再会
逃げるようにアズガンダルへ向かう港町までやってきた。
僕があの街で行った虐殺は魔物との相打ちとされていた。
……剣の跡を見れば分かるものなのに。
誰かが意図的に、僕を『勇者』のままにしている。
そう思った瞬間、背中がひやりとした。
『勇者』はまだ、何かにとって必要な存在なんだろう。
なんだ?何が今更勇者を必要とする?
だけれど、僕は少し高揚していた。
何かわからないけれど、『勇者』が必要とされている。
『僕』が必要とされている。
まだ存在を許されている。
息を吐く。これは安堵の息だ。
「なぁ、勇者様。勇者として必要とされていると思ったか?」
「……ああ」
悪魔の問いに素直に答える。
僕はまだ必要とされている。
言い聞かせるように何度も何度も自分の中で反復する。
村の壊滅をもみ消すような奴なんて碌でもないのに、それでも僕は認められたかった。
アズガンダルへ行く舟券を買うために港へ向かう。
道中、子供達が遊びながら前を見ずに走ってきた。
「おっと」
ぶつからないように避けると、子供の一人が立ち止まった。
その顔を見てドキリとした。
金色の真っ直ぐな瞳。
忘れたくても忘れられない。
僕に、勇者様っていうより悪魔みたいに強いね!と言ったあの子供だ。
「なんでこんなところに……」
「村があんなことになったから家族で引っ越してきたんだ!お兄ちゃんはなんでいるの?」
「僕はアズガンダルへ行くために船に乗るんだ」
そう言うと、子供は目を瞬かせた。
「すごい!アズガンダルってすっごく大きな国なんでしょう!?いいなぁ。僕もそこで勇者として認められてみたいなぁ」
「勇者なんて、そんないいものじゃないよ」
僕がしゃがんで目線を合わせると、子供は首を傾げた。
「お兄ちゃんは勇者が嫌なの?」
そう言われて言葉に詰まる。
僕は勇者が嫌なんだろうか。
違う。
勇者を認めないこの世界が、僕は……。
首を横に振る。
「そんなことないよ、みんなの役に立てて、僕は嬉しいよ」
本当にそうだろうか?
いや、そうだ。
少なくとも、勇者であろうとしていた時には。
僕は確かに勇者で、人々の安全と幸せを願って、魔物を退治して、長い旅の末に魔王を倒した。
だが、今はどうだろう。
人を切った感触が手に戻る。
「お兄ちゃん、大丈夫?顔色が悪いよ?」
「ああ……。大丈夫だよ」
子供は僕を見詰めて宣言した。
「決めた!僕ももう少し大きくなったら勇者になる!勇者になって、困っている人を助けてあげるんだ!」
それは眩しいほどの笑顔だった。
僕はいつからこんな笑顔を出来なくなったんだろう。
「勇者になるのは辛いよ?」
「お兄ちゃんは辛くても勇者をやっているの?」
「……ああ」
そうだ。
どんなに辛くても、僕は勇者だ。
それは変わらない。
「そうだぜ、少年。このお兄ちゃんは高潔な魂の偉い勇者様だからなぁ。少しのことじゃへこたれないんだぜ」
ニヤニヤしながら悪魔が近寄ってくる。
戻りそうだった自尊心が一気に萎んでいく。
僕は、悪魔と契約して、人まで殺して、それでも勇者だと言えるんだろうか。
悪魔の言葉を聞いた少年は、目を輝かせた。
「やっぱりお兄ちゃんはすごい勇者様なんだね!悪魔とお友達になれるくらいなんだもん!」
その言葉が重くのしかかり、立ちあがろうとしてバランスを崩して思わず膝をつく。
「大丈夫?」
もう一度尋ねられる。
「ああ、大丈夫だよ」
僕は勇者で、まだ必要とされている。
何者かは分からないけれど、僕を勇者として必要としてくれる。
それをよすがに、僕は立ち上がった。
「それじゃあね。今度は人にぶつからないようにね」
そう言って港へ向かう。
この少年が、のちに新たな勇者として祭り上げられるなんてまったくもって予想していなかった。
予想出来ていたら、僕はこの少年をどうしていただろうか。
殺していただろうか。守っていただろうか。
悪魔はいつも通り笑っていた。




