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悪魔の甘言、勇者の選択  作者: 千子


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空洞

煙と血の匂いに慌てて外を見ると、魔族や魔物が人間達を襲っていた。

悲鳴が聞こえる。

あまりの惨状に目を背けたくなるけれど、背けちゃだめだ。

これが僕の選択の結果。

魔族や魔物、人間が戦いあっている。

血を流している。

「早くみんなを止めなくちゃ」

「どうやって?」

悪魔に問われて僕は言葉に詰まる。

どうやってこの惨状を止めればいいのか。

そこへ神が現れた。

球体の神は冷たく告げた。

「やはり、どちらか消すしかありませんね」

「お待ちください!神よ!僕がなんとかします!」

「なんとか、とは?具体的にはどうするのですか?」

「言葉を尽くします」

「言葉を尽くして結果がこれです」

神はどこまでも神で、冷酷だった。

確かにそうだ。

僕が言葉を尽くして和解したと思ったのに、何度も人間と魔族と魔物は争いをやめない。

それは何度リセットされても変わらなかった。

「あなたは現在の最良の人類です。その人類が作る世界を見守るとは言いました。ですが、結果は私の作る世界と変わらない。両種族とも争いをやめない」

「それは、そうかもしれませんが……」

僕は考えた。

けれど、悲鳴は聞こえるばかりで焦りを生む。

僕は、どうしたらいいんだろう。

僕は勇者にも魔王にもなれなかった。

結局は何者にもなれなかった。

こんな僕で、みんなを守れるはずがない。

「とにかく、ここにいるだけじゃだめだ!行こう、悪魔」

「ああ」

からっぽの玉座から飛び出して、街へ降り立つ。

その惨劇は、城の中で見るより酷かった。

飛び交う罵声。

血の匂い。

横たわる遺体。

それは両種族のもので、争いの凄惨さを物語る。

あちこちから炎が出ていて煙が上部を覆っていた。

絶望を語るなら、今だろう。

僕は立ち尽くしてしまったけれど、悪魔は前へ進む。

「行くんだろう」

「……ああ」

重い足を引き摺るようにして進む。

けれど、魔物の子供が人間に殺されそうになるところを見ると早かった。

腰の剣を抜き取り、防ぐ。

「王!」

「まだ、子供だろう」

僕が言うと人間は忌々し気に舌打ちした。

「やはり魔族や魔物の肩を持つのですね」

「違う!僕はみんなを守りたいんだ!」

「その結末が、これです」

神と同じことを言われる。

「その結末を変えるために今、動いているんだろうが」

「悪魔」

悪魔が間に入って両方の剣を蹴飛ばす。

「お前に必要なのは言葉だろう」

悪魔の言葉にはっとした。

そうだ。

血は血しか流さない。

僕は、僕の言葉を考えて選択した。

「僕は正しい世界を作れなかった。でも、だからこそ諦めない」

天を向く。

煙で青空は微かにしか見えないけれど、確かにそこに在る。

「神よ!僕は完璧じゃない。でも、ここに立っている!」

人間が怪訝な顔をする。

その隙に魔物の子供は逃げた。

「王よ、確かに我々は以前はあなたを神として敬った。けれど、今やあなたを崇める者はいないでしょう」

剣を蹴飛ばされた人間は捨て台詞を吐いて走っていった。

僕は立ち上がってその方向を見る。

行くんだ。

言葉が通じなくても、心が通じる可能性だってある。

静かに歩き始める僕の隣には悪魔がいる。

だから、なんだって出来る気がしていた。

特に戦火がひどいところでは、次第から独特の焦げた匂いがしていた。

しっかり見ろ、僕。

これは僕が招いた弱さだ。

何が勇者だ。

何が魔王だ。

結局は世界一つ救えないただの人間だ。

「おっと、お前には俺がいるだろ」

隣の悪魔が笑って言う。

「そうだな」

指輪が焼けるように熱い。

