問題
人も魔族も魔物も、間違えてもやり直すことが出来る。
神のような、最初からのリセットではなくて、変わりたいと思った時から少しずつ変わっていける。
僕はそう信じているから、余計に守りたいと思えるんだ。
「王、議会の時間です」
「分かった」
眼鏡をかけた年老いた魔族に連れられて、人間と魔族と魔物の議会が開かれる。
昔、土を耕していた時にそばにいて一緒に耕してくれていたあの老魔族だ。
「今回の議題は橋の再建か」
確か、片側から人間が重荷を運び、その反対側から重量級の魔物が通ろうとして崩落したんだっけ。
「今回は両者に咎がある。人間と魔物が力を合わせて再現すること。魔族のみんなも手伝ってやってくれ」
「かしこまりました」
大多数のものは異論はないみたいだけど、一部はまだ打ち解けていなくて睨み合っている。
「……すまないが、争いが起きないように見張っていてくれないか?」
「かしこまりました」
眼鏡をかけた老魔族は、先程と同じように淡々と繰り返した。
この子は長年支えていてくれて安心出来る。
任せておいて間違いはないだろう。
「それで、次の議題は……」
「この国の通貨の普及問題です」
「ああ……」
お金を使うということをしてこなかった魔族や魔物には、まだまだ根付かない文化。
一部の連中はつい癖で物々交換を人間に持ちかけたりする。
お互いに悪気はないのだ。
ただ、育った環境が違うだけ。
そう言えたらどれだけ楽だろう。
数年経っても数百年、数千年の間に築かれた価値観は変わらない。
「どうすべきか」
魔族や魔物の種族によっては長命だ。
種族によっては数百年でも子供と言われる。
だからこそ、価値観が変わりきれない。
数千年より数年程度の文明を受け入れろと言われても受け入れられないのだろう。
「王よ、しかしこれは法で定めたこと。法を守るべきかと」
「そうだよなぁ。共通のものをつくるのは、意識を同じにさせるためにも重要なことだ。魔族、魔物のみんなは通貨を使うことを徹底してほしい。人間は魔族や魔物のみんなが物々交換を申し出たら怯えずちゃんと伝えてほしい」
睨み合っていた一部の両者も渋々ながら頷いてくれたのを見て、僕も頷いた。
そうして次々と議題を片付けていく。
数年経った今も、価値観は埋まらない。
両者、歩み寄りがまだ足りない。
「どうすべきかなぁ」
議会を終えて自室に歩いて行く途中にぼやくと、いつの間にか後ろに来ていた悪魔が囁いた。
「嫌なら投げ出しちまえばいい。勇者であるお前も、魔王であるお前も、いっそ放り投げて自由を求めればいい」
契約した時と同じだと思って思わず笑ってしまった。
「何で笑う?」
「悪魔の甘言はいつも魅力的だなって。でも、僕は失敗したと思ったら即リセットするようなどこぞの神様みたくはなりたくないからね。それに、僕はみんなを愛している。守りたい。だから、辛いことやしんどいことがあっても投げ出さないよ」
僕はちゃんと笑えているだろうか。
悪魔が苦虫を潰したような表情になる。
「契約した時のお前は感情的で可愛気があった」
「そうは言われてもねぇ」
僕が困ると、悪魔はいつものように口に弧を描いて笑う。
「だけど、今のお前も嫌いじゃない」
そう言うと、スタスタ歩き出してしまう。
「どこへ行くんだ?」
「丘の上の民家に泥棒に入ったやつを探しているんだろう?任せろ。そういうのを探すのは得意だ」
悪魔は、両種族の問題に積極的に協力してくれている。
今回も、外見で怖がられていた魔族の一家が住む家に、留守中泥棒が入った。
目撃証言から普段から反魔族派で知られている人間だった。
事実、その日の晩から人間の豪遊が始まった。
「魔族なんぞに通貨は必要ない」と酒場で言っていた証言もある。
限りない黒に近いグレー。
でも証拠がなかった。
「任せていいのか?」
「悪魔には悪魔のやり方ってのがあるんだよ」
そのまま歩いて行く悪魔の背中を見送る。
これで人間が犯人なら、また両種族間で諍いが起きるだろう。
小さな小競り合いが続いていて、僕も疲弊していた。
自室のベッドに辿り着くと、王冠をベッドサイドのテーブルに置き、そのままベッドに飛び乗り全身の力を抜く。
「……難しいなぁ」
どうやったら種族の壁を越えられるんだろう。
なんでみんな姿形が違うからといって忌み嫌うのだろう。
僕には分からなかった。
ずっと、神のリセットが続く間も両種族の争いを見ていた。
何度か勇者にも魔王にもならない道を選んだけれど、その度に胸が痛んだ。
今回は今までで一番いい。
戦争は止められた。
あとは小さな諍いをなくすだけ。
でも、それも争いだ。
何度も繰り返す争いに疲れないわけがない。
ベッドサイドの王冠を眺める。
あの重みを、軽くしたい。
みんなを守りたい。
それだけなのに、なんで毎回うまくいかないんだろう。
やっぱり、両種族の争いは止められないのかな。
……でも、数年前、確かに争いは止められた。
全員に理解してもらえたわけじゃないけれど、言葉が届いた。
僕は王だ。神じゃない。
だから言葉を尽くそう。
