存在を、もはやただの小娘として見る者はいない。


「短期間に多くの奇跡を成された女神様に、さらなる願いがある。……我が王国は、ここしばらく雨が降っておらんのだ。このままでは干ばつが広がり、いずれ飢饉が起こってしまう。そうなると多くの臣民が飢え、命を落とすものも出てこよう」


 王は祈るように手を組み、エリを仰ぎ見る。


「どうか……どうか、慈悲を持って我が国土に適度な雨を降らせてはいただけないだろうか」


「今度は雨乞い……。ふふ、やっと女神らしい仕事の依頼が来たわね。得意かどうかは、また別のお話だけど」

『戦神に雨乞いの願いとはね。この王様、エリの本質分かってるのかしら』とミリエルの声が聞こえた。


 エリは少しだけ皮肉めいた笑みを浮かべ、空を見上げた。戦の神として平和を創り、今度は恵みの雨を求められる。彼女の歩む道は、どこまでも矛盾と驚きに満ちていた。


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