第114話 スタンピードと魔術師バート
神聖力を他人に譲渡できるようになったバートは、ルクスに相談することにした。
食堂でルクスを発見したバートは、ルクスの隣に座った。
「ルクス、相談したいことがあるんだけど……」
「ん?いいよ」
「実は……」
バートは神聖力譲渡ができるようになったことと、聖女に神聖力を譲渡したいけどどうすれば良いか分からないことをルクスに相談した。
「うーん、聖騎士のセラヤ卿に聞いてみれば?」
「あの人、なんか威圧感凄くて話しかけにくいんだよ……ルクス、一緒に来てくれない?」
「一人で聞きに行きなさい」
「ええー」
だだを捏ねるバートと突っぱねるルクス。まるで兄弟のようだ、と周囲は微笑ましく見ていた。
結局一人で聞きに行くことにしたバートは、聖女の寝室付近にいるセラヤに話しかけた。
「あの……セラヤ卿」
「はい、なんですか?」
セラヤは微笑んでバートに問う。意外と話し掛けやすいかも?とバートは思いつつ、言葉を紡いだ。
「僕、神聖力譲渡が使えるようになったんです。もし、大丈夫だったら、聖女様に神聖力を渡したいのですが……」
「!……ありがたいお申し出ですが、聖女様の神聖力は一般の方の神聖力よりも、とても多いんです。神聖力を譲渡した側の神聖力の方が枯渇してしまうかもしれません」
「……その、僕は冒険者として活動していて、レベルもかなり高い部類なので、神聖力も多いのではないか、と思うのですが」
「君は、何レベルなんですか?」
バートは以前、神殿でもらったレベル証明書をセラヤに見せた。
「この時点では、レベル百一でしたが、今は百五だったと思います」
「……レベル百を超えた方は初めて見ました。聖女様に説明して参りますので、少々お待ちください」
セラヤは聖女の寝室をノックし、入っていった。
しばらくして、セラヤが出てきた。
「聖女様がお会いになるそうです。お入りになってください」
「はい」
バートは聖女の寝室に足を踏み入れた。
(花みたいな良い香りがする……)
寝室の大きなベッドには、バートと同じ年頃の聖女が横たわっている。
「聖女様、こんにちは」
「貴方は……?」
「僕はバートと申します。先程、セラヤ卿が神聖力を譲渡できる者が来ると仰っていませんでしたか?」
「ええ、そのようなことは言っておりましたね……でも、本当に、大丈夫、なのですか?」
「大丈夫です。とりあえず、やってきましょう。聖女様、お手を握っても大丈夫ですか?」
「はい……」
バートは興奮を抑えつつ、聖女の手を握ってスキルを使った。
「【神聖力譲渡】」
バートの中にある暖かな力が少しずつ、聖女へと譲渡されていく。
聖女の顔色が数分で良くなった。
「大丈夫です」
「あ、はい」
バートは神聖力を流すのを止めた。
頬を紅潮させた聖女は感動した様子で、バートの手を握った。
「私、こんなに気分が良い状態は初めてです!バート様、本当にありがとうございます!」
「えっと、どういたしまして」
「あ、でも、バート様は大丈夫でしたか?多くの神聖力をいただいたと思うのですが……」
「あ、大丈夫です。僕、レベル百は越えてますから」
バートの晴れやかな笑顔を見た聖女ヨナは目を丸くして、きゅん、とした胸を押さえた。
「!!そう、なんですね……すてき……」
聖女は頬を赤く染め、「しゅき……」と小さく呟いたが、バートの耳には届かなかった。
「聖女様、今後も神聖力が必要なときは、僕をお呼びください。いつでも、駆け付けます」
「はい……」
「では、失礼しますね」
バートは、聖女とセラヤにお辞儀しつつ、部屋から出て行った。
「セラヤ卿も私は大丈夫ですので」
「はい、では、失礼します」
セラヤ卿が出て行ったのを見届けた聖女は防音の魔導具を使った。そして、ベッドの枕に顔を埋めて叫んだ。
「きゅーーん!!です!!バート様、なんて謙虚なお方なんでしょう……そして、人族の限界と呼ばれる百レベルを越えているなんて……素晴らしいです!それに、バート様の可愛らしい笑顔も好き……きゃーー!!好きって言っちゃったわーー!!」
聖女のイメージが壊れるような叫びだった。
「今後も私の神聖力の回復のために力を貸してくださるなんて……素敵……」
だが、聖女は表情を曇らせた。
「でも、私は、あの法国を出て、外国に住むことはできない……バート様が好きでも、バート様と結ばれることはないわ……」
聖女は悲しくて涙を流し、枕を濡らした。
東部の広大な穀倉地帯を有するシュタルク公爵家の領土の中心地──領都ブリューテに聖女の一団がやってきた。
いつものように歓待を受けた聖女の一団は、いつものように領主館に滞在し、いつものように、聖女が治癒院で治療を施した。
そして、いつもと違い、バートが聖女に神聖力を譲渡しながら、治癒が行われ、聖女の顔色はいつもと違い、頗る良かった。
馬を休ませるため、三日間程、滞在することになった聖女の一団はいつものように穏やかに過ごせるものと、思っていた。
街に警鐘が鳴り響くまでは。
