神との対話
神との対話は神殿の跡地で行われることになった。
まだ、血の色が濃く戦いの跡が残っていた。
「神と対話なんて初めてだからドキドキするな。御言葉が聞こえていた時も一方的だったし」
「あいつはそういう奴だ」
悪魔が憎々しげに言った。
「……なあ、なんで堕天なんかしたんだ?」
「つまらない話さ。神と喧嘩した。あいつとは昔から方針が合わなかった」
「方針?」
「勇者に対しての方針だよ」
僕はその言葉に瞬いた。
「悪魔、お前、天使だった頃はきちんと勇者達について考えていたんだな」
「煩い」
それきり悪魔は黙ってしまった。
しかし、腐敗していたとはいえ神殿を話し合いの場に設けるとは、神というのは何を考えているのか分からないな。
しかもこんな血生臭いところで、降臨されるとは。
そう思っていたら上から神々しい光が現れた。
「来たぞ」
悪魔が構える。
僕も居住まいを正した。
親交が薄れたとはいえ、相手は神だ。
無意識に長年の習性が現れる。
神々しい光が降りてきたと思ったら、一瞬で別の場所に移動させられた。
これが神。
薄衣の向こうは人影のようなものが見えるが、本当に人の形をしているのか分からない。
思わず片膝をついてしまう。
「神よあなたにお尋ねしたいことがあります」
神は何も答えない。
「勇者は必要なのですか」
「必要です」
神は厳かに言い切った。
僕は言い募った。
「何故ですか?あなたの試練は重すぎる。聞けば、僕より以前の勇者も、僕より後の勇者も、あなたの御言葉が聞こえないまま勇者を辞めざるを得なくなった。それでも、あなたには勇者が必要なのですか?」
人影が頷いた。
「勇者は、世界の罪を背負う器として必要です」
その御言葉を聞いて僕は絶望した。
「現に、あなたは背負ったではありませんか。この世の罪を」
僕は何も言えなかった。
これまで自分の選択だと思ってきたけれど、神の手のひらの上だったのかもしれない。
体が震える。
頭が痛い。
喉がひりつく。
そんな僕を見て、悪魔が忌々しげに返した。
「お前は相変わらずそうだ。だから俺は堕ちた」
「あなたと、そちらの元天使は魂が混ざり合っていますね。興味深いです。これからも研究のために良好な関係を築いてください」
僕は思わず声を荒げた。
「僕達の関係すら実験材料に使うのですか!?」
「それがより良い人間の未来のためです」
僕は開いた口が塞がらなかった。
この神は、人類を実験材料にしてより良い人類を制作しているらしい。
「それで、神の求める先は何が待っているんですか?」
「最良の人類。そのために勇者が、人々を導くための人類が必要なのです。魔族も魔物も勇者のための踏み台に過ぎません」
僕の大切なみんなが踏み台?
怒りで目の前が真っ赤になって握り締めた拳から血が出る。
「勘違いしないでください。全てはあなたの選択がそうした答えを導いたのです」
「それでも、あなたには従えない」
僕は神を睨みつけた。
悪魔が口笛を吹く。
僕は、僕の選択を間違ったものだと思わない。
信じたい。
信じなきゃ、やってられなかった。
僕を信じてついてきたみんなを。
みんなを救いたいと思った僕を。
隣にいてくれる悪魔を。
「神よ、もう一度尋ねたい。すべては人類の最良な未来のためなのですか?」
「その通りです。あなたも分かるはずです。このままでは世界の滅亡は目に見えている。腐敗した人類の長、魔族の残虐性、魔物の知性の無さ。それらを考えてもじきに魔族と魔物、人類とのパワーバランスが崩れて人類は滅亡するでしょう。そして人類がいなくなった世界に用はない。私は世界を滅ぼします」
「とことん、世界と勇者を実験の箱庭にか見てねぇなあ。てめぇは」
悪魔が珍しく怒気を表した。
「そのための神です」
神も、機構の一部だというのか?
そんなものに従って、魔族や魔物を斬り殺して勇者と言われて、恐れられて、居場所を無くしたのか?僕は……。
「神よ、僕はどうしたらあなたの最良の答えになれたのでしょうか?」
「分かりません。まだ、実験中ですので。あなたも、次代も、まだ、答えは出ない。けれど、魔族と手を組むのはあなたが初めてです。興味深い。そのまま進んでください。世界のために」
僕は薄衣越しの神を軽蔑した。
「僕の選択は、僕のものです。あなたのためじゃない」
「だ、そうだぜ」
悪魔は楽しそうに僕の肩に手を置いた。
悪魔にとっては満点の答えらしい。
でも、神にとっては。
「それでも、その選択も私の手の内です」
すべてが神の手の内になってしまう。
僕は、神との対話がこんなに意味を為さないものだとは思わなかった。
なんと言えばいいのか、次の言葉を探している間に光がどんどん消えていく。
「待ってください!まだ、聞きたいことはたくさんある!」
薄衣を手で払った時には、もうそこには何もなかった。
「分かっただろう。神ってのはああいう奴だ」
悪魔の声が遠くに聞こえる。
僕の選択は、すべて神の手の内にある。
選んできたと思ってきたものが、遠く尊い方の意思なき意思により決められてきたとしたら。
僕は一体どうしたらいいんだろうか。
「悪魔、悪魔が僕のそばにいるのは悪魔の選択だよな?」
思わず悪魔に確かめる。
「当然だろう」
間髪入れずに答えられてほっとする。
少なくとも、神の手のひらの予想外はここにいる。
僕は、何者になれないままだった。
勇者時々魔王、そして悪魔の半身なんて烏滸がましい。
僕は、何者なんだろうか。




