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悪魔の甘言、勇者の選択  作者: 千子


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苦いコーヒー

片付けをして畑を耕して、時間が過ぎていく。

なんてことのない日常がこのまま過ぎていくのかな。

あの子と話し合いをすべきなんじゃないだろうか。

魔族は……まだ、僕についてきてくれるみんなはいるだろうか。

不安は山程あった。

それでも、また一からやっていくしかない。

鍬を持つ手に力が入る。

畑を耕して、また作物が取れるようになって、花も咲いてきた。

この小さな幸せを守りたい。

みんなを守りたい。

悪魔以外、すべてのものに憎まれている僕だけれど、そう思うぐらいならいいだろう。

そう思っていたのに。

この気配。

「早く出て来い」

鍬を置いて、腰の剣に手をかける。

またぞろぞろと魔族が現れた。

「また懲りずに何度も何度も」

室内でコーヒー片手に読書をしていたはずの悪魔が外に出てきた。

「魔王、あなたが生きている限りこうなる道は避けられないのです」

「あなたが生きていたら不都合なものは人間だけじゃありません」

「……この家があなたの幸福の象徴であるのなら、それすらも壊しましょう」

口々に言って、火炎魔法で家を燃やそうとする。

「悪魔!」

「させるかよ!」

魔族が魔法を唱える前に悪魔がそれを阻止する。

僕も剣を抜いて戦った。

僕の、僕達の平和を守るためならこの剣を振るおう。

また剣に血がつく。

鉄の匂いがする。

ああ、僕は殺しているんだという実感がじわじわと湧いてくる。

それが興奮からなのか快感なのか分からない。

ただ、左手薬指の指輪が熱い。

僕の魂の欠片。

悪魔に混じった魂に反応しているんだろうか。

楽しそうにしている悪魔を見遣る。

その瞬間に隙が生まれた。

一瞬の隙を突いて、魔族の猛攻が僕に襲いかかる。

防ぐだけで精一杯だった。

「どうした!魔王!」

下卑た笑い声と共に嘲笑の言葉が耳に入る。

もう駄目かもしれない!

そう思ったけれど、パキンッと音がしてエルフの祈りが込められたネックレスが割れた。

魔族の一撃の身代わりになってくれたようだ。

その瞬間に体勢を立て直し、魔族の心臓目掛けて剣を突き立てた。

真正面から返り血をたくさん浴びた。

血だらけだ。

「血塗れの元勇者様が魔王を名乗るなんて、皮肉な世界だぜ」

他の魔族の言葉が耳を突く。

「……煩い」

その魔族の首も刎ねた。

いかんせん数が多い。

段々と僕も疲れてきた。

悪魔はまだ飄々としている。

けれど、家に傷がつかないよう、血がつかないよう配慮している戦い方だった。

それを見ていると勇気が湧いてくる。

この指輪の熱さは、悪魔の感情だろう。

……僕の感情だろうか。

どちらでもいい。

この熱さが今は心地がいい。

「魔王」

「何故、僕をまだ魔王と呼ぶ?」

「お前が魔王だからだ」

魔族の斧を躱わす。

「僕は勇者だ」

魔族の言葉に苦々しく返す。

「勇者は新たに誕生している」

「お前の居場所なんてもうないんだ。魔族として死ぬしか」

「……魔族として、か」

僕は悪魔を再び見る。

僕が見たのを感じたのか視線が交わる。

それだけで良かった。

「生憎と、僕には悪魔の半身っていう肩書きもあるんだ」

「何を言っているんだ?」

魔族が怪訝そうな顔をする。

「つまり、僕は勇者で魔王で悪魔の半身だってことだよ!」

そのまま全員薙ぎ倒した。

片付けが大変なんだけどなぁ。

畑も踏み荒らしてしまった。

「悪魔、そっちはどうだ」

「とっくに終わっているよ、半身さん」

ニヤニヤしながら悪魔が笑う。

だって本当のことだろう?

僕が近寄ると、悪魔が恭しく家の扉を開けた。

「まあ、コーヒーでも飲んで一服するか」

「ああ、そうだな」

外の死体を見ない振りをして、僕達はコーヒーを飲んだ。

いつもより苦く感じたそれは、僕の心がそうさせたんだろう。

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