神の設営、あるいは超弩級の兵站
「オーエン、火山周辺の人たちを安全な場所に退避させたいの。どこか適当な場所はあるかしら。できれば、大きな空き地がいいわね」
私の問いかけに、オーエンは手元の資料(といっても、彼が書き留めた古い地図だが)を広げて眉をひそめた。
「ここから三十キロほど先に、広大な草原がございます。ですが、村人全員を連れて移動するとなれば、かなりの時間がかかります。……エリ様、時間の猶予はどれくらいあるのでしょうか」
「火山なんて気まぐれなものよ。噴火は今すぐかもしれないし、一年先かもしれない。神様だって、地球の機嫌を完全にコントロールできるわけじゃないの」
私の言葉に、オーエンは顔を強張らせた。
「……すぐに村長と相談し、返事をいたします!」
彼が駆けていくのを見送りながら、私は意識を「神の視界」へと切り替えた。
視界の隅に、高度なセンサーによるスキャン画面がオーバーレイされる。同心円状に広がる探査領域。
(オーエンの言っていた草原はここね。……ふむ、面積は十分だけど、雑草が茂りすぎ。それに地形もやや凸凹して、車両の乗り入れには不向きね。……よし、調整開始)
私は思考だけで「神力」を投下した。
まずは対象領域の除草および整地。
一瞬にして、荒れ果てた草原がミリタリー規格の宿営地へと作り変えられていく。
(さて、ここからが本番。……『イメージ』するのは、最強の兵站支援)
脳内のカタログから必要な装備を選択し、座標を指定して「召喚」を執行する。
(業務用天幕1号を五十張り、整然と並べて設営。居住性を確保するためにグランドシートも忘れずに。……避難民の体調管理のために野外支援車を十両、さらに食の兵站は譲れないわね。野外炊具1号を二両召喚……よし、これで『避難所』としての機能は完成したわ)
中世ファンタジーの光景の中に、突如として出現したOD色の無骨な軍用テント群と、自衛隊仕様の支援車両。そのあまりに異質な光景に満足していると、オーエンが息を切らして戻ってきた。
「エリ様! 村長と話してきました。これから徒歩で出発して、一週間ほどで草原まで移動できるそうです!」
「ああ、移動先ならもう準備できてるわよ。緊急避難所を作っておいたから、そこに入って。……多分、元の生活に比べれば不便でしょうけど、野宿よりはマシだと思うわ」
「え……? もう、ですか?」
困惑するオーエンを無視して、私は集まった村人たちの前へ出た。
村長が、震える声で皆に呼びかける。
「皆の衆! 女神様が大草原に避難所を設けてくださったとの神託があった。できるだけ身軽にして出発だ! 女神様の奇跡を信じるのだ!」
ざわめきながらも、村人たちが動き出す。
それを見守りながら、私は隣に立つ青年に告げた。
「オーエン。あなたも避難民と一緒に、あの場所へ移動して」
「えっ……? しかし、それではエリ様のお世話ができません! 私はお傍に……」
「村の人たちのために、その知恵を使いなさい。混乱する避難所には、あなたのような真面目な管理役が必要なの」
私はきっぱりと言い切った。
オーエンは、捨てられた子犬のような、あるいは納得のいかない部下のような顔で私を恨めしそうに見つめる。
「……それは、『神託』ですか?」
私は少しだけ口角を上げて、女神らしい(と思っている)微笑みを浮かべた。
「ええ、そう思ってもらっていいわ」
こうして、世界初となる「ミリオタ式・超近代避難所」への住民大移動が幕を開けた。
私は独り、黒煙を上げ始めた火山の山頂を見据えた。
――さて。お次は、お待ちかねの『火遊び』の時間ね。




