第116話 見えない鎖
光月(三月に相当)二十五日。東部の大体の治療院を巡り終えた聖女の一団は、王都にやってきた。
聖女一団は王城に招かれて、聖女を歓迎する舞踏会に参加することとなった。
王城に招かれた楽団がワルツを奏でる。
黒い礼装を着こなしたルクスは、白い礼装を纏ったラエティティアに手を差し伸べた。
「ティア、一曲踊りませんか?」
「まあ!喜んで」
二人は、ワルツのリズムに合わせて踊り始めた。二人とも、上手に踊れている。普段から、ベネディクトゥスやヘレナに厳しく練習させられているからだろう。
「バート様」
聖女ヨナがバートを呼び止めた。
振り返ったバートの目に写った聖女は、まるで天使のようだった。
琥珀が散りばめられた白いAラインのドレスがヨナの美しさをより、引き立てている。
ドレスは聖衣よりも露出が多いため、バートにはヨナが色っぽく見えた。
「ヨナ様……」
「私たちも踊りませんか?」
「僕、踊るの上手くありませんよ?」
「大丈夫です。ワルツに乗れば踊れます」
さあ、と差し伸べられたヨナの手をバートは握った。
バートはベネディクトゥスの授業で特訓したダンスのリズムを思い出しつつ、ワルツのリズムに合わせて踊った。
「バート様、このドレスの琥珀、何かに似てるとは思いませんか?」
「え?」
「バート様の目の色です」
「っ!」
ぼわっとバートの顔が真っ赤に染まった。
ヨナは効きすぎたわ、と思いつつ、笑った。
(例え、私が鎖に繋がれていようと、今を楽しむ権利くらいあるわ。バート様には申し訳ないけど、今だけ忘れたように楽しませていただきましょう)
ヨナはそう思って、バートとのダンスを楽しんだ。
舞踏会のあと、聖女の一団はそれぞれの客間に案内され、多くの者が眠りに就いた。
聖女ヨナは眠りに就けず、バルコニーに出て、夜風に当たった。春も近いので、そこまで冷たくない夜風は心地よい。
美しい満天の星空に、ヨナは魅入った。
「あれ?ヨナ様」
隣のバルコニーにバートがいた。
ヨナは目を丸くした。
「バート様」
「ヨナ様、もし良ければ、そちらに伺っても良いですか?」
「え?ええ」
「では、失礼して……【浮遊】」
バートは風属性魔法の浮遊で、浮かび上がり、ヨナのバルコニーに降り立った。
ヨナの隣に立ったバートは背伸びした。
「はぁー、舞踏会は色んな方に話しかけられて、疲れましたね、ヨナ様」
「そうでしょうか?」
「え、疲れなかったんですか、ヨナ様」
「はい、いつものことですから」
「……知らぬ間に疲れていることもありますよ。身体を大事にしてくださいね」
「ありがとうございます。バート様」
二人の間に、心地よい沈黙が流れた。
「ヨナ様は……アルヒ王国の慰問を終えたら、法国に帰るのですか?」
「はい。法国に戻らなければなりませんから」
ヨナの表情が暗いことに気付いたバートは、他の選択肢を口にした。
「アルヒ王国にいてはいけないのでしょうか?」
「え?」
「神殿ならアルヒ王国にもあります。別に法国に戻る必要はないのでは?」
「ですが……」
「僕とは、一緒にいられませんか?」
「はい……私には、戻るしか選択肢がないのです」
「?それって、どういう」
「さあ、バート様、もう寝る時間です。戻りましょう」
はぐらかすように言ったヨナは、窓から部屋の中に入った。
「ヨナ様」
「おやすみなさい。バート様」
ヨナは窓を閉めて鍵を掛け、カーテンを閉めた。
「ヨナ様……」
バートは、悲し気な表情を浮かべ、浮遊で自分の部屋に戻った。
それから、ヨナは、バートに少し壁を作るようになった。
深く踏み入れられないように、やんわりとした壁を。
「ヨナ様」
「なんでしょう、バート様」
ヨナの微笑みは美しいが、どこか壁を感じさせるものだった。
怯まずバートはヨナに声を掛ける。
「もし、良かったら、一緒にご飯でも食べませんか?」
「ごめんなさい、バート様。お昼ご飯は部屋で食べる予定で……失礼しますね」
「ヨナ様」
そそくさと部屋に戻っていく聖女。バートは呼び止めようと、手を伸ばし、ヨナの名を呼んだが、ヨナは振り返ることはなかった。




