悪魔のように
アズガンダルへ渡航すると決めた僕達は、港町へ向かうことにしていた。
道中、幾つもの村や街を通っては魔物がいれば退治してきた。
感謝と恐怖。
相入れない感情を必死で隠そうとする人々に笑いさえ覚えてきた。
「勇者様、お助けください!」
立ち寄る予定がなかった村へ、悪魔が寄ろうと珍しく言ってきた時におかしいと思うべきだった。
「どうかしましたか?」
「魔物の群れが毎晩来ては人々を食べていくんです!」
そこには怯え切った人々と痩せ衰えた村があった。
「お任せください」
僕はいつものように引き受け、どうせ彼らも僕が魔物を退治したら怖がるんだろう。
そう、諦めていた。
夜戦は慣れている。
魔物との戦いは、苦戦しなかった。
それほど強い敵ではなかったのも幸いした。
一匹残らず退治すると、家々に隠れていた村人が姿を現した。
「ああ!勇者様!ありがとうございます!」
そこには恐怖がなく安堵の笑みだった。
僕は戸惑った。
「……いえ」
何かを言おうとして、やめた。
何も言えなかった。
僕は、人から感謝されていた時、どうしていた?
もう分からなくなっていた。
「よかったな、勇者様。感謝されて」
そこで初めて悪魔が口を開いた。
「悪魔」
僕が呼び掛けると、村人が恐れた。
「悪魔!?勇者様、悪魔とは!?まさか、勇者様が悪魔と手を組むなんてこと……!」
「いえ、まさかそんな」
「ひどいな、勇者様。俺とお前の仲じゃないか」
悪魔が気安く肩に腕を掛けてくる。
村人が騒つく。
子供の泣き声が聞こえた。
「あのお兄ちゃん、黒い靄が出ているよ!本当に勇者様なの!?」
その言葉で、村人の目が猜疑のものになった。
「……確かに、勇者様の絵姿は出回っていたものしか知らない。魔物が勇者様の振りをしているのでは?」
誰かが呟いた。
「違います!僕は……!」
「本当に勇者だよなぁ?」
「悪魔!」
思わず剣を手に取る。
叫び声が聞こえた。
「やっぱり、本物の勇者様じゃないんだ!悪魔か魔族の一員なんだ!みんな逃げろ!」
そう言うと、泣き叫びながら散り散りに逃げ惑った。
先程僕に靄があると言ってきた子供だけが取り残されて泣いていた。
「……すまなかった」
頭に手を乗せて撫でようと跪き、この血塗れの手で?と疑問が浮かんだ。
「……早く、君も逃げるといい。また魔物が来るかもしれない」
伸ばしかけた手を下ろして立ち上がる。
僕も早く去ろう。
村を後にして足早に出て行こうとする僕を子供が呼び止めた。
「ありがとう!勇者様!」
その言葉で、心が少し軽くなった気がした。
後ろを振り向くことすらせずに前へ進む。
「よかったな、勇者様!」
悪魔が囁く。
「煩いぞ、悪魔」
しかし、その声音は今までよりも穏やかに言えたと自分でも理解していた。
しばらく歩みを進めていると、背後から悲痛な声が聞こえてきた。
「魔物だ!魔物がまた出た!」
まさか。全部退治したはずだ!
そうは思っても、現実に魔物はまた現れて人々を襲っていた。
先程の子供が食べられそうになっているのを見て、カッとなった。
素早く子供を抱き締めて魔物に一撃を浴びせていた。
悪魔が口笛を吹く。
「皆は下がっていろ!僕が今度こそすべて倒す!」
そう言って戦場に駆け出した。
悪魔は子供に何か囁くと、子供が笑顔になった。
なんでだ。なんでみんなのために戦う僕には誰も微笑み掛けてくれなくて悪魔には微笑むんだ。
八つ当たりに似た感情だった。
切って、切って、切り捨てた。
「みんな、僕の後ろへ!僕が食い止める!」
「勇者様!」
なんて都合のいい『勇者様』なんだろうか。
たった一人でも理解してくれたら、僕は正しい『勇者様』でいられたんだろうか。
結局、夜が明けるまで戦い続けた。
ようやく魔物をすべて退治し、僕は返り血だらけで立っていて、それでも村は静まり返っている。
僕が立っている限り、誰も声を上げず、近寄って来なかった。
何故かは分かる。
「……それでは」
去ろうとすると、悪魔が近寄ってきた。
「格好いいなぁ、勇者様。あんなに大勢の魔物を一人で朝まで倒して、それでもみんな怖がって声も掛けられない!可哀想でお優しい勇者様!」
「煩いぞ」
「俺が喋るとそればかり。事実だからって拗ねるなよ」
「煩いぞ!」
もう、自分でどうしたいか分からなかった。
村から出ようとすると、先程の僕に声を掛けた子供が寄ってきた。
「お兄ちゃん、勇者様っていうより悪魔みたいに強いね!」
邪気のない笑顔で言われて、僕は踵を返してその村から走り去った。




