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聖女のソロキャンプ

「決めたわ。私、ちょっと自分自身を見つめ直すために、一人でキャンプに行ってくる」


 神殿の広間で、エリは唐突に宣言した。

 傍らで控えていたナイトホークが、怪訝そうに眉を寄せる。


「キャンプ……というのは、『野営』のことか? 女神ともあろうお方が、わざわざ不便な外寝をせずとも……」


「違うのよ、ナイトホーク。今は『ソロキャンプ』ってのが流行ってんの。女の子が一人で大自然に入っていって、不便を楽しみながら凝った料理を作って、その様子を動画に……じゃなかった、とにかく優雅な休日を過ごすのがステキなのよ」


「……よく分からんが、エリが楽しそうなら良いことだな」


 ナイトホークが苦笑すると、背後から教典を抱えたオーエンが不安げに顔を出した。


「エリ様、本当にお供しなくても大丈夫なのですか? 野盗や魔獣の残党が出るかもしれません」


「ついて来られたら『ソロ』キャンプじゃなくなるでしょ。それに、今の私を襲うような恐れ多い輩なんて、この世界にはもういないわよ」


「それもそうですね。エリ様に敵う者など、この大陸には居りませぬ」


 二人の過剰なまでの信頼に見送られ、エリは意気揚々と神殿を後にした。


 エリが選んだ場所は、神殿から少し離れた風光明媚な高台だった。

「さて、ステキなキャンプにするわよ!」と意気込んで彼女が「イメージ」して出現させた道具は――。


 OD色の丈夫なキャンバスシェルターハーフ


 軍用規格の堅牢なバックパック


 多機能サバイバルナイフと、無骨な飯盒


 女子のゆるふわなキャンプ風景とは程遠い、自衛隊のレンジャー部隊が敵地に潜伏する際のようなガチ装備である。しかし、本人は至って真面目だ。


「家型テントはロープワークが命よね。まずは平らで水はけの良い場所を確保。よし、今宵の寝場所はここ!」


 手際よく周囲の小石を払い、木々にロープを渡してテントを張り上げる。その無駄のない動きは、現代の女子高生というよりは歴戦の兵士のそれだった。


「……エリはなかなか器用にテントを立てているな」

「我々が出ていく幕は無さそうですね、ナイトホーク殿」


 木陰に身を隠し、心配のあまり尾行してきた二人がひそひそと囁き合う。だが。


「そこ、いつまで隠れてるつもり? 出てきなさいなお二人さん」


 エリがテントの中から声をかけた。

「なんだ、バレていたか」と、ナイトホークが苦笑いしながら枝を分けて姿を現す。


「さっきから『暗視スコープ』にバッチリ映ってたわよ。まったく、心配性なんだから」


 エリはそう言いながら、テントの入り口に作った竈でじゅうじゅうと肉を焼き始めた。スパイスの芳醇な香りが辺りに漂う。


「食事は一人よりみんなの方が楽しいし。座って」


「……ナイトホーク殿は、肉の焼ける匂いがした瞬間からよだれが止まらなかったですからな」

「お、おぬしこそ腹の虫がやかましかったではないか、オーエン!」


 二人は照れくさそうに笑いながら、エリが次々と焼き上げる肉をたらふく平らげた。

「神が振る舞う肉は格別だ」と、戦士と神官は満足げに腹をさすり、夜の帳が下りる頃にようやく神殿へと帰っていった。


 再び静寂が訪れた。

 一人になったエリは、焚き火の爆ぜる音を聞きながら、ランタンを消してゴロリと横になった。


 見上げた夜空は美しいが、どこか物足りない。

「……そうだわ」


 エリは、神殿での堅苦しい役割も、元いた世界の常識も一度忘れることにした。今の自分には、空の星さえ動かす力がある。


「流星群、出現」


 彼女が夜空に向かって、静かに、だが絶対的な意志を込めて命じた。


 直後――。

 漆黒の天幕を切り裂くように、一筋、また一筋と、まばゆい光の尾が走り出した。

 数分後には、夜空全体を覆い尽くさんばかりの光の雨が降り注ぐ。


(街の様子)

「おい、見ろ! 流れ星だ!」

「こんな時期に、この数はあり得ない……神の御業か? 奇跡か!?」

 街中の人々が窓を開け、あるいは広場に飛び出して、時ならぬ天体ショーに大騒ぎをしていた。


 だが、その中心にいる「犯人」は、テントの中で満足げに目を細めていた。


「うん、これくらい派手な方が見応えあるわね」


 エリは夜明けまで、止むことのない流星の雨を独り占めにした。

 自分の力が世界を変えてしまう恐怖よりも、今はただ、この美しさを操れる万能感が、少しだけ心地よかった。


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