溶け合う魂
新しい家は自分で言うのもなんだけど、なかなかの住み心地だった。
このまま平穏な世界で生きていたい。
世を捨てたい。
けど、それだと僕の理想を捨てたことになり、また悲しむ人間や魔族が現れる。
「何とかしないと」
うつらうつらと寝る前に呟いた言葉は、隣のベッドで寝ていた悪魔の耳にしっかり入っていた。
悪魔は笑みのような、悲しみを堪えるかのような、複雑な表情をしてしばらく僕の寝顔を眺めていた。
そんな穏やかな日々が続いたある日、悪魔が指輪を眺めながらぽつりと言った。
「お前、子供の頃に俺と会ったこと気にしていたよな」
「ああ。……話してくれるのか?」
「たいした話じゃないぜ。俺の見苦しい過去の話だ。堕天したばかりの俺は、悪魔の覇権争いに負けて瀕死で人間界に逃げ延びた。そこにやってきたお前が魂を預けて復活させてくれた。今、預けてある指輪がその時の魂の欠片だ」
僕は呆然としてぽかんと間抜けにも口を開いた後、悪魔に詰め寄った。
「たいした話なんだが!?この指輪が僕の魂の欠片!?じゃあ、大元は?」
「俺と混ざり合った」
悪魔は悪びれなく言った。
でも、僕は。
「悪魔はそれで元気になったんだよな」
「ああ。おかげさまでな」
いつものように口に弧を描く。
「なら、いい」
本当にそれでよかった。
「いいのか?」
「いいって言っているだろう。お前が元気で、今こうして僕と居てくれる。それだけで充分だ」
「……やっぱりお前ってあまちゃんだよな」
悪魔が肩を竦める。
「うるさいな。それより、目玉焼きは一つか二つか」
「ベーコンはあるのか?」
「ある」
「なら二つだな」
ベーコンを焼いてひっくり返したところに、飼育している鶏が産んだばかりの卵をフライパンに乗せる。
ジュワッと音がして、空腹を刺激する。
悪魔は半熟が嫌いだからな。
よく焼かないと。
火は業者を入れるわけにはいかなかったので、魔術を利用している。
魔王を倒しに一人で旅立った時も、こうして調理して一人で野営で食べていたっけ。
懐かしさに浸っていると、悪魔に注意された。
「おい、よく焼いた方が好みだとは言ったが焦げているものを食べる気はないぞ」
「おっと、ごめん」
焼き具合を見てお皿に移す。
うん。美味しそうに出来た。
「昨日村で買ってきたパンとジャムがあっただろう。出しておいてくれ」
「仕方がねぇなぁ」
そう言いながらもいう通りにしてくれる。
魂を分けた存在か。
悪魔を見遣ると、目が合った。
「なんだよ、勇者様」
「なんでもないよ」
そう言って朝食にありついた。
指輪が視界に入る。
ここに僕の魂の欠片があって、他の魂の欠片は悪魔と混ざり合っている。
それが悪魔を生かしている。
不思議なことに、なんとなくやっぱりなぁと思った。
悪魔は、初対面からどこか他人と思えなかった。
だから契約にも簡単に乗ってしまったのかもしれない。
指輪を撫でる。
僕の魂の欠片。
なら、僕の魂は完全じゃないってことか。
「安心しろ。その指輪を伝って魂は徐々にお前に還されていく。俺と混じった分は、まあ、諦めてくれ」
「だから、それは別にいいんだ。悪魔が元気なら」
「……普通の人間は魂を奪われる時、泣き喚く。だけど子供のお前は俺が説明しても『それでお兄ちゃんが助かるならいいよ』なんて偽善じみた言葉で俺に寄越してきた。今も昔も変わらない。人に優しい勇者になりたいなんて理想を掲げていた子供の頃とな」
「それは僕が子供の頃と進歩がないと言いたいのか?」
少しムッとする。
僕だって魂を悪魔に渡す時に躊躇したはずだ、多分。覚えていないけど。
「そうだな。何年経っても変わらない。ずっとあまちゃんのままだ」
悪魔は楽しそうに言い切って、ベーコンエッグを食べた。
僕もジャムをつけたパンを食べた。
うん。美味しい。
平穏な朝。
少し指輪が熱を帯びた気がした。
とんでもないことを聞かされたけれど、それでも悪魔との関係は変わらない。
僕の隣に悪魔がいる。
それだけだ。




