第115話 宴
バートが斃したモンスターの魔石は活躍できなかった冒険者たちが拾い集めてくれ、冒険者ギルドに持ち込まれた。
バートはその魔石で得た収益、約大金貨十枚の一部を使って、冒険者ギルドに併設されている酒場を貸し切って、宴を開いて冒険者たちを招いた。
「では、スタンピードを鎮圧させた英雄、バート殿に音頭を取っていただく!バート殿、よろしくな」
ちゃっかり参加した冒険者ギルドのギルドマスターが、そう言ってバートの背を叩いた。
「はい……。えーっと、皆さん、お疲れ様でした!スタンピード鎮圧大成功の記念として、宴を催しました。皆さん、楽しんで飲んでください!かんぱーい!!」
「「かんぱーい!!」」
酒だ酒だー!と冒険者たちは乾杯で掲げた冷たいエールを飲んでいく。酒場の中央には大量のエールが入った酒樽があり、酒樽の周りは凍っており、中身のエールはキンキンに冷やされている。
これは、ルクスの仕業だ。
ルクスは前世でキンキンに冷えたビールが美味しかった記憶があるので、エールを冷やしてあげたのだ。
本人は未成年なので、麦茶を飲んでいるが。
乾杯の音頭をとったバートはルクスたちの元に向かおうとしたが、途中で冒険者に捕まり、一緒に飲むことになった。
ルクスはといえば、こちらも冒険者に絡まれている。
ラエティティアは護衛も兼ねて、聖女ヨナの隣で麦茶を飲みつつ、食事を楽しんでいた。
「その……アルノルト様」
聖女に呼ばれたラエティティアは食べるのを止めて、聖女に顔を向けた。
「なんでしょうか、聖女様」
「アルノルト様は、バート様と親しいのでしょうか?」
「うーん、特にそこまで親しいわけでは……ただの冒険者仲間ですよ?」
「構いません、バート様の好みを教えていただきたいのです!」
「好み……」
聖女はバートに好意を抱いているのだろう、と察しは付いていたラエティティアは、聖女は完全にバートが好きなのだろう、と確信した。
(ルカ君に対して好意を持たれていたら、嫉妬してしまうところでしたが、バートさんに対してですから、可愛らしく見えますね)
と内心思いつつ、ラエティティアは口を開いた。
「バートさんは、本が好きですね。それ以外は分かりません」
「まあ、本ですか……私がバート様に贈ることができるのは、聖書関連の本くらいです。それでも、問題ないのでしょうか?」
「バートさんは本であれば、何でも読んでるイメージですから、問題ないと思いますよ」
「そうですか……」
良かった、と言って聖女は、頬を薄っすら赤く染めた。
純粋にバートの好みを知りたいと言う聖女の姿に触発された、ラエティティアは思案した。
(ルカ君がレベリング好きなのと、ワイバーンのお肉が好きで、海鮮ものも結構好きなのは知ってますけど、嫌いなものはまだ知りません……もっと、もっと、ルカ君の好きなものと、嫌いなもの……いいえ、ルカ君のことを、もっと知りたい)
ラエティティアはルクスに視線を向けてロックオンした。
ルクスは、ぞくり、と寒気のようなものを感じた。
子供たちは宴の途中で退散した。聖騎士セラヤも聖女の護衛のため、聖女に侍り、戻っていった。セラヤは仕事中のため、酒は飲んでいない。
ちなみに、聖騎士は酒を飲んではいけない、という決まりはないし、妻を娶っても良い。まだ、セラヤは未婚だが。
飲めや騒げやの宴は朝まで続き、ほぼ全ての冒険者が潰れた。
第一騎士団の団長イサイアスは巨龍(大酒飲みのこと)なので、朝までほとんど顔色を変えずに酒を楽しんだ。
翌朝、バートは領主のシュタルク公爵に呼び出され、男爵位を貰った。
「ああ、そういえば、君なら伯爵位くらいあっても良いと思って、推薦状を陛下に送っておいたから、王都に戻ったときに呼び出されるかもしれんよ」
いやあああああ!と、内心叫ぶバートは苦い顔を隠しきれなかった。
「君は幻金級の冒険者だ。遅かれ早かれ陛下に爵位を貰うことになっていただろう。それが、少し早まっただけさ」
幻金級の冒険者を自国になるべく留まらせたいと思わない国王はいない。その手段として、爵位を授けることも大いにある。