皮膚が焦げている。

「悪魔。これからも僕の隣にいてくれるか?」

「そんなの、ずっと前から決まっているだろう?」

その言葉に微笑んで、争いの場に向かって声を張り上げる。

「やめろ!」

それでも聞くものはいない。

僕は、僕の言葉で届けたかった。

「悪魔、僕の声を拡声出来るか?」

「もちろん」

何を喋ろうか考えて、考えきれなくて、僕はもう一度叫んだ。

「やめろ!血で血を流すな!お互いの言葉を聞け!」

思ったよりも大きかったその声に、怒鳴った僕まで驚いてしまった。

みんながこちらを向いてぽかんとしている。

それがなんだかおかしくて、少し笑えた。

「王よ!人間の言葉なぞ、聞く必要はありません!」

「いいや!魔族や魔物の恐ろしさといったら!見てください!この鋭い爪を!何もかも、私達とは違う!」

「やめないか!人間でも魔族や魔物でも、同じものはいない。みんな別々の生き物じゃないか!種族で決めつけるな!」

僕の言葉に詰まるものもいるが、それがどうしたという声も多い。

人種の差別は僕が思ったよりも酷かった。

人間でも、魔族でも、魔物でも、みんなが手を取り合うのは難しい。

同じ人種でも諍いが起きるんだ。

「正直なところ、現状では僕もどうしたらいいのかわからなくなってきた。だから、みんなの声を聞かせてほしい。みんなで国を作ろう」

僕はやっぱり勇者になりたい。

魔王にもなりたい。

もちろん悪魔の半身だ。

ずるい僕はなんでもほしがった。

だから、築き上げたい。

みんなが納得する道を。

「みんなで国を作るって、具体的には?」

人間の一人が耳を傾けてくれた。

「そうだな、例えば混合地区を作ってみたり、法を見直したり、両種族の代表会議の設置をしたり……。僕は王だけれど、それだけじゃだめなんだ。僕はみんなを守りたい。だから、そのみんなの声を聞かなきゃだめなんだ」

僕の言葉に動きを止めるものが出てきた。

「僕は勇者だ魔王だ神だって崇められたけどさ、人間なんだよ。ちょっと歳を取らないだけで。だから、みんなと同じ土俵に立って考えたい。僕に出来ることを。僕達に出来ることを」

いつの間にか喧騒は止んでいた。

周囲のものがこちらを見ている。

「……だめかな?」

「だめなわけないだろう」

「悪魔が言っても今は関係ないよ!みんなは?どう思う?」

「……我々とて、無駄な血を流すのは本望ではありませぬ」

魔物の一匹が言った。

「俺も。争いとか向いてねーもん」

人間の一人が言った。

なんだ。みんなやっぱり戦争なんてしたくないんじゃないか。

「じゃあさ、みんなで考えようよ。この国をより良くする方法を」

僕は微笑んでみんなに言った。

みんなも、仕方がないみたいな表情で持っていた武器を捨ててくれた。

けれど、武器を捨てない者が一人いる。

涙を流しながら葛藤する者がいる。

それらを無視してよかったなんて言えない。

言ってはいけない。

「もう伝える言葉はないのか?」

悪魔に問われる。

伝えたい言葉……。

「みんな!情けない王でごめん!」

思いっきり頭を下げた。

その拍子に惰性で被っていた王冠がずれ落ちて地面に落ちた。

地面に転がる王冠は中身が空洞で、僕は、ようやく肩の荷が降りたというか、何者でもなくなった気がした。

落ちた王冠を眺めていると、魔物の子供と人間の子供が駆け寄ってきて拾ってくれた。

「はい、王様」

「僕達の王様」

こんな僕でも、僕を王と認めてくれる子がいる。

僕はいつの間にこんなに涙脆くなったんだろう。

精一杯涙を止めて、ありがとうと言って受け取った。

王冠は、空洞のはずなのに重かった。

でも、まだこの王冠を被る気にはなれなかった。

冷たい目が僕を冷静にさせる。

僕は、まだ王を名乗るべき人間じゃない。

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