新しき理解者
「困ったことになったわね」
そう呟いたのは新生勇者一行の仲間である聖女だった。
聖女として、神殿から勇者の密偵を言いつけられていたのだが、魔王側が人間と和平を望んでいるとなると魔族を利用している神殿が困ることになる。
つまりは聖女も非常に困ったことになるのだ。
「やっぱりか」
不穏な気配を感じて前々から水晶で覗き見ていた聖女は、聖なる女性じゃなかった。
僕はがっかりした。
そして悲しんだ。
あの子がこのことを知って傷付きませんように。
「やるか?」
悪魔が尋ねる。
「今はまだ」
僕が答える。
そう、今はまだ。
束の間の平和であの子には健やかに生きていてほしい。
すべてを話した後でも、自分で聞いて見た事を知って考えて、そして選択してほしい。
まるで雛鳥を親鳥が見守るかのように僕はあの子のことを思っていた。
かつての自分を重ね合わせていた。
でも、僕は勇者になりきれなかった。
人間の思い描く理想の勇者に。
それは僕の思い描く勇者と違っていたからだ。
何を信じていいか迷った。
でも、僕には悪魔がいた。
契約したことを後悔はしていない。
だって、悪魔の魂には僕の魂が混じっている。
今にして思えば、悪魔はすべてを知っていて、僕が絶望するのを待ち構えていたのかもしれない。
酷い話だ。
でも、僕は悪魔と共にいることを選んだ。
指輪を撫でる。
熱を持った気がしたそれは、僕の魂の欠片だ。
早く馴染んで僕の魂と混じり合ってほしい。
とは言っても、少しは悪魔に混じっているから完全に僕の魂が戻るわけではない。
そもそも、悪魔との契約も不思議だ。
ぼんやりと考えていると、目の前からにゅっと湯気が立ったマグカップが差し出された。
「飲むだろう」
「ああ、ありがとう」
悪魔は意外とコーヒーを淹れるのが上手い。
……和平が結ばれたら、二人で喫茶店をやってみるのはどうだろう。
僕も料理の腕はなかなかになって来た。
魔王城の横の民家をカフェに改装して、カフェ魔王城!なんて、さすがに人が来ないか。
そう思っていたら水晶からあの子の叫び声が聞こえてきた。
僕が慌てて覗くと、知らない間に聖女が裏切り者だと新生勇者一行に知れ渡ってしまったらしい。
魔族の売買を確かめに来た勇者個人の単独行動まで把握できていなかったようだ。
「どうしてこんなことを!」
聖女が微笑む。
「勇者様は、正しくあればいいのです」
そして、閉じ込めていた魔族を解放して命令する。
「さあ!勇者を倒すのです!」
勇者は泣きそうな顔になりながら迫り来る魔族を切り倒していった。
ああ、可哀想に。
けれど、僕は微笑む。
これで彼も理解したはずだ。
すべては夢幻なのだと。
幻の理想を追い求める辛さ、彼には伝わっただろうか。
僕の本気の覚悟は伝わっただろうか。
……彼にはまだ、神の御言葉は聞こえるのだろうか。
今度会うときにでも聞いてみよう。
僕はもう聞こえないけれど。
いいや。きっと聞かない振りをしているんだ。
だって隣には甘美な言葉を吐く悪魔がいる。
抗うには、人間は弱すぎた。
なにより、これは運命なんだ。
記憶もない子供の頃の約束。
それが今でも僕達を縛る。
水晶の中のあの子は、自分が殺した聖女の遺体を抱いて泣いていた。
ああ!なんて可哀想な子!
僕は口角が上がるのを止められなかった。
僕も大概性格が悪くなった。
熱い指輪は、無視出来ないものだったけれど、僕にはどうでも良かった。
新しい理解者が出来たことが何より嬉しかった。
何故聖女が暴走したのか、悪魔がどんな目で見ているかなんて、水晶に釘付けの僕には気づかなかった。