みんながわかってくれるような言葉を探そう。
「でも、どうやって?」
疑問はすぐに口から出た。
がらんどうの王冠。
がらんどうの王様。
からっぽの僕に、民は本当について来てくれるんだろうか。
いや、ついて来てくれていないから諍いが起きるんだ。
なんとかしないと。
なんとかってなんだ。
具体策が決まらないまま、とりあえず数年前にみんなで決めた法律を思い出す。
あの時もかなり揉めたっけ。
共存を受け入れられないものたちは国を出た。
僕に止める術はなかった。
なんの力もない僕について来てくれているみんなを、僕について来てくれなかった子も含めて守りたい。
みんなを守りたいっていうのは難しいな。
……時々、すべてを投げ出して逃げたくなる。
でも、王として、僕としてみんなを守ることを諦めたくない。
鬱々として数日が経った。
何もない期間でよかった。
単なる僕でいられたから。
けれど、それだけではいけない。
「……橋の修繕工事でも見てくるか」
また喧嘩しているかもしれない。
眼鏡をかけた老魔族が監督しているから不備はないだろうけれど、一つずつ自分で確認したかった。
この国の行く末を。
僕が出掛ける身支度をしていると、悪魔がいつの間にか近寄って来た。
「街へ降りるのか?」
「ああ。今日の議題で出たことがどう進んでいるのかこの目で見てくるよ」
「俺もついて行くぜ。暇だしな」
こんなことを言って、この悪魔は存外心配性だ。
「丘の上の民家の泥棒の件は?」
「調査は大体終わった」
悪魔が真実をすっぱり言わずにこういう時は、何かあるんだろう。
僕は深く聞かずに流すことにした。
「ありがとう」
二人で街へ降りると、一件ずつ事態の動向を探った。
橋は両種族が手を取り合い新しく立派なものが作られようとしている。
図面と材料を切り出すのは人間が、材料を集めたり組み立てるために置いたりするのは魔物が、それぞれが不得手なところを補っていた。
橋の現場で小さな口論が起きるけれど、老魔族が宥めてあれこれ指示を出していた。
ここは安心だな。
僕は市場へ向かうことにした。
市場は相変わらず賑わっている。
通貨問題は……。
辺りを見回しても騒動は起きていない。
通貨が流通し始めてから数年。
ようやく定着し始めたらしい。
けれど、魔族の子供が通貨を握りしめて不安そうにしている。
僕はそばに行き、安心させて魔族の子供と一緒に買い物をした。
「あ、林檎。美味しそうだな。悪魔、お前も食べるか?」
まだまだ視察は山程ある。
小腹に何か入れたかった。
二人で路地で林檎を丸齧りにする。
うん。美味しい。
次々と見て回って、最後は丘の上の民家泥棒だ。
「悪魔。調査は大体終わったんだろう?どうだった?」
「厄介なことになりそうだとは伝えておくぜ」
「……やはり人間か?」
「そうだな。前アズガンダル王国の王の血を引く者だ」
「王の……」
僕が勇者になったあと、僕に国を明け渡して隠居暮らしをしていたはずだが、その血を引く者が不義を働いたと?
いや、あの王の血を引く者だ。
泥棒をしようが不思議ではない。
「それは、目撃証言から普段から反魔族派で知られている人間か?」
「そうだ。言っただろう。厄介なことになりそうだと。一件ずつ片付けても、新しい両種族の争いは何度でも起きる」
「……困ったな」
ようやく希望が見えて来たと思ったら、いつもこれだ。
遅々として進まない両種族の理解。
いや、数千年の差を数年で理解させようというのが無理な話か。
「腰を据えなきゃな」
「ああ。あの神に負けないために」
「そうだね。人間と魔族と魔物の進化を見せつけるためにも、少しずつ前進していこう」
そこでふと気になった。
「丘の上の魔族の家から前王の血を引く人間が盗みに入った証拠は手に入ったの?」
「子飼いの三等頭の犬に匂いを嗅がせて調べた」
「……物的証拠は?」
悪魔は口に弧を描いた。
「指紋がな、あの家から出て来たんだよ。反魔王派なのに、魔族の家の中から出てくるなんておかしいだろう?」
その言葉に僕は驚いた。
「指紋なんて調べられるの!?」
「天使時代の伝でな。ちょっとやりゃあ楽勝だぜ」
僕はぽかんと空いた口を閉じれなかった。
でも、そうするとまた人間と魔族の間が拗れる。
指紋はある。
けれどそれを晒せば、火は確実に燃え上がる。
正しさは、時に薪になる。
けど、正しさを貫くなら告発するしかない。
「俺は混乱の方が好きなんだがな」
と悪魔が漏らす。
どうしたらいいか頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「……どうしよう」
「言葉を尽くすんだろう?」
この悪魔はずるい。
いつも僕が悩むと欲しかった言葉をくれる。
「うん、そうだね。今回も言葉を尽くすしかない。それが僕のやり方だ。悪魔、手伝ってくれる?」
「もちろん、喜んで。俺の勇者様」
恭しく手を差し出されて、その手を掴んで立ち上がる。
悪魔の手は、驚くほど温かかった。
悪魔がいれば、この先の治世にも頑張れる気がした。




