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悪魔の甘言、勇者の選択  作者: 千子


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10/10

アズガンダル国到着 乗合馬車にて

アズガンダル国の港町に辿り着き下船すると、そこは活気に溢れていた。

「相変わらず騒がしい街だ」

だが、嫌ではない。

むしろ人々のエネルギーに溢れていて好感が持てる。

「行こう。公爵様の屋敷は国の中央付近にある」

「また乗合馬車に乗るのか?」

悪魔が目を輝かせる。

よほど気に入ったらしい。

「ああ、そうだよ」

船旅で足りなくなった物資を購入して待合馬車の出発時刻まで待つ。

「なぁ、暇だからそこら辺でも見にいかねぇ?」

「行かない。今回はそんな時間はない。ほら、来たぞ」

前の港町まで乗って来た馬車よりはるかに大きい豪奢な馬車だった。

「随分と豪勢じゃないか」

「観光用でもあるからな」

二人で乗り込むと、馬車は程なくして出発した。

磯の香りも遠ざかる頃、一人の婦人に声を掛けられた。

「あの、もしかして勇者様では?」

「ええ、そうです」

微笑んで対応すれば、婦人はご友人方と盛り上がった。

「わたくしたち、勇者様の凱旋パレードを拝見しておりましたの。あの日の勇者様は凛々しくて、とても素敵でしたわ。魔王を倒してくださってありがとうございます」

頭を下げられて、礼をされる。

「いえ、当然のことをしたまでです」

「そんな、誰にでも出来ることではありませんわ!」

「ええ!本当にそう!それで、アズガンダルへはなんのご用事で?観光かしら?でしたらいい場所がございますの」

ご婦人方に囲まれて慌てる僕を悪魔はニヤニヤと見ている。

「こちらのミステリアスなお方は勇者様のご友人かしら?」

「ええ、まあ」

「友人なんて、そんな、距離を置いた言い方!俺達相棒だろう?」

悪魔が大仰に言うと、ご婦人方が目を輝かせた。

「まあ!孤高の勇者様にご友人が!?魔王を退治してからはお二人で旅をしてきたのかしら?」

「二人で旅を始めたのは最近です」

「それは素敵ですわね。わたくしたちも、友人同士で隣の国へ観光に行く途中ですの」

「それは楽しい旅になりそうですね」

「ええ!最初に立ち寄った街で勇者様にも会えましたし、幸先良き旅になりますわ」

ご婦人方はころころと楽し気に笑うと、僕の指輪に注目した。

「あら、勇者様、指輪をなさっているのね」

「ええ」

悪魔の契約の証だなんてとても言えやしない。

「綺麗……。それになんだか見ていると……」

「ちょっと。あまりジロジロ見ては不躾ではございません?」

他のご婦人が注意すると、婦人はその手を払った。

そして僕の手を取り指輪を見詰める。

段々と指輪が熱を持ってきた気がした。

「素敵!素敵ですわね、この指輪!いいわ!わたくしもほしいですわ!」

突然の豹変に僕が驚いていると、悪魔が嘆息した。

「魅入られたな」

「魅入られた!?」

指輪が熱い。呼吸が浅くなる。

「ちょっと、大丈夫!?勇者様も!指輪が一体どうしたと……。指輪……綺麗ですわね……」

別の婦人が魅入られて手を伸ばそうとすると、最初の婦人がまたらその手を払った。

「これはわたくしの指輪よ!ねぇ、いいでしょう?勇者様。勇者様なら譲ってくださるわよね?」

「わたくしも欲しいわ!言い値で買い取らせていただきます!」

「わたくしも!」

少しの混乱になってしまった。

「やめてください。これは誰にも売るつもりはありません!皆さん、落ち着いて!」

落ち着かせようとするも、我も我もと指輪に群がる。

慌てて馬車を飛び降りた。

急いで指輪を隠すと、それまで狂ったように指輪を求めていたご婦人方が段々と正気に戻った。

「あら?わたくし、どうしたのかしら?」

「わたくしも……」

「不思議と気分が昂って、何かを欲しがっていたような……」

何か?指輪を欲しがったことは覚えていないのか?

僕日左手の指輪を見た。

うっすらと輝いている。

「お客さん、大丈夫ですか?」

「あ、ああ。道を止めてしまい申し訳なかった」

再度馬車に乗り込む。

今度は、指輪を誰にも見られないように細心の注意を払った。

「そういえば、ご存知?公爵様のパーティ!わたくし、あんなに興奮したのは初めてでしたわ!」

また話に花が咲いた。

「公爵様というと、国王陛下の妹君が嫁がれたという?」

「ええ、そちらで毎週末開かれるパーティがありますの」

「ちょっと。勇者様にそのお話は」

「いいじゃありませんの。これは世界に必要なことなのですもの」

「世界に必要なこと?」

「勇者様はしっかりと聞いておいた方がいいかもなぁ。なんていっても救った世界のことについてだもんなぁ」

悪魔が弧を描く。

ご婦人方は話すか話さないかで揉めている。

「聞かせてください。世界が関係あるのなら、僕にも関係がある」

指輪がまた熱を持った気がした。

まるで導くように。

「実は、ここだけの話でしてよ……」

そう言って話される話題は、とても信じたくなかったものだった。

「そんな馬鹿な」

「件の公爵が魔物を買い取っているって噂か?」

項垂れる僕とは違い、悪魔は楽しそうだ。

「……魔物を買い取って、どうする気なのか」

「行ってみれば分かるだろう」

「それもそうだな」

こうして、僕達は地獄への路を豪奢な馬車に乗って歩んで行った。

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