代償
「泣いているな、勇者のくせに」
僕は涙を止めなかった。
止めようがなかった。
ただ悪魔を見ている。
そして、指輪の熱さを確信すると、問い掛けた。
「……それがお前の正義か?」
悪魔が返す。
「そうだ。魔族や魔物、それに与するものがいたら守れない」
「何を?」
「弱い者を守る。それが勇者だろ?魔王も魔族も魔物もいなくなれば、弱い者は守られる」
それは昔の自分も思っていた。
けれど違った。
弱いものを守るということは、そういうことじゃない。
「守るために奪うのか?」
「守るために奪わない選択があるのか?」
悪魔は自身がしている指輪を撫でる。
「お前は何を守ろうとしている?」
「半分だ」
悪魔は首を傾げた。
「世界じゃなくて?」
僕は言い切る。
「世界は、半分がいれば守れる」
悪魔が指輪をまた撫でた。
「俺はお前を知らない。だが……」
僕をまっすぐ射抜く。
「お前を見ていると、胸がざわつく」
指輪が熱い。
「だが俺の勇者様はあいつだ」
その言葉に胸が焼かれるように熱くなり、指輪が皮膚を焦がす。
「悪魔、お前、何も覚えていないのか?」
「何を?……待て。お前、なんで俺と同じ指輪をしている?」
悪魔も指輪が熱いんだろう。
しきりに触っている。
そこに新しい勇者が口を出してきた。
……煩い。
剣を抜くと、悪魔が新しい勇者を守る体制に入った。
「お前の勇者様は背中を預けられる相手じゃないのか?」
僕の時とは大違いじゃないか。
随分と甘やかしている。
「うちの勇者様を相手にしたいんなら、俺を倒してからにしてもらおうか」
「……そうするよ」
悪魔の攻撃の癖は全部知っている。
けれど、悪魔も強いもので一筋縄ではいかない。
「なんで俺の動きを知っている!?」
「知っているよ、君のことならなんだって」
そして、悪魔の隙をついて裏側に回る。
改めて見る新しい勇者は、どことなく幼い日の僕の面影を残していた。
「おい、やめろ!」
悪魔が炎を出す間もなく僕の剣が新しい勇者の胸を突き刺した。
「あ、ああ……」
紛い物はいなくなった。
あとは悪魔だけれど、これが神の仕業かリセットの代償なのかわからない。
「指輪が……熱い……」
悪魔が呟く。
「勇者様がいなくなったのに、なんで俺は悲しくないんだ?」
その時の僕の歓喜を教えてあげたい。
悪魔は、僕の知る悪魔だった。
喉がひりつき指輪がまた皮膚を焼いた。
けれど、悪魔は俯いたまま。
僕を見ようともしない。
「神よ、こんな結末がお望みですか?」
僕は天に問い掛けた。
悪魔が怪訝そうな顔をしてこちらを見る。
でも、そんな場合じゃない。
空は曇り、雨が降り出したかと思えば、一点が光り輝きその光が僕と悪魔の間に注がれてきた。
神の降臨だ。
「あなたは何度も想定外のことをしますね」
悪魔が神の降臨に驚いている。
「お久し振りです。お会いするのは何度目のリセットの時でしたでしょうか?」
「さあ?繰り返しているものに興味はありません」
とことん、神経を逆撫でする神様だ。
「今回は悪趣味が過ぎる。僕の悪魔を他の勇者に与えるなんて」
「これは想定外のことでした。なんなら、あなたお好みの悪魔を与えましょうか?」
また、降臨した神を剣で斬る。
ごとりと音を立てて割れ落ちた球は、神の遠隔装置だ。
何度斬っても新しい球体が送られる。
「随分とご立腹のようですね」
「当たり前だ!」
僕はとうとう声を荒げて落ちていた球体を踏み潰してしまった。
悪魔は何が何だか分からない様子だった。
「早く悪魔の記憶を戻せ!」
「あなたの半身だからですか?」
「そうだ!」
悪魔は目を瞬かせた。
「お前、半分って言っていたの、もしかして俺のことか?」
「そうだ!」
悪魔はひどく驚いた表情をしたあと、指輪に触れた。
分かるよ、熱いもんな。
僕も熱い。
「神よ、あなたの望んだ最良の人類は作られないことがまだわからないのですか」
「出来るまでやるまでです」
「……あなたはそういう存在でしたね」
悪魔が尋ねる。
「神よ、どういうことなんだ?」
「それはこちらのあなたの半身にお尋ねなさい」
「俺の半身は死んだ」
僕は唇を噛み締めた。
「死んでいません。あなたの本当の半身はここにいます」
悪魔がひどく驚いた顔を見てこちらを見た。
僕と指輪を交互に眺めて、指輪を撫でる。
「俺は、お前は……」
悪魔が頭を抱える。
「頭が痛い……」
「悪魔、大丈夫か?」
悪魔を気遣うと、手を払われた。
「俺の勇者様を殺したお前の慰めなんていらない!」
僕の心が痛んだ。
なんで指輪の熱を信じないんだ。
僕を信じないんだ。
悪魔。
僕の半身。
「……お前は、僕の半分だろ」




