船旅
アズガンダルへの舟券を買いに港へ赴いた。
「海はいいよなぁ」
「そうだな」
悪魔にも海がいいと思う情緒なんてあるのか。
僕は変なところで感心しながら船が来るまでの数刻という微妙な時間に、僕達はどうするか考えあぐねていた。
必要なものは港に来る道中、街で買い込んだ。
「さて、どうするか」
「あそこで食いもん売っているぞ」
「……食事か。しばらく船での食事になるし、陸での食事をしておこうか」
そう言って適当な店に入る。
席に座り、注文した料理を待つ。
「アズガンダルへ行ったらどうする?」
「決まっているじゃないか。困ってらっしゃる公爵様をお助けする」
「困っているっていうのは?」
「日毎、魔物がご令嬢に求婚してきて困ってらっしゃるそうだ」
そこで頼んでいた料理が届いたので中断する。
アズガンダルへの船では海鮮料理が主になるだろうから肉料理を注文しておいた。
「このソース、美味いな。肉厚だし」
「こっちの牛肉も美味いぞ。なかなかの名店だったな」
お互いが注文した料理の感想を言い合い、時には分け合う。
勇者として旅に出ていた時も、勇者として祭り上げられた時も、こんなふうに接してくれる人なんていなかった。
いや、人じゃなくて悪魔なんだけど。
「そういや、ご令嬢に求婚している魔物を退治出来ないってことは強いのか?」
「いや、そうじゃない。その魔物がその辺りを牛耳っている魔族の弟分で、下手に手を出すと魔族が手を出してくるんだ」
「まとめて退治すりゃいいだろ?」
「そうはいかない。魔族は元々魔王直属の配下だったらしい。僕は対峙したことがないんだけれどね。魔物の求婚も、ご令嬢を儀式に使いたいらしい」
「なるほど。そりゃあ、魔族は強いだろうし他の魔物を従えているだろうし魔物にとっての儀式は大切なものだからな。獲物を定めたら諦めないだろうぜ」
「ああ。正直面倒な案件だ」
悪魔はにやりとした。
「でも、助けに行くんだろう?お優しい勇者様は!」
「もちろんだとも!」
僕ははっきりと告げた。
すると悪魔は満足そうだ。
「そうだろう、そうだろう。お前にとったら勇者ってのはそんなもんだ」
「そんなことはない」
僕にとっての勇者は……。
勇者ってなんだろうな。
「悩み事かい?勇者。眉間に皺が寄っているぜ」
「……そんなことはない」
思わず眉間の皺を撫でながら返す。
「俺でよければいつでも言えよ。なんでも聞いてやるぜ」
「……そういえば、契約ってなんだ?この指輪は契約の証だと言っていたが、僕もお前も変わったところなんてない」
「そんなことないさ、勇者様。お前は気付かないだけで変わってきている」
「どこが?」
僕に変わったところなんてあっただろうか?
疑問に思い、あちこち調べたり考えたがまったく思い当たらない。
「降参だ。教えてくれ」
両手を上げて幸福宣言をする。
「そうだな、お前が気付かないことが変化の証かな」
悪魔は笑みを深めて食後の紅茶をありえないほど砂糖を入れて飲み干した。
「戻れなくなっている、とも言えるな」
僕もコーヒーを飲んで、はぐらかされたな、と少し肩透かしを食らった。
食事を終えるとちょうどいい時間だったので、船へと向かった。
舟券を見せて、部屋へと向かう。
二人部屋だ。
「しばらくは船の旅か」
「楽しみだな、勇者様!」
実のところ、僕は山間部育ちで川はあれど海とは縁遠く、旅をするようになってから初めて海に出会った。
海にはまだ馴染みがなく、船旅になる度に心躍る。
「そうだな」
珍しく心が弾んで悪魔に返す。
窓から見る海は、どこまでも青く地平線が広がっていた。
しばらくは平穏無事な船旅だった。
けれど、密封された室内にいると気がおかしくなりそうだった。
時折、甲板に出たり歩き回ったりしているけれど、どんどん気が滅入る。
今まではこんなことなかったのに。
つい悪魔に弱音を吐いてしまう。
「僕は、勇者が辛い。嫌いだ。何もかも」
頭を抱えて室内のベッドで蹲る。
「いいじゃないか、嫌いでも。それもお前の素直な感情だ」
悪魔に励まされる。
そんな日々が、船旅の一月続いた。
アズガンダルへ行けば。
公爵様の役に立てば。
少しは変わるんだろうか。
そんな期待をしている時点で僕は見返りを求めているのかもしれない。
いいや、求めていた。
僕は、僕の望んでいた勇者から足を踏み外していた。
そのことに気付くのは、かなり後になるのだけれど。