カンカンカンカン、という警鐘が鳴り響き、人々は、何が起こったのか、と首を傾げたが、物見櫓の男がスタンピードだと大声を上げたもので、事態をようやく把握した。
そして、人々はシェルターのある神殿方面に向かった。
シェルターとは、スタンピードが起こったときに人々を収容するための頑丈な施設のことだ。
領都の全ての住民を収容できるよう大きな建物と、かなり広い地下室がある。
ルクスたちが所属する聖女の一団は、領主にシェルターへの避難を勧められた。
「冒険者の皆様はスタンピードと戦うのでしょう?それに、戦える者は戦うべきです。私たちも共に戦います」
鶴の一声ならぬ、聖女の一声で、聖女の一団はスタンピードと戦うことになった。
聖女は周りの反対を押し切って、前線になるだろう、街の城壁の上にやってきた。
バートは聖女の神聖力を補える唯一の人材として、聖女の近くで城壁の上から景色を眺めた。
空は暗雲が垂れ込み、今にも雨が降りそうだ。
前方に広がる平原や森を見詰めるバートは、森の奥からやってくる多くの魔物の気配を感じた。
そして、聖女の前に跪いた。
「聖女様」
「は、はい、なんでしょう、バート」
内心でプロポーズされるの!?とざわついた聖女。
「私に魔物を一気に屠る魔術を使う許可をいただけますか?」
「勿論です」
予想とは全く違う願いに、聖女は内心がっかりしつつ、許可を出した。
「ありがとうございます」
そう言ったバートは、城壁の下にいるルクスに向かって叫んだ。
「ルクスーー!これから大きな魔術を使うから、森の奥にいる魔物に近づかないように、みんなを見張っててね!!」
「りょうかーーい!」
これで詠唱に集中できる、とバートは呼吸を整え、口を開いた。
「【炎を司りし神よ】」
森の奥に蠢く魔物たちの足元に静かに赤い光の魔法陣が描かれていく。
「【その力を解き放ち、我が前に立ちはだかる敵を薙ぎ払い、その御力を示せ】」
やがて、魔物のいる森を包み込むような巨大な魔法陣が描かれていく。
「【来たれ、来たれ、来たれ、崇高なる炎よ、壮大なる炎、聖なる炎、神なる炎よ】」
魔物たちは異変を感じ、逃げ惑うが、巨大な魔法陣からは逃れられない。
「【神の炎】」
魔法陣がカッと赤く光り輝き、魔法陣から巨大な白い炎の柱が空へとその姿を現した。森と魔物たちを焼き払った炎の柱は、暗雲を貫いて、やがて収束し、消えた。
暗雲は炎の柱の影響で消え、青空が広がった。
焦土と化した森を見たバートは再び詠唱を始めた。
「【水を司りし神よ、その御力の一端を示し、大地を潤せ。慈雨】」
空に大きな水色の光でできた魔法陣が現れ、雨が降った。雨によって、焦土に燻っていた火は鎮火され、やがて、土は潤された。
バートは最後の詠唱をする。
「【草木を司りし神よ、その力を解き放ち、大いなる森を現さん、来たれ、来たれ、来たれ、静寂の森、神秘の森、奇跡の森よ。神の森】」
最初の炎の柱を出した魔術と同じくらいの大きさの魔法陣が現れ、その魔法陣から草花や木々が現れた。
森はスタンピードが起こる前の様相に戻った。まるで、何事もなかったような森の姿を見た冒険者たちは、自分の目を擦った。
「「うおおおおおお!!?」」
冒険者や騎士たちの雄叫びと歓声が辺りに響く。
もしかしたら、死ぬかもしれないスタンピードが目の前で、一人の魔術師によって殲滅されてしまったものだから、興奮するのは仕方がない。
「バート様!素敵です!」
聖女は興奮のままにバートに抱き着いた。
抱き着かれたバートは、どうすればいいのかと真っ赤になりつつ、おろおろしていた。
立派になった友の姿に、ルクスは笑顔を浮かべ、仲間たちと喜び合った。
祝いの言葉でも言ってやろうと、城壁に上がったルクスは、聖女に抱き着かれて真っ赤になり、今にも気絶しそうなバートを見て、苦笑した。
ルクスは近くで見守っているセラヤにお願いをすることにした。
「セラヤ卿、このままでは、バートが気絶すると思います。聖女様を止めていただけると……」
「分かりました」
セラヤは聖女の元にやってきた。
「聖女様、このままでは、他の者に示しがつきません」
「あら、私としたことが……ありがとうございます。セラヤ卿」
聖女はバートをやっと抱擁から解放した。ふらふらしているバートをルクスは支えた。
「バート、凄い活躍だったね!」
「いや、偶々だよ。僕よりルクスの方が強いし」
「まあ、一対一なら負けるつもりはないけど……広範囲の魔術に関しては負けてるかな?長い詠唱を唱え切るのって、結構、羞恥心が大変だから」
「羞恥心……?え?詠唱って恥ずかしいの?」
「いや、これは俺にしか分からない羞恥心だと思うから、バートは気にしないでくれ」
ルクスは前世、ポーズを決めてオリジナルの呪文を部屋で詠唱している姿を親に見られたという黒歴史があり、詠唱はその古傷をグサグサと貫いてくるので、なるべくしたくないのだ。
「……うん、分かった」
バートはよく分かっていないという顔をしつつ、頷いた。




