世界の境界線と、一番似合う「私」の姿
自分はこの世界の「異物」なのだ。
元の世界――日本という場所の神から突きつけられたのは、あまりにも残酷で、それでいて不可避な宣告だった。
「……まさか、不本意ながらも『異世界の神』として認識されて、退去を命じられるなんてね」
友人たちに別れを告げた直後、私は強く念じた。
――女神ミリエルの姿で、あの世界へ戻るのだと。
視界が白銀の光に包まれたのは、ほんの一瞬のことだった。
気がつくと、エリは聖ミルトス神殿にある自室の床に立っていた。
エリは(あっという間に里帰りが終わっちゃたし、追放されちゃった)とわざと明るく思うことにした。
「おかえり、エリ」
聞き慣れたナイトホークの声が降ってくる。その隣では、オーエンが少し驚いたように目を丸くしていた。
「おや、もうご帰還ですか。先ほど旅立ったばかりだというのに、随分と早かったですね」
オーエンの言葉に、私は首を傾げた。
「え……? まだ、一時間も経っていないの?」
「ええ、それくらいですね」
どうやら、あちらの世界で過ごした時間と、こちらの時間の流れには大きなズレがあるらしい。私の感覚ではもっと長い時間が過ぎたような気がしていたけれど、この世界ではほんの束の間の不在に過ぎなかったのだ。
(ミリエル、聞いてる?)
私は心の中で、自分の中に同居する存在に問いかけた。
『何? エリ』
(私……元の世界の神様から、明確に拒絶されてしまったわ)
『……知ってるよ。隣で見ていたからね。あの神様、なんだかいけ好かない感じだったじゃない。出禁にするんだってもっと言い方があると思うのよね』
ミリエルの言葉は相変わらず奔放で、少しだけ心が軽くなる。けれど、事実は変わらない。
「私はもう、あちらの世界に『出禁』になってしまったみたい」
自嘲気味に呟いた私に、オーエンが優しく、包み込むような声で言った。
「エリ、そんな言い方をしないでください。初めて湖の畔にある女神の祭壇で、佇んでいたあなたを見つけたあの日から、あなたは何も変わっていません。私にとっては、今も大切なエリですよ」
「オーエン……ありがとう」
しんみりとした空気を切り裂くように、ミリエルがからかうような念を送ってきた。
『でもさ、エリ。元の世界では黒髪黒目だったのに、こっちに戻ってきた途端、また金髪碧眼の私の姿に戻っちゃったんだね』
「あ……」
言われてみればそうだ。この世界における私のデフォルトは、今やこの「女神ミリエル」の似姿。
私はふと思い立ち、二人に向かって提案した。
「ねえ。では、この世界でも『元の世界での私の姿』になって見せようか?」
「ほう、それは興味深いな」
ナイトホークが、純粋な好奇心を瞳に宿して身を乗り出した。
「エリが本来どんな姿だったのか、見てみたいものだ」
「わかった。じゃあ、これが私の生まれつきの姿よ」
私は意識を集中させ、女神の権能を少しだけ借りて、己の姿を書き換えた。
眩い光が収まった後に現れたのは――艶やかな黒髪と、落ち着いた黒い瞳。見慣れた「日本人としての私」の姿だった。
しかし。
「…………似合わんな」
ナイトホークが、バッサリと切り捨てた。
「何というか……女神というには、ちょっとイメージが違いますね……」
オーエンまでもが、困ったような笑顔で微妙な反応を返してくる。
さらに、そこに居合わせた主席神官のカルミナが、悲鳴に近い声を上げた。
「エリ様! そのお姿ではこの世界での女神としての権威が失墜してしまいます! お願いですから、この世界では二度とそのお姿を見せないでくださいませ!」
「えぇ……そこまで言う?」
黒髪黒目の姿の方が迷彩柄の戦闘服にはよく似合うと思うのは私だけかしら。
あまりの不評ぶりに、私は苦笑いしながら再びミリエルの似姿へと戻った。
金髪がさらりと肩に流れ、瞳が空の色を映すと、周囲の人々は目に見えてホッとした表情を浮かべる。
「やれやれ。エリが何と言おうと、この世界でのお前の『デフォルト』はこっちだな」
ナイトホークが満足そうに頷き、オーエンもそれに同意するように深く頷いた。
「エリ様がこの世界に現れた時にはすでに女神ミリエルの似姿だったのです。この世界ではその姿がオリジナルなのです」
「オリエンタルな黒髪黒目の姿も決して悪い訳ではないのですがミリエルの似姿の方が見慣れているというだけです。ご自分を否定為されませぬように」
もはや私の居場所は、あの黒髪の世界にはない。
そして、この金色の髪を「似合う」と言ってくれる人々がいるこの場所が、今の私の本当の家なのだと、私は改めてそう考えることにした。