「はあ……」
「ま、頑張り給え、少年よ」
「はい……」
バートは公爵に貰った男爵位の証明書を持って、公爵の執務室を出た。
「僕にも苗字ができるとはね……」
バートは、男爵位の証明書に書かれた自身の名を確認した。
書かれた名は『バート・フォン・フェスト』となっている。
「ま、なるようになるよね」
そう呟いたバートは息抜きでもしよう、と領主館の談話室に向かった。
談話室には読書中の聖女ヨナがいた。勿論、聖騎士が近くに侍っている。
「こんにちは、聖女様。お隣に座ってもいいですか?」
「こんにちは、バート様。勿論です」
バートは聖女の横に座った。
「何を読んでるんですか?」
「あ、これは『冒険王の物語』という冒険譚ですね。普段は聖書ばかり読んでいるので、冒険譚は初めて読むのですが、面白いですね」
「そうなんですね、聖女様、是非楽しんでください。僕も本を読んでますね」
「あ……はい」
折角二人で話せるチャンスなのに私のばかばかばか!とヨナは内心暴れまわっていたが、表情には出さず、読書に集中し始めたバートの横顔をチラ見した。
集中してるバート様かっこいい、と思うヨナは読書に集中できる筈もなく、読書している振りをして、バートをチラ見しまくっていた。
「ふぅ……」
読書を終えたバートは、ソファに身体を預けた。バートが読書を終えたのを見計らって、ヨナは本を閉じた。
一息置いてから、ヨナはバートに声を掛けた。
「バート様、お聞きしても良いでしょうか?」
「はい、なんでしょう?」
「バート様のお好きなものって何でしょうか?」
「好きなもの……」
バートは脳裏にトアル村でよく遊んだ白猫が浮かんだ。今ではルクスの従魔となり、ふてぶてしい態度の白猫だが、トアル村で遊んでいた頃は可愛かった、とバートは思いつつ、口を開いた。
「猫、ですかね?」
「猫、ですか……私は吊り目というより垂れ目ですから、猫には程遠いですね……」
ずーん、とヨナは沈んでいる。
「え?人の好みは別ですよ。僕、聖女様みたいにちょっと垂れ目で、円らな瞳が好きです。あと、紫色も好きで、そ、それに、聖女様の絹みたいな金髪も大好きです!」
ヨナが沈んだままだったので、バートはヨナの容姿が好きだということをアピールしまくった。
「バート様は私の外見だけが好きなのですか……?」
目に涙を浮かべたヨナにバートはおろおろしつつ、必死に好きな部分を伝える。
「ち、違います。勿論、貴女の清らかな心も好きです!どんなに醜い姿の者にも手を差し伸べ、その者を癒す気高い貴女も、多くの者を癒す代償に、神聖力が枯渇して苦しむことになることを厭わない優しい貴女……聖女だからと、僕たちに守られるだけではなく、前線に躊躇なく出る強い貴女も……僕は、聖女様の内面も大好きです」
あれ?これって告白では?と言い切ったバートは思った。
「バート様……嬉しい」
ヨナはバートに抱き着いた。
「せ、せせ聖女様」
「ヨナ、とお呼び下さいな、バート様」
「あ、あの」
「ヨナ」
「……ヨナ様」
「まあ、良しとしましょう」
ヨナは真っ赤になって今にも倒れそうなバートを解放して、立ち上がった。
「用事を思い出しました。私はこれで、失礼しますわ、バート様」
ヨナはスキップしそうな足取りで自身に割り当てられた客室に戻っていった。
残されたバートは真っ赤になった頬に手を当て、深呼吸した。
「はあ、心臓がいくつあっても足りないよ」
と、呟きつつ。
客室に戻ったヨナは、防音の魔導具を起動させた。
「きゃーー!!バート様に好きって言って貰ったわ!!もうもう、嬉しすぎる!!」
と、ベッドに転がって、枕を叩きまくり、聖女らしからぬ叫びを叫びまくるヨナは、すぐに顔を曇らせた。
「……はあ、バート様と結ばれたいと思うけど、家族さえ救えない私にはその資格はないわ」
ヨナの脳裏に憎き男の顔が浮かぶ。
「あの枢機卿さえ、いなければ……!」
憎悪の表情を浮かべたヨナは、息を吐いて、気持ちを落ち着けようとした。
「まるで、見えない鎖に繋がれているような心地ね……」
ヨナは、枕に顔を埋め、静かに泣いた。




