覚悟
死体を片付けて、墓を作って埋めた。
血は雨が洗い流す。
ぽつりぽつりと小雨から、大降りになってきた時、僕は毛布に包まっていた。
僕を必要としてくれるのは悪魔だけ。
それでもいいのか、それだけじゃ足りないのかもう分からない。
最初に悪魔と契約した時は、僕を見捨てた世界に復讐を誓った。
けれど、今ではもう守りたい感情の方が強くなっていく。
みんなを守る。
みんなに見捨てられた僕に出来るだろうか。
いや、やるしかない。
ここまで殺してきた命に報いるためにも。
「なあ、勇者様」
「……その、勇者様っていうの、やめないか?」
二度目の言葉だった。
「は?」
「僕はもう勇者じゃない。今の、本物の勇者はあの子だ。僕はもう何者でもない」
「それでも、俺にとっての勇者はお前だけだ」
その言葉に悪魔を見た。
悪魔は真剣な表情で僕を見ていた。
「それより、半身の方がしっくりくると思わないか?」
僕の提案に悪魔が瞬いた。
驚いた表情は初めて見る。
それがおかしくて、つい笑ってしまった。
「やめとくよ、悪魔の半身ってお前の外聞が悪いだろう」
それでも悪魔は嬉しそうだった。
そんな悪魔を見て、僕も嬉しくなる。
「また雨が上がったら虹が出るかな」
「さあな。お望みなら出してやってもいいぜ」
「出せるのか?」
「お前はもう見たことあるはずだぜ」
悪魔がウィンクした。
もしかして……。
「あの時の虹も悪魔が!?」
そんな洒落たことをするなんて。
「お前は俺をなんだと思っているんだ」
悪魔が呆れる。
だって、そんなことするなんて思わないじゃないか。悪魔だし。
悪魔の甘言は続く。
「なあ、勇者様。すべてを守りたいなら勇者様がすべてを支配すればいいんだよ」
「……それは、魔王と何が違う?」
僕は悪魔を真っ直ぐ見た。
それも真っ直ぐ見返された。
「違わないさ!魔族が人間のお前になっただけ!でも安心しな。寿命で死ぬことはない。契約にもちゃんと記されている」
悪魔がそう言うなら、そういう契約なんだろう。
それを疑う気力すら僕には残っていなかった。
「勇者が魔王に、悪魔の半身に、か」
「皮肉な世界に最高な皮肉だろう」
悪魔は今まで以上に楽しそうだ。
どこか冷めていた瞳は爛々と輝き、唇は弧を描いている。
「僕は……」
僕の選択は、どうしたらいい?
喉がひりつく。
もう答えは決まっているのに、それを口にするのが怖かった。
勇者で、魔王で、悪魔の半身。
僕の提案だったけれど、改めて悪魔から提案されると躊躇いが生まれる。
「悪魔、お前は言ったよな。僕の心が闇に染まるのが楽しいと」
「ああ、言ったな」
「僕の心は闇に染まっているか?」
尋ねると、僕の左手の指輪に指先が触れる。
「……いいや。残念ながら、いくら絶望しても汚れても、暗くなってもお前は前を向いている」
悪魔が触れたせいだろうか、指輪が熱い。
「なら、僕はそれでいい。勇者時々魔王、そして悪魔の半身。それでいい。それがいい」
そう言って、包まっていた毛布から出た。
確か先日買い出しに村へ行った時にクッキーも買ったはず。
夕飯には少し早いがお腹が減った。
小腹を満たすのにはちょうどいい。
僕がクッキーを探していると、それは早々に見付けられた。
「あった」
「クッキーで自分の機嫌を取るなんて、お子ちゃまだねぇ、勇者様」
僕が椅子に座ると、悪魔はコーヒーを差し出してきた。
「食べないのか?」
「食べるさ」
缶を開けると、美味しそうなバターの匂いがした。
どれから食べようか悩んでいると、悪魔がさっさと一枚目を摘んで食べた。
「あ!ずるいぞ!」
「まだたくさんあるだろうに」
言いながら2枚目を手に取って食べている。
僕も慌てて摘んで食べた。
うん。美味しい。
「美味しいな、悪魔」
「悪くはないな」
「素直じゃない」
魔族の墓は見えないところに纏めて作って一つの墓にした。
罪から逃れたいからなのか分からないけれど、少し遠くに隠すように墓を建てたのは、無意識でもそう思ったからなんだろう。
無意識に食べ進めていたらしい。
クッキー缶を悪魔に取り上げられた。
「あんまり食べると夕飯が食えなくなるぞ」
「あ、ああ。すまない」
「まったく、ガキじゃねぇんだから」
そう言って片付けられる。
面倒見がいいのも美徳だな。
僕が思わず笑うと、悪魔が不機嫌になる。
「決めたよ」
「何をだ?」
僕は椅子から立ち上がり改めて宣言した。
「悪魔と共に勇者時々魔王として世界にいるよ。どんなに意地汚くても、喰らい付いてみんなを守る。それが僕の勇者で魔王で悪魔の半身としての自分だ」
僕は、覚悟を決めた。
悪魔が眩しそうに目を細める。
「好きにしな」
そういう悪魔の声は、少し機嫌が良さそうだった。
悪魔は、元天使だった。
だからなんだ。
神を見捨てた彼が、僕を見捨てず導いてくれる。
そのことに意味があった。
僕は、神より何より悪魔を信じよう。
僕の大切な半身。




