「おかえり、悪魔」
悪魔が来ないまま、数十年が過ぎた。
僕は玉座から離れられない。
指輪がない左手の薬指は穏やかなものだ。
だから悪魔。
早くきてくれ。
会いに来ないのなら、せめてどこかで生きていてくれ。
玉座の下では今日も人間と魔族が睨み合う。
不信も、疲労も、積み重なっていく。
それでも。
僕はあの子を守れた。
魔族と人間を同じ城に立たせている。
繰り返しても、繰り返しても、ここまで辿り着く。
神よ。
両種族が共に生きる。
これが、何度繰り返しても僕が選ぶ答えだ。
一人きりの玉座でもいい。
僕の選択は、神にも覆せない。
内政をしている間にも僕だけが変わらず周りは老いて亡くなっていく。
争いは無くなった代わりに人々は僕を神として崇めた。
アズガンダルは神の国として知れ渡った。
僕に特別な力はない。
ただ不老の契約の付与の恩恵で不老なだけだ。
しかも相手は神じゃない。
悪魔だ。
そんな時、神の御言葉が聞こえた。
「私は今度こそ最良の人類を作ります。そのためにはあなたの協力が必要だと考えました」
以前と同じセリフ。
「これは、あなたの仕業でしょうか?」
「あなたに私のパートナーになってもらいたいのです」
「もう一度言います。僕のパートナーは悪魔だけです。あなたじゃない」
「ですが、あなたは人間にとっての神になりました。私と同等です」
僕は唖然とした。
僕はいつの間にか神になってしまっていた。
でも、僕はそれを選択しない。
「僕は神になりません。僕が生きてきたのは悪魔のためです」
「残念です。ですが、あなたは神です。これは変えられない事実です」
神は淡々と告げる。
「争いは消えました。あなたが選別したからです」
「違う。僕は排除していない。守っただけだ」
「守るとは選ぶことです。あなたはすでに神の行為をした」
僕は首を振る。
その力は弱い。
「違う。僕は“共に立たせた”だけだ」
「劣る者も、愚かな者も、救うのですか?」
「救うかどうかを決める存在になりたくない」
神を真っ向から否定しても通じない。
「それが神です」
静かな声が玉座の間に落ちる。
喉が乾く。
左手の薬指には指輪がないまま。
悪魔がいてくれたら、怖くないのに。
胸の奥が、空洞みたいに痛む。
それでも僕は言う。
「なら、僕は神にならない」
声が震えていないことだけが救いだった。
平行線の会話が続く。
悪魔がいてくれたら怖くないのに。
僕は神と対峙していることが急に怖くなった。
相手は神だ。
単なる人間の僕が、リセットにも抗えず何度も同じ世界を繰り返されて、今度は神にあげられて、縋れるのは悪魔の指輪だけ。
それも今はない。
どんどん気力が削がれていく。
悪魔。
お前がいない世界はひどく不安定で寂しい。
思わず指輪があった場所を撫でると、そこが熱くなる。
まさか!
「何を弱気な顔をしているんだ?」
聞きなれた、忘れかけた聞きたかった声が耳に触れる。
「俺の勇者様だろう?もっと胸を張れよ」
悪魔が開かれていた窓から侵入してきていた。
「悪魔!」
悪魔が近寄り僕の手を取る。
左手の薬指にはあの指輪が嵌められていた。
指輪が熱い。
視界が滲み、喉が詰まる。
泣きそうになるのを堪えて、抱き締めたくなるのを堪えて、玉座から立ち上がるのに留まる。
「神、相変わらず小賢しいな」
「……とうとう来てしまいましたか」
「別の時空間に飛ばされた時はどうなるかと思ったけどな」
悪魔が肩を竦める。
「なあ、勇者様。お前は覚えているか?覚えているよな?また指輪をしているんだから」
「……忘れていたのはお前だろ」
「ああ、悪かった」
それだけかよ、遅いよ、会いたかった。
言いたい言葉はたくさんあったけれど、どれも陳腐に思えて言葉が出なかった。
指輪の熱だけを知っていればいい。
「悪魔」
「さあ、神。またリセットするか?どうあっても俺達は出会ってお前に刃向かう」
「そうですね」
神がまたリセットしようとする。
「させるか!」
端末を切り倒す。
それでもまた神の端末が現れて光り輝く。
僕は駆け出して悪魔の手を掴んだ。
悪魔も僕の手を掴んでくれた。
もう離れたくなかった。
僕の半身。
「僕は、何度離れてもお前を選ぶ」
「俺も、何度記憶を無くしてもお前を選ぶ」
神の輝きが止まった。
「……それがあなた方の選択ですか?」
「そうだよ何度も言っているだろう」
神はしばらく黙ったのち、静かに告げた。
「では、見届けましょう。あなたは現在の最良の人類です。その人類が作る世界を」
そう言って、神の端末は消えた。
「しばらくは放置ってことかな」
「気まぐれな野郎だからな」
僕たちの作る世界で、最良を証明しろってことか。
でも、僕達は最良を選択しない。
不完全でも、みんなが笑顔でいる世界がいい。
「悪魔、手伝ってくれるか?」
「仕方がねぇなぁ。俺の勇者様は」
笑い合って、ようやく悪魔と出会えた喜びで、ずっと我慢していた涙が頬を伝った。
「おかえり、悪魔」




