船旅の嵐
寝ていると、突然大きな揺れを感じて飛び上がった。
「なんだ!?」
船が揺れている。
外を見ると、空はどんよりとした雨雲で、窓には大粒の雨が打ち付けられていた。
「嵐か……」
他の乗客や船員は大丈夫だろうか。
「おっと」
平行に立つのも難しい。
こんな状況、一般人に耐えられるだろうか。
せめて外に誰かいないかだけでも見てこよう。
「悪魔、僕は外に人がいないか確認してくる」
そう言うと、悪魔は大きなあくびをしながら頷いた。
「仕方がねぇなぁ。人間であるお前が嵐に勝てるわけがないだろう。俺も一緒に行ってやるよ」
その言葉のどんなに心強かったか。
「ああ。頼むよ」
そうして、二人して自室から出て甲板に向かった。
道中は誰もいなかった。
「みんな、そのまま客室に籠っていてくれ」
そう声を掛けながら進んでいく。
甲板への扉を開けると、雨風が僕の体を叩きつける。
「くっ」
目も開けられない。
それでもなんとか気配と薄目で前へ進んでいくと、人がいることに気が付いた。
「おい!大丈夫か!?」
「これが大丈夫に見えるか!?」
その男は積荷に抱き付いていたが、その抱き付いている積荷も暴風雨に揺れてロープに止められているとはいえ小さく左右に揺れている。
なんとかあそこまで行って、助けないと。
「今、助ける!」
なんとか前進して歩いていく。
少しずつ、でも確実に。
体に打ち付ける雨が痛いし風に体がとられていく。
「何をしているんだ!早く助けてくれ!」
こちらの都合もお構いなしに掛けられる暴言に心がすり減るのを感じる。
でも、助けるのが勇者だ。
「本当にか?」
そこで初めて悪魔が口を開いた。
「こいつはお前が苦労してまで助ける価値がある人間か?」
「どういう意味だ?」
「この男は人を殺してアズガンダルへ逃げる途中だ」
その言葉にドキリとした。
それは僕にも当てはまったからだ。
男は慌てたように叫ぶ。
「何を根拠に!お前は何者だ!?」
「俺は単なる悪魔さ」
「悪魔……?」
男は怪訝そうに悪魔を見る。
「悪魔なんてこの世にいるものか!この嘘つきめ!」
言いながら揺れる荷物にしがみつく男。
「大丈夫です。落ち着いてください。この男の言うことは気にしないでください」
悪魔を一瞥すると、楽しそうに笑っている。
この男が人殺しだろうと関係ない。
このままだと確実にあの男は手を滑らせて甲板から落とされる。
早く辿り着いて助けないといけない。
「待ってて」
ゆっくり、ゆっくりと進んでいく。
足を踏ん張らせて暴風雨に立ち向かう。
つらい。
……悪魔が言うように、この男が人殺しなら、助けなくてもいいのではないのか?
助けたところで死刑か何かしらの罰が与えられる。
そう考えて慌てて首を横に振った
なんてことを考えているんだ、僕は!
たとえどんな相手だろうと助ける。
それが、勇者だ。
一歩一歩踏み締めて進んでいく。
ようやく男が掴んでいる積荷のロープを掴んだ。
「さあ、手をこちらへ!」
「ああ!ありがとう」
その時、安堵か感謝された喜びかで僕の顔が笑むのが分かった。
男を抱き抱えて、また来た道を戻る。
悪魔は雨風を受けずに空を飛び飄々としていた。
「……悪魔。もしかして、この暴風雨の影響を受けないのか?」
「ああ、まぁな」
「それならこちらの男を助けてくれないか?僕よりその方が確実だ」
悪魔は考える素振りをし、それが一瞬にも永遠にも感じられた。
「まぁ、いいぜ」
悪魔がそう言うと、男の体が浮かび上がり悪魔の方へと寄せられていった。
男は悲鳴を上げるが、命が助かるならそれくらい我慢して欲しい。
「お前はどうする?」
「僕は大丈夫だ」
また、一歩ずつ足を進める。
また目も開けられない嵐に立っているだけで体力が奪われていく。
息が浅く荒くなる。膝も笑う。
すると、体に打ち付けられていた雨風がなくなった。
「大丈夫じゃないだろ?」
悪魔が優しそうに言う。
「悪魔……」
「早く戻るぞ」
「……ああ」
不器用な優しさを感じたのは、それだけ悪魔に絆されているんだろうか。
頬が緩む。
「なんだ、気色悪い」
「なんでもないさ」
そう言って、船内に戻る。
男は呆然としていたが、安全な室内に戻ったと知ると、一目散に逃げていった。
「悪魔だ!悪魔がいるぞー!」
そう叫んで。
客室に隠れていた人々が興味本位でこちらを見る。
しかし、悪魔は今は普通に立っていて単なる人間にしか見えない。
そのうちの一人が言った。
「勇者様?」
「え?」
「やっぱり!勇者様ですわよね!アズガンダルの凱旋パレードでお姿を拝見しましたわ!悪魔だなんてとんでもない。魔王を倒してくださった勇者様よ!」
ご婦人の歓喜の叫びから、一人、また一人とそういえば絵姿を見たことがある、昔助けられたと騒ぎになってきた。
僕は、久々の賞賛に心が満たされた。
「よかったなぁ。勇者様?」
「ああ。みんなを助けられてよかった」
僕がにこやかに言うと、揺れが収まり始め、嵐が通過しようとしていた。
「勇者様の奇跡だ!」
「そんな、とんでもない!」
流石にそこまでの力はない。
もしかして、悪魔か?
悪魔を見ても素知らぬ顔だ。
「勇者様、万歳」
人々が口を揃えて言う。
僕が照れながら外を見ると、嵐は収まり虹が空を輝かせていた。




